第16-1話 チュパカブラ大作戦(1)
ひなたと紺乃は辺りに注意を払いながら、廊下を移動していた。愛結たちの情報によれば、現在護は友人と一緒に教室を出て、校舎内を徘徊しているらしい。
『次の曲がり角を右ですの』
イヤホンから流れてくる愛結の声を頼りに、二人は暗闇の中を歩いていた。
「うぅ、本当に怖いんだよ」
比較的手が付けられていなかった部室内とは異なり、ホラーデザインに彩られた廊下は怪物たちの徘徊も相まって本格的な恐怖空間と化していた。廊下の奥からは時折女子の悲鳴が聞こえてくる。
『……愛結様、背後からチュパカブラが二匹来ています』
『魔法発動ですの! みらくる☆うぉーる!』
背後で石壁のようなものが閉まる音が聞こえてくる。各廊下の天井にはストッパーとなる石壁が設置されており、それをコントロール室で制御しているらしい。
『お二方、次は左へ……おっけーですの。うふふ、兄の誘導も順調ですの。今にあのぺちゃぱいに泣きべそをかかせてやりましてよ!』
イヤホン伝わる愛結の笑い声に、紺乃は小さ首を傾げてみせた。
「愛結さん、出会ってからずっと彼方さんに対抗意識を燃やしているよね。昔、彼方さんと何かがあったのかな?」
「どうなんでしょうね」
「対抗部活まで作るんだから折り合い悪いってのは分かるんだけど、私はどこか違和感を覚えるんだよ。当てつけとは少し違うような何かを感じるんだよ」
「そうですよね」
「他人事に首を突っ込むのもアレだけど、もっと仲良くしたほうがいいと思うんだよ。幼馴染同士なんだから。いがみ合い続けるのは良くないよ。ひなたちゃんもそう思うでしょ?」
「あぁん」
「……あぁん? ひなたちゃん、今の声は何?」
後続を走るひなたの方を振り返ると……ひなたの背中にはすでに一匹のチュパカブラがべったりと張り付いて、執拗に胸を揉んでいた。
「紺乃ちゃん……わたし……揉まれてます……」
「きゃああああああああああああ!? 出たああああああああああ!?」
咄嗟に紺乃はひなたからチュパカブラをひっぺ剥がして全速力で走り出した。その背後からじゅるりと触手を伸ばしたチュパカブラが全力で追いかけてくる。
「ひぃぃ!? ば、化け物が襲ってきてる!? 朝霧さん、どうすればいいの!?」
『……制服を脱げ』
「なんでだ!」
『……チュパカブラが襲う人間には優先順位がある。個々体によって嗜好に差があるのだ。芽吹の大きな胸を揉んでいたところを鑑みるとあの個体は巨乳好きだろう』
「うえぇん! 何言ってるのか分かんないよぉ!?」
『……目的を忘れるな。今、平崎が火炎放射を持ってそちらに向かっている。捕まったとしてもわずかな辛抱だ。彼女に助けて貰えばいい』
「それは確かに美味しい展開……!」
紺乃は逡巡してみせたが……やがて決心したのか、ぴたりと立ち止まりチュパカブラの方を振り返った。そしておもむろにシャツの胸元をほどいた。
「ここは私に任せて先に行くんだよーっ!」
「紺乃ちゃん!」
振り返るひなたの目の前で石壁が落ちた。直後、壁の向こうから紺乃の淫猥な嬌声が響いてきた。
『……すぐに平崎が辿り着く。気にせず前へ。兄はすぐそこだ』
「あなたのことは忘れません」
唇を噛みしめながら、ひなたは再び走り出した。そうしてイヤホンの指示通り階段を下り、廊下の角を曲がった先に兄――芽吹護の姿を見つけた。
「お兄ちゃん!」
「ひなた!? 大丈夫か!?」
駆け寄ってきたひなたを護はぎゅっと抱きしめた。
「無事でよかった! どうやらこの化け物は女性を襲うみたいだからな。女子は教室に籠って、有志の男子が取り残された人の救出や探索に出ているんだ。全く、ここまで意味の分からんトラップに阻まれて大変だったんだ」
ひなたは兄の隣に、もう一人男性が立っていることに気付いた。
