第24話 嫁を迎えに行ってみた


 衣子きぬこの母親が倒れた。


 衣子のスマホにそんな連絡が入ってから、衣子は平静を装っているつもりでも、まったく装えていなかった。


 料理を教えて欲しいと衣子に頼まれた田助は廃病院ダンジョン、その住居部分で一緒に料理をしているわけなのだが。


 衣子は料理に入れる砂糖の量を間違えたのだった。


「おいおい、衣子。俺は大さじ1杯だって言っただろ? それじゃお玉1杯だ」


「え? 大さじというのはこれじゃないのですか……!?」


「素で間違えていただと!?」


「も、もちろん冗談ですよ……? 今のは田助様が見抜けるかどうか抜き打ちテストをしてみたのです」


 そういうことにしておいた。


 だが、謎の物体Xがどうやって生み出されるのか。その理由の一端を知った瞬間だった。


 あと、やっぱり衣子は料理の才能が微塵もないと改めて確信した瞬間でもある。


 スキルオーブの判断(?)は正しかったのだ!


 まあ、それはそれとして。


 やはり、衣子もまったく平静というわけではないようで、どこか落ち着かない様子でそわそわしている。


「……そんなに心配なら見舞いに行ってきたらどうだ?」


「それならさっきも言いましたが、大丈夫です」


「確かに連絡を受けた時、そう言ってたけど」


 衣子の祖父である正和や祖母である美津子に比べて、衣子の口から両親のことが語られることは滅多にない。


 衣子の荷物を実家に取りに戻った際は、両親が不在の時を狙う徹底ぶり。


 何となく不仲なのかと思って、これまで深く話をしてこなかったが……。


 倒れたというのなら話は別だろう。


「ほら、これを持って」


 そう言って田助が衣子に渡したのは、異世界ストアで購入し、アイテムボックスに収納していたハイポーションだ。


 以前、防具を購入するきっかけとなった出来事から学んだこともあり、護りを固めるだけでなく、万が一に備えて回復薬も購入しておいたのだ。


 他にも毒消しポーションや麻痺消しポーションなども常備している。


「……ありがとうとございます、田助様。それではお言葉に甘えて行ってきます」


「気をつけてな」


 田助は衣子を廃病院ダンジョンの入口まで見送った。


 そしてその日、衣子は帰ってこなかった。




「さて」


 田助は今、衣子の実家の前に立っている。


 今朝、帰ってこなかった衣子から連絡があったのだ。


『すみません、田助様。ちょっと面倒くさいことになってしまいまして』


『面倒くさいこと?』


『実は今回、母が倒れたというのは父が私を家に呼び戻す方便で、その父が私と田助様の結婚を認めないと言い出したのです』


『そうなのか?』


『私のことは自分が面倒を見るから、ずっと家にいるようにと。どうやら私があんなことにあって婚約破棄されたことをとても気にしているみたいで……』


『いい親父さんじゃないか』


『田助様が何を言っているのかよくわからないですね……』


『おい』


『とにかく田助様。そんなわけですので、父をってもいいですか? はい、いいです』


『誰もそんなことは言ってないぞ!?』


『ご安心ください。手加減はしませんから』


『安心できる要素が皆無……!』


 駄目だこいつ、早く何とかしないと。


 とにかく自分が行って話をするから、それまで早まったことをするなと強く言った。


『なるほど。つまり、田助様が来たらひと思いに……』


『違うからな!?』


『ふふふ、田助様ったら冗談がお好きなんですから』


『冗談じゃないからぁっ!』


 というわけなのだった。


「不仲なのかと思ったけど……衣子の話を聞く限りは違うのかもしれないな」


 むしろ過保護すぎる親って感じだろうか。


 田助は改めて衣子の実家を見る。


 立派な門扉に、泰然とした洋風建築。


 衣子を鑑定した際、職業が社長令嬢になっていたことを今さらながら思い出した。


 門扉に備えられているインターホンを押して、要件を告げる。


 自動で開くドアをくぐって、田助は歩き出した。




 門から屋敷までそれなりの距離を歩いた。


 で、屋敷の前につけば、そこで待っていた、


「秘書の千石せんごくです」


 という渋い初老の男性に田助が案内されたは、ふかふかの絨毯が敷き詰められた応接間だった。


 鼻の下と顎に整えられた髭を生やしたオールバックのダンディな感じの男性に、穏やかに微笑んでやさしげな印象を与える栗色の髪をセミロングにした女性、それにいつもより過剰に着飾ってまさしく令嬢然とした衣子の三人がソファに腰掛けていた。


