第66話 慢心に気づかされた


「ぬぅ。変態とは失礼な。儂はどこにでもいる普通の魔王だというのに。風評被害にも程がある……!」


 解せぬと呟き、魔王が憤る。


 だが、田助にしてみれば「こいつ、正気か……!?」となる。


 なぜなら、どこからどう見ても変態、いや、ド変態以外の何ものでもないからだ。


 このド変態はアンファを狙っている。


 なら、可及的速やかに倒すしかない。


 元よりそのつもりではあったが、魔王倒すべしという思いは、ここに至ってより強固なものになった。


「いくぞ!」


 と告げて、既に抜き放っていた真・断ち切り丸を構える田助。


 それに続けとばかりに、衣子とウェネフもそれぞれ武器を魔王に向けた。


 巨大化したポチには、シャルハラートとともにアンファを守るように、ここに来る前に頼んでいる。


 田助は、いつになく禍々しいオーラを立ち上らせている真・断ち切り丸の柄を強く握りしめる。


 戦いの幕が、今まさに、開かれようとしていた。




 魔王がゴスロリ美少女を下がらせ、田助たちに向き直る。


 大きく、肉付きのいい体躯は、なるほど魔王を名乗るだけのことはあると感じさせるものだった。


 だが、所詮はド変態。


 しかもゴブリンである。


 これまで田助は何体ものゴブリンを倒してきた。


 普通のゴブリンはもちろん、ゴブリンメイジ、ゴブリンキングなどもだ。


 なら、こいつは。


 大したことはないだろう。


 そう考えた田助は、魔王に対して鑑定を用いなかった。


 ダンジョンを堪能していく中で、危険な目に遭った反省を踏まえ、これから戦う相手に対しては鑑定を使うように心がけてきたはずなのに。


 大丈夫、自分なら間違いなく倒せるという思い込み。


 衣子を田助から奪い去ろうとしたことに対する怒り。


 アンファを絶対に渡してはならないという焦り。


 それらが複雑に絡み合って田助を突き動かし、結果、田助は自分がどれだけ傲慢になっていたのかを思い知らされる。


「魔王……!」


 渾身の力を込めて放った一撃を、斬れぬもののない真・断ち切り丸による絶対斬撃を、魔王は受け止めた。


 真剣白刃取り。


 一刀のもとに斬り捨て、それで終わりだと田助は考えていた。


 これまでゴブリンと戦った時がそうだったように。


 だから、想定と異なる事態を前にして、頭の中が真っ白になってしまった。


 魔王は立ち尽くす田助の腹を思いきり蹴飛ばした。


「がっ!?」


 壁を壊し、掘っ立て小屋の外、あともう少しで断崖絶壁から転げ落ちるところまで、田助は吹き飛ばされる。


「田助様……!」


 衣子の悲鳴が聞こえる。


 二回目だ。


 前回はロングホーン・タートルに食べられた時。


 愛する人の、こんな声を聞きたくはなかった。


「田助様に……よくも!」


 激怒した衣子が魔王に飛びかかろうとするが、ウェネフがそれを止めた。


「怒りで我を忘れては駄目! 誰が見ても、どこから見てもド変態だったとしても、あれは魔王! そう自称する以上、それなりの実力があるものだと、あたしたちは理解するべきだった!」


 蹴飛ばされ、転がって空を呆然と眺めていた田助はウェネフの言葉を聞いて、まったくそのとおりだと思った。


 反省すること、後悔すること、山のようにある。


 だが、今すべきことは、それじゃない。


 では、何をするべきなのか――。


 ザッ……、と音を立て、田助は立ち上がる。


「たー……!!」


 アンファの声が遠い。


 体のあちこちが痛くてたまらない。


 口の中いっぱいに広がるのは鉄の味。


 魔王と戦うために最強装備を調えてきたはずなのに、それでもこんなにダメージを受けるなんて。


 田助は自分を鑑定してみた。


「はは……」


 気がつけば笑い声が漏れていた。


 たった一蹴りで、田助のHPはおおよそ1/4も減っていた。


 田助はアイテムボックスからハイポーションを取り出し、一気に呷った。


 口元を拭い、HPが全回復したのを鑑定で確認してから、魔王を見据える。


 ちなみに、ハイポーションが入っていた瓶はきちんとアイテムボックスに回収済みである。


「いい目だ。儂を侮ることなく、倒すべき敵だと認めた、そんな目だ」


 掘っ立て小屋から出てきた魔王が、田助を見て口元を歪める。


 笑ったのだ。


「ああ、そうだ。お前は倒すべき敵だ。全力を出して戦うべき、な」


 たとえド変態で、ゴブリンであっても、その実力は本物だった。


 ならば、全力を出さなければいけない。


 舐めてかかれば、こちらが返り討ちに遭うのは、既に証明されている。


 田助は真・断ち切り丸を構えた。


 傲る気持ちはすでにない。


 先ほど、盛大に蹴飛ばされた時に、一緒にどこかに吹っ飛んでいった。


 故に、今の田助にあるのは、目の前の強敵を絶対に倒すという強い意志。


 その思いを瞳に込めて、田助は魔王を強く見据えた。

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