「あっ、原山さんもいるんですか」
「おぅ、友人のピンチだ。付き合わないわけにはいかんだろう」
ひなたに声をかけられて、護の友人、原山悟は笑みを返した。クラスメイトからは菩薩系男子と呼ばれるほど優しい性格の悟である。単独でひなたの救出に行こうとしていた護の行動をサポートしてくれたのだろう。
『ターゲットの元に無事に到着しましたわ。しかし、まだ邪魔者がいますわね』
『……トラップで排除します』
耳元のイヤホンから物騒なことが聞こえてきた。
「護、ひとまず探索はやめて安全なところに向かおう」
「この有様だ。警戒されて途中の教室には入れてもらえないだろうな。俺たちの教室まで戻れるか?」
「分からんな。行ける道を進むしかない」
頷くと三人は歩き出した。先頭を悟が行き、間にひなたを挟みながら最後尾の護が背後からの敵襲に備えている。
『芽吹さん、聞こえますか? いちゃつくのに都合のいい場所がありました。トラップで誘導しますので、ひとまず道なりに進んでいってくださいまし』
「でも、原山さんがいますよ」
『……すぐに排除する。こちらで合図を出す。コケるなりして後ろの兄の足を止めて貰いたい』
「分かりました」
しばらく三人が音をたてないように廊下を慎重に歩いていると。
『今ですの!』
「きゃあ!?」
愛結の合図を受けて、ひなたはわざと転んでみせた。
「ひなた、大丈夫か!?」
背後にいた護が慌てて駆けつけてくる。先を歩いていた原山が足を止める。
『……トラップ発動。死に晒せ』
直後、悟の足元直下に巨大な穴が開いた。
「危ない、悟ッ!」
「なんのぉ!」
悟は両足を大きく開いて、穴の左右につっかえるようにして落下を防いだ。
「ふぅ、ぎりぎりだったが、なんとかな――」
『……甘い』
次の瞬間、穴の上部から振り子のハンマーが出現し、悟の股間を強烈に殴打した。
「うびゅ」
悟の口から声にならない声が漏れた。彼は股間を押さえたまま穴の底へと静かに落ちていく……。
「悟うううううううううう!!」
『……任務完了』
『相変わらずえげつない罠ですの』
護が駆け寄るもすぐに穴は閉じてしまった。護はドンと床を叩きつけた。
「くっ! 悟、無事でいてくれよ……色々な意味で。付いてこい、ひなた!」
友を失った悲しみを背負いながらも、二人は再び暗い廊下の中を歩き出した。どこの教室も化物の侵入を拒むため、がっちりと扉を閉め切っていた。チュパカブラに気付かれないように慎重に歩くこと数分。とうとう目の前で石壁が落ちた。
「くそ、行き先を塞がれたか! 近くの教室に身を隠せればいいが……空いている!? よし、ここに姿を隠すぞ!」
視聴覚室に入ると、護はがちゃりと鍵を閉めた。
『……集合ポイントに到着した』
『芽吹さん、そこには平崎さんと桜咲さんが連れてきたチュパカブラが数匹いるはずですの。上手く立ち回ってお兄さんと心の距離を縮めてくださいまし!』
真っ暗な室内を警戒する護の背後で、ひなたはこくりと頷いた。
「何かいるぞ! ひなた、俺の後ろにいろよ」
ひなたを庇うように護が一歩前に出る。暗闇の中に何か塊がある。二人が目を凝らすと、そこには……
「……え? 紺乃ちゃん?」
俯せに倒れた紺乃の姿があった。彼女の周りには、首と胴体を千切られてバラバラになったチュパカブラの残骸があった。
「大丈夫ですか!? 紺乃ちゃん!?」
ひなたが駆け寄り、抱き起すと紺乃は儚げな笑みを浮かべた。
「……本望なんだよ……」
「なにがですか!?」
『これは一体どういうわけですの!? チュパカブラは人を襲うことはできないのでしょう!?』
『……今録画を回しています』
朝霧はモニターの一つに録画映像を回した。
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