ガールズ・ガンズ・トーク

黒川ケンキチ

第1話 レイプされないために

 日本政府が聖域として最後まで守り続けていた米(コメ)の関税。

 アメリカ合衆国の新大統領は、日本に関税撤廃を強く求めたが、日本人たちは決してそれを受け入れようとはしなかった。

 そのような状況の下、合衆国大統領の巨大な支持母体――全米最強のロビイストである『NRA――全米ライフル協会』の中からこんな声が上がった。

――日本という銃の空白な巨大なマーケットがあるではないか。まだ、どこの国も手を付けていない、現代のエルドラドオが

 その声を聞いた合衆国大統領は、翌週の月曜日に事前連絡無しに日本に緊急来日した。



銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)平成三十一年五月一日改正

法執行機関に所属しない一般人でも各都道府県の公安委員会の許可を得れば、銃の保有を認める。この場合の銃の定義は別条に定める。

また、強姦などの性暴力から身を護るために、少女に限って十六歳からの護身用の銃の保有を認める。

(全野党の強硬な反対にもかかわらず、衆参両院で同法は強行採決された。その際、議長席に多数の野党議員が押し寄せ、与党に属する議会議長が心筋梗塞を起こすというトラブルが発生したが、元看護師の左翼政党女性議員の的確な手当で議長は息を吹き返した。後にこの左翼女性議員に叙勲が行われるとの事だが、女性議員は叙勲を受勲することにまんざらでもないとのことである)



とりあえず、政治家一名、他の政治家秘書一名、警視庁警備部のキャリア一名、東京都教育委員会幹部一名の計四名の自殺者を出して、法案改正は可決されたのだった。銃規制緩和と引き換えにコメの聖域は守られた。その不審な点が多い自殺者の数が、多いか、少ないかかはともかくとして。



神奈川県・伊勢原市民間シューティングレンジ。夏の、終わりの頃。


「注目!」

 褐色の肌をした、まだ二十代前半ぐらいの女性が大声を上げた。女性の格好とはいうと、自動拳銃製造で有名なとあるオーストリアの会社のキャップをかぶり、キャップの後ろの隙間を通してそこから長い茶色のポニーテールをたらしている。

 服装は、ジーンズに白の無印のTシャツというラフなものだ。そのまま昼の新宿を歩いていても、誰も気に留めないだろう。いや、一部の男たちは彼女にジロジロと陰から性的な視線を向けるかもしれない。インド・サモア・中国・黒人・白人そして日系人の多様な遺伝子を受け継いでいる彼女は、めったに見かけることのないほどの美人だったから。

 だが今、注目と叫んだ彼女の顔は非常に厳しいものだった。彼女の腰にはホルスターが一つあり、そこに差し込まれているのはコルトM45A1だった。元海兵隊員である彼女にとってこれ以上作動性が信頼できる自動拳銃はないし、また、彼女は45口径のストッピングパワーの熱烈な信奉者だった。


――注目、の掛け声にあわせて、四人の少女たちが彼女――このシューティングレンジの射撃教官である彼女の前で直立不動の姿勢をとった。

 彼女らは全員女子高生だった。お互いに面識はない。今日はじめて皆顔を会わせたのだった。

 一人目は何が楽しいのかニコニコ常に笑みを浮かべ、なんだか足をそわそわしている。持っている拳銃はSIGP226。ちゃんとマガジンを抜いて、拳銃もホールドオープンして胸の前に構えている。そして間違っても引き金に指をかけたりはしていない。(この姿勢は他の三人も同様にしている)

 二人目は、渋谷あたりを学校をサボってぶらついていそうな、一見ヤンキー風に見える少女だったが、背中に流れるそのつややかな黒髪が茶や金に染められていないため、見ようによっては真面目な少女に見えないこともなかった。拳銃は、H&K USPコンパクトピストル。

 三人目は、おっとりとした柔らかな笑みを浮かべている優しそうな少女。今日は全員私服姿で来ているが、彼女だけセーラー服で来ていた。彼女いわく、適当な外出着がなかったからだそうである。拳銃は、中古のロシア製マカロフ。彼女以外の三人は、新品で銃を購入したが、彼女だけ安い中古の物を購入した。本人によれば、家計が苦しいためとのことである。

 四人目は、眼鏡をかけた車椅子の少女。ひざに毛布をかけて、胸の前に拳銃を構えている。拳銃は、 S&W49 Body Guard。今日のこの射撃講習会に参加する前に、射撃教官である彼女に、どんな拳銃を選べばいいかわからないので教えてほしいとメールしたところ、帰ってきた答えがこの拳銃だった。なるほど、撃鉄の隠れた独特のフォルムのこのリボルバーなら、車椅子の毛布の中から引き抜く時銃がひっかかることはない。


「全員、座学の内容は頭に叩き込んだな?」

 厳しい口調で教官がどなる。うなづく全員。

「よし、これから弾を各員に配布する。いよいよ実弾射撃を始めるぞ」

 自身の腰のホルスターを意識的にか無意識にかトントンと人差し指で叩く教官の姿があった。

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