「田助様……!」


 衣子が立ち上がり、うれしそうに駆け寄ってくる。


 たった一日しか会っていなかっただけなのに、ひどく懐かしく感じてしまうのは、衣子のことがそれだけ田助の中で大きな存在になっているということだろう。


 それが何だか照れくさい。


 衣子を抱きとめ、そんなことを思っている田助に、衣子はとてもいい笑顔で言った。


「それではさっそくり――」


「――ません」


「なっ、どうしてですか!?」


 それはむしろこちらの台詞です。


「電話で言っただろ? そういうことはしないって」


「そんな……あれは冗談だったのでは?」


 そんなわけがない。


「とりあえず落ち着け。な?」


「では、私の耳元で愛を囁いてください。具体的には『衣子愛してるよ衣子。世界で一番かわいいよ』です」


「は?」


「聞こえませんでしたか? では、もう一度。『衣子、世界で一番愛おしい君。君がいないと僕は死んでしまう。僕のそばから一生離れないでくれ』です」


「さっきと違ってる……!」


「気のせいですよ?」


 気のせいではありません。


「……衣子、もしかして俺にそんなことを言わせるために今回のことをダシにしたとか?」


「何を言っているんですか、田助様」


「そうだよな、違うよな」


「そのとおりですよ?」


「認めちゃった!?」


「私はいつだって田助様からの愛に飢えているのです。なので隙あらばこれからもどんどんぶっ込んでいきたいと思いますので、よろしくお願いしますね?」


 はにかむ衣子。


 そんな衣子を「くっ、こいつかわいいじゃねえか」とか思ってしまうあたり、田助、衣子のことが好きすぎである。


「あらあら、まあまあ。二人は本当にラブラブですね」


 なんて声が聞こえてきた。


 やさしげな女性である。


「初めまして、山田田助様。私は衣子の母、綾根木綿子ゆうこと申します」


「あ、はい。こちらこそ初めまして。山田田助です」


「あなたのお話は衣子から、それはもう、本当にたくさん聞かされていて……」


 いったいどんな話をしたのだろうか。


 衣子を見れば、照れくさそうにしながらうなずいている。


 きっといいことに違いない。


「定職に就くつもりがまったくなく、しかも住所不定を一生貫くごうの者だとか」


 全然いいことじゃなかった。


 ダンジョンに住んで、ダンジョンを堪能する予定なので、ある意味、正しいのではあるが。


 それでもそんなことを言ったら駄目である。


 そんなことを言ったら父親が田助との結婚を認めないのも当然だ。


「そ、それには事情がありまして……!」


「大丈夫ですよ、山田様。多くを語らずとも、ちゃんとわかっていますから」


 慈愛に満ちたその表情に、すっかり焦っていた田助は救いを見た。


「そういう鬼畜ぷれい、なのですよね?」


「全然わかってねえええええええ! というか、あなたは確かに衣子の母親だよ!」


 考え方がそっくりである。


 そんなところを遺伝させるより、料理の才能を遺伝させて欲しかった!


「照れますね、衣子」


「ええ、お母様」


 照れる要素がどこにもない!


 などというコントみたいなことをやっていたら、


「やあ、初めまして山田くん。僕は綾根幸四朗こうしろう、衣子の父だ」


 それまで黙っていた髭のダンディな男性――幸四朗が見た目どおり、ダンディな声で言った。


「だが、君が僕の名前を覚える必要はない。なぜなら君はここで消えるからだ」


「は?」


「定職に就かず、住所も不定!? そんなどこの馬の骨ともつかない輩に、僕の世界一かわいい衣子を任せるわけがないだろう!? だから消してやる!」


 すぐに誰かを消そうとする発言に、田助は衣子と幸四朗の血のつながりを見た。


 あと、幸四朗の言葉は間違いないとも思った。


 田助と衣子の間に娘が生まれたとして、その娘が『彼は定職に就かないで、住所も不定なんだけど、結婚するわ!』とか言い出したら、相手を絶対に潰す。全力でだ。


「お父様、何てことを言うんですか!? 田助様はそこがいいのですよ!?」


「おいちょっと待ちなさい衣子さん。その発言、フォローしているようでまったくフォローしてないからな?」


「田助様、大好きですよ?」


「そんなことでは誤魔化されない!」


 とか言いながら、ちょっとにやけている田助である。


 そんな二人を見て、幸四朗がギリギリと歯ぎしりをする。


「衣子とあの馬鹿息子の婚約は確かに家同士の繋がりを強めるためではあったが、それでも衣子がしあわせになれると思ったから、血の涙を流しながらも我慢したのだ! だが、お前ェ! お前だけは絶対に駄目だッ!」


