第11-1話 遠野彼方は友達攻撃に弱い

 科学部の部室の隅で千瀬はうずくまっていた。

「見られた……絶対誤解された……」

 ぐすぐすと泣き崩れたまま居た堪れないオーラを醸し出す千瀬の肩を、彼方は同情するようにぽんと叩いた。

「そう落ち込むでない。今時ノーパン趣味だなんて珍しくもないぞ?」

「ハァ!? 趣味じゃないわよ! あんたの薬のせいで濡れちゃって穿けなくなっちゃったんだから! どうしてくれるのよ……! 明日からあたし、変態女扱いされるじゃない! うわああああああん!」

 千瀬は耳まで真っ赤にして、彼方の体をぺちぺちと叩いた。そんな様子をひなたと紺乃の二人は遠目から眺めている。

「いいなあ、私も見たかったんだよ……」

「捲った瞬間凄かったんですよ。周囲が氷みたいに固まったんですから」

「他人事だと思ってんじゃないわよッ!」

 自暴自棄に叫びながら、千瀬は近くに置いてある小物を二人に投げつけた。

「とかく、これでチャンスは晩飯の時のみとなったな」

 彼方は悲しみに暮れた千瀬の頭を優しく撫でながら言った。

「タイムリミットは今日の晩までだ。もはや猶予もないことを考えると、私たちも食事を一緒するのがいいのかもしれんな。自作料理なら薬を入れる手間も省けるし」

「……だったらひなたに絶対料理させないようにしないといけないわよ」

 立ち直ってきたのか、千瀬も会話に参加してきた。

「どうしてくるくるガールに作らせてはいけないのだ?」

「ひなたちゃんは料理がすごく下手なんだよ」

 恐怖の滲んだ声に、彼方は目をぱちくりとさせた。

「いまいち話が掴めないのだが。妹が料理を作ってくれるのだぞ。上手くなくとも兄としては嬉しいものだろう。むしろ少し下手なくらいが愛嬌があると思うのだが」

「「………………」」

「……そんなにひどいのか?」

 押し黙る二人に、彼方も表情を曇らせた。

「前の家庭科実習、大火事になりかけたわね」

「ハンバーグが燃えカスになったんだよ」

「味噌汁を固形物化させてたわね」

「ドレッシングと洗剤を間違えていたんだよ」

「いやいやいや! そんなひどいわけがあるまい!?」

 二人は無言で顔を引き攣らせた。

「な、なるほど。くるくるガールは殺人料理系女子だったのだな……。となれば、なおさら私が同行できないのが気がかりだな」

「え、かなちゃんは来ないのですか?」

「だってそうだろう。初対面の人の家にお邪魔するなど失礼ではないか」

「むしろ人数が増えて嬉しいですよ?」

「そ、そうか? だがしかし、やはり部活関係でいきなり上がり込むのは無礼だというか、いくつか段階を置いた方がいいと思ったり思わなかったりしたりしなかったり……」

「なんだか煮え切らないですね?」

「彼方さん、もしかして友達の家に行くのが初めてだとか?」

「………………」

 千瀬の言葉に、彼方の頬が真っ赤に染まった。

「し、仕方ないだろう! いままでずっと友人などいなかったのだから! 怖気づいたって何が悪い! むしろこれが正常なのだ! そうに違いないんだぞっ!?」

 言い訳をする彼方に、ひなたと紺乃は顔を見合わせた。

「彼方さんは参加決定だね」

「ふぇ!? なんでそうなるのだ!?」

「お兄ちゃんに連絡しておきますね」

「待てぃ!? 勝手に決めるなぁ!?」

「気にすることなんてないよね。だって私たちは友達なんだから」

「ふぇっ!?」

 友達と言われて、彼方は頬を紅潮させた。

「ば、馬鹿なことを言うでない! 大体私に友達などできるわけが」

「もう友達ですよー?」

「ふ、ふえぇ!? だ、だって私にはずっと友人なんて」

「友達なんだよ」

「あうぅ!? で、でも本当に悪いと思うし」

「友達」「友達」「友達」「友達」「友達」「友達」

「あ、あうあう……」

 両耳元で囁きかける二人の友達攻撃にノックアウトされた彼方は、しばらくの間、口元をふにふにと動かしていたが、

「し、仕方ないな。そこまで言うなら行ってやらんでも、ないぞ」

 ついに蚊の鳴くような声でそう呟いた。

「「いえーい!」」

 作戦が見事に成功して二人はハイタッチを決めた。 

「見るからに大変そうだけどみんな頑張ってね。あたしは見たいアニメがあるし。体調も……アレだし。あたしは行かないから」

 周囲が盛り上がりを見せる中、千瀬は素っ気なくひらひらと手を振った。

「寂しいけど、分かったんだよ」

「引き留めないんですか?」

「敏感体質のこともあるし、無理には引き留められないんだよ。いつも苦労を掛けてるんだもん。たまにはゆっくりと休ませてあげたいんだよ」

「そ? じゃあ、あたしは勝手にするわね」

 快い了承を貰えて気苦労から解放されたのか、千瀬は嬉しそうに語調を弾ませた。しかし……その背後で、怪しい笑みを浮かべる巨乳がいるのであった。

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