アメツチワタリ

抜十茶晶煌

Challenge 1

 夏が近づいてきた雨の朝。ジメっとした空気と水気を弾いて歩いていく。


 僕は今、中学1年生だ。昨年辺りから周囲との関係が上手く行かなくなっていき、中学校でも上手く行かないまま時が過ぎ行き、もう7月が迫ってきた。僕は4月5月6月とジメっとした心持ちでこの道を歩いていた。今日もそうなっていてもおかしくない。しかし、今日は違った。


 正確に言えば今日だけでは無かった。1週間程前から僕の気分は上向き始めていた。世に溢れる言葉では「今の子供が抱えるストレスはとても多くーー」「子供には子供らしいステップが必要でーー」などが僕の頭に残っている。その通りだったとして、子供の身としてはどうすればいいのかわからない。そんな日々に慣れつつあり、気分が沈んだまま家と学校とその他色々の場で過ごしていた。そんなある日、家と学校の間にある土地で、僕は何かを見つけた。その時の状況は雨が強く降っており、僕はずぶ濡れの泥だらけ、ひっかき傷からは血が滲み、目には涙が滲んでいた。そんな僕の目が雨宿りできそうな洞穴を見つけて、僕はそこへと走って行った。


 唐突な状況説明であるが、詳しく述べるのは避けたい。今はそうさせてもらおう。だって、今の子供が抱えるストレスは大きいんでしょう? なら、丁度いい時期ってものが来るまで待ってくれよ。これは今を生きる少年の心の声だ。


 何でこんな場所に洞穴が? と思ったが、雨は一向に弱まる気配が無く、僕はこの場に逃げ込めたことを心底有難いと思い、その洞穴の中で座り込んでしまった。もう、汚れがどうのこうのというものは気にならなかった。しばらく雨の音を聞いていると心身の疲れを忘れてしまった。その時になって気づいたけど、その洞穴はずっと奥まで伸びていた。僕は怖くなってしまったが、好奇心の方が強かったもので奥まで歩いてみた。雨音も気にならなくなった時のこと、僕は行き止まりへと辿り着いた。そこには何か異様なものがあったんだ。おそらくそこにあったのは『土偶』というものだと思う。僕の半分くらいの背丈を持つ、ちょっとおかしな造形の人型の何かだった。それは行き止まりにあった『扉』のようなものの左側にあった。そして右側には四角い額で覆われたスペースがあった。僕にとってはとんでもない体験で、興奮しつつ、その場を探り続けた。結局のところ何もわからなかったけど、その場で本らしきものを見つけた。薄いその本には、何らかの絵が記されていた。その絵以外は殆ど何も読めない状態だった。そこで僕には何かが解った。もしかしたら「その絵を目の前にある四角いスペースに貼り付けろ」ということではないか? そう考えたんだ。 僕はその薄い本を手に洞穴を戻り、外へと、家へと駆けて行った。外は暗く、雨は弱くなっていた。歩きながら気付いたけど、あの洞穴の奥は何故か少しだけ明るかった。そうでなければ、僕には何も見えなかった筈なんだ。


 部屋に戻り、電気のスイッチを入れてバタリと寝転がった。汚れていた制服などの説明をはぐらかしながらこなし、耳に残るあれこれから逃げながら目を閉じる。何度か黒い世界と天井という景色を行き来してから、カバンに仕舞った何かを取り出した。


「これってなんだ?」


 呟きながら黒ずんだ本を取り出す。4ページしかない。何かのパンフレットがあの場にどうにか残っていた、とするのが適当なところか。一体何だったのかはわからないが、あのとき思った僕の予想が正しいだろうか? それは都合がよすぎるのではないか? しかし、僕はもうこの流れに逆らえずに動き始めてしまった。


 僅かに判別可能だった絵の事を調べ始める。見た感じは日本の浮世絵だと思った。でも、考えてみるほどにおかしな事態だと感じて来た。仮に僕が見て来たものが本物だとして、扉に土偶に浮世絵とは非常に不調和なのではないだろうか? 土偶って確か縄文時代とか弥生時代に作られていたのでは? それと浮世絵? あの扉も金属製だったよ? どうなっているんだろう?


 その日の僕はそのまま眠りに落ちた。目覚めても不調は無かった。少しの疲れ以外は。


 しかし、朝の道を歩くほどに気分が良くなっていく。この道を昨日まではとても重苦しく歩いていた。そんな記憶がある。だが、そんなものもすぐに消えてしまった。僕はもうあの絵について調べることしか頭に無かった。それを突き止めたとして、次にどうすればいいかを考えてみるべきかもしれないが、そんなものもすぐに消えてしまった。調べられる場所はどこか、どうすればいいのか、そんなことばかりを考えてしまい、興奮と共に時間が飛んでいく。


 暇があれば絵や土偶について調べ、暇が無くてもそんなことをしていく。うっかりミスを何度か起こし、耳障りなあれこれを受け、気分が落ち込んだ。落ち込みながら、僕は足を動かしていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る