「だから消すと?」


 衣子の言葉に、幸四朗が血走った目でうなずき、田助を見据える。


 ただならぬ迫力に思わず「ひっ!!」となる田助。


 幸四朗は深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、


「だが、まあ……山田くん、僕にも慈悲の心がある。僕が用意した彼らを全員倒すことができたのなら、君と衣子のことも考えてもいい」


 なんかそういうことになった。




 というわけで、田助たちは中庭に移動した。


「では、先生方、よろしくお願いします!」


 幸四朗の台詞は、まるで時代劇の悪役みたいだった。


 そうしてやってきたのは全部で100人。


 むくつけき男ども――いや、野郎どもである。


 どう考えても素人ではないし、中には明らかにヤバい奴もいた。


 ナイフをぺろぺろと舐めながら、


「所詮この世は焼肉定食だからよォ……!」


 とか言っちゃっているのである。


 絶対にヤバいだろ! 弱肉強食を本気で焼肉定食だと思ってるとか!


 幸四朗を見れば、ニヤニヤ笑っている。


 そこに慈悲の心はまったく見当たらなかった。


 どう考えても田助をりにきていた。


「田助様、がんばってください!」


 嫁にそんなことを言われたら、がんばるしかないだろう。


 田助はアイテムボックスから深紅の装備一式を取り出し、装着。


「え、今のはどこから……!?」


 幸四朗の驚く声が聞こえたような気がしたが、今はそれどころではない。殺るか、殺られるかだからだ。


 さらに断ち切り丸も取り出して、腰にぶら下げる。


 この断ち切り丸、最初はアイテムボックスに収納することすらできなかったが、田助が本当に断ち切り丸のことを相棒だと思っているのが伝わったからなのか、ある日突然、収納することができるようになっていた。


「今度は刀まで……!?」


 再び幸四朗の驚く声が聞こえたような気がしたが(以下略)。


「じゃあ、行くぞ!」


 田助は断ち切り丸を柄から抜き放ち、野郎ども100人に立ち向かっていった。




 結果から言えば田助が勝った。


 というより楽勝だった。


 100人の野郎どもを3分以内に倒したのだ。


「なん、だと……!?」


 絶句する幸四朗に木綿子が言った。


「幸四朗様。約束しましたよね? 彼ら全員を倒すことができたら山田様と衣子が結婚することを認めると」


「い、いや待ってくれ木綿子。僕は考えてもいいと言ったのであって」


「幸四朗様、返事は『はい』か『はいぃぃぃっ!』のどちらかですよ?」


 違いをわかりたくなかった。


「はいぃぃぃっ!」


「よくできました」


 幸四朗の顔はそこはかとなくうれしそうじゃった……。


 綾根家の闇を垣間見たような気がしなくもないが、きっと気にしたら負けだろう。


 というわけで、無事、田助と衣子の結婚は認められたのである。


 で、実家からダンジョンへの帰り道。


 田助は腕を組んでくる衣子に言った。


「なあ、衣子。親父さんのあれ、すごい演技だったな」


「演技……ですか?」


「だってさ、あの100人の野郎ども、確かに最初見た時はなんか恐かったけど、戦ってみたら全然強くなかったし」


 感覚的にはスケルトン以上ゴブリン未満みたいな。


「たぶん、親父さんが用意したエキストラかなんかだろ。あれだけの人数相手に戦うことができるかどうか、俺の衣子への思いを試したんだよ。元婚約者のことがあったから」


「いえ、あれは演技などではなく、本気だったと思います。本気で田助様を消すつもりだったはずです」


「いやいや、それはないって」


「本当です」


「いやいやいや………………え、マジで?」


「マジと書いてマジと読むくらいマジです」


 おい。そのボケをやるなら以前のことを踏まえないと駄目だろ!? と思った田助だったが。


「田助様。田助様はダンジョンを堪能することでレベルアップしていることをお忘れですか?」


「…………………………………………わ、忘れてないよ? 本当だよ?」


「そういうことにしておきます」


 にこにこうれしそうにしている衣子に、反論できない田助。


「でも、私はうれしかったですよ。田助様が私のために立ち向かってくれたこと。絶対に忘れません」


 衣子がギュッと自分の体を押しつけてくる。




 その日の夜、田助たちは激しく燃え上がった。


 え、何が?


 もちろん、ダンジョン攻略ですが何か。


 それ以外にいったい何があるというのか。


 むしろそれ以外にあるなら教えて欲しいものである。


「田助様の初めて、ありがとうございます」


 そういうことは言ったら駄目なのである。

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