第12話 ダンジョンに許婚を案内してみた
自分が暮らしていたアパートを前にして、田助は感慨にふけっていた。
退去期限まで、まだ日にちがある上、正和からはいつまででも好きなだけいてくれてかまわないと言われたのだが、田助はダンジョンで暮らすことにしたのである。
金塊は質屋で換金済みである。
500万近くになった。
アンファのおかげだ。早くダンジョンに行って褒めてあげたい。
当面の生活費も確保できたし、後顧の憂いはない。
何の問題もなくダンジョンを堪能しよう。
それに住所不定ともなれば、あるいは今、田助の隣にいて楚々と微笑んでいる
「職もなく、住所すら失うなんて……。田助様はそこまでして私に養われたいのですね。わかりました。任せてくださいませ」
なんてことはまったくなかった。
本当に何なんだ、このお嬢様は。
「そんなに俺を養いたいんですか……?」
「はい!」
力強く肯定された!?
「とても養いたいです! なんか田助様からそうしないといけないみたいなオーラを感じるといいますか」
名付けるなら、ダメ男オーラとでも呼ぶべきだろうか。
だが、そんなオーラなど絶対に出ていないと断言できる。
自分は職がなくて、住所不定で、これからはダンジョンを堪能して生きていこうと思っているだけなのだから。
「………………………………客観的になったら、どこからどう見てもダメ男だな」
「はい!」
肯定してはいけません。
なぜなら田助の心の奥の敏感な部分が傷ついてしまうからです。
「衣子の気持ちが変わらないというのは、よくわかりました」
「あの、田助様」
「何です?」
「その話し方、やめませんか?」
「話し方というと……」
敬語です、と衣子に言われた。
「私と田助様は許嫁同士ですし。私は田助様より年下です」
「あー、うん。そうなんですけど」
「田助様?」
「……わかり――」
「た・す・け・さ・ま?」
「わ、わかった。これでいいか?」
「はい!」
いい笑顔、いただきました。
まあ、この方が話しやすいので、田助としても楽なのだが。
お嬢様然とした雰囲気と、美津子の孫ということもあって、思わず敬語になってしまっていたのである。
「……じゃあ、新しい家に向かうから」
「はい!」
衣子に早くも尻に敷かれ始めているような気がして、身震いする田助だった。
まあ、衣子が楽しそうなので、いいかという気持ちも同時にあるのだが。
さっそくダンジョンに向かう田助。
隣には当たり前のように衣子が着いてくる。
その衣子に向かって田助は言った。
「そう言えば衣子に一つだけ約束して欲しいことがあるんだ」
「何でも言ってください。田助様のお願いなら、どんなことでも叶えて差し上げますから」
「どんなことでも?」
「はい。エッチなことでもです」
「自分から言い出した、だと!?」
田助の方が衝撃を受けるのだった。
「あ、いや、エッチなことじゃないんだ」
「エッチなことは嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど」
「けど?」
「お、俺たちはまだ許嫁同士で、結婚したわけじゃないから」
「つまり、それだけ私のことを大事に思ってくださっているわけですね。さすが田助様」
そんなつもりじゃなかったのだが。
衣子の田助上げが留まることを知らず、田助は恐ろしくなる。
「話を戻すと――これから行く場所について。秘密にして欲しいんだ」
バレると騒ぎになる――というのは表向きの理由だ。
本当の理由はまったく違う。
田助が大枚を叩いてダンジョンコアを購入したのだ。
他の奴らにダンジョンを堪能させたくない。
「わかりました。私と田助様、二人だけの秘密ということで」
「いや、厳密に言えば二人じゃないんだ」
「え?」
不思議そうな顔をする衣子に、「紹介する」と田助は笑った。
そうしてやってきた廃病院ダンジョン。
「田助様、まさかここで暮らすおつもりですか?」
「ああ、そうだ。職もなく、暮らす場所はこんな廃墟だ。見損なったか? 今ならまだ間に合――」
「ここ、私の所有地なんですけど」
「は?」
聞けば正和はここら辺一帯の土地を所有する大地主らしい。
で、生前の財産分与でこの廃病院ダンジョンを含めた周辺を衣子は受け取ったらしい。
「つまり、田助様の方から私のところに転がり込んできたという解釈で間違いないですね」
「間違ってるから! そうじゃないから!」
「ですが、田助様はここで暮らすのですよね?」
「ああ、うん。そうだな」
「なら、どう違うんですか?」
「そ、そう言われると俺も返答に困るんだけど……」
「……あら」
衣子が何かに気づいたらしい。
「この廃病院、こんなに綺麗でしたっけ? ……はっ!? もしかして田助様の秘密と何か関係が?」
「鋭いな。ああ、そうだ」
田助は衣子を連れて、廃病院ダンジョンへと足を踏み入れた。
「田助様、ここは私に任せて先に行ってください!」
スケルトンやゾンビを前にした衣子の台詞だ。
溢れ出るほどではないが、モンスターが復活しているようだ。
「俺の許婚がイケメン過ぎるんですけど!? だが、衣子。それは死亡フラグだ」
「死亡ふらぐ? というのはよくわかりませんが……この戦いが終わったら結婚しましょう」
「なあ、本当はわかってるよな? わざと言ってるんだよな!?」
きょとんと首を傾げても、ただかわいらしいだけである。
「大丈夫だから。ここは俺に任せてくれ」
スケルトンもソンビも田助にしてみれば経験値でしかない。
「くらえ、俺の究極魔法! ――セイクリッド・アクア!」
イケメンな衣子に対抗して、無意味な呪文を唱える田助である。
実際は田助のスキルであるアイテムボックスから近所の神社の手水舎から頂戴してきた霊験あらたかな水を、アンデッドにぶっかけているだけだ。
それでもアンデッドたちには効果的で、見る見るうちに退治されていった。
その後、自分を鑑定してレベルが1上がっていることを確認して、ガッツポーズ。
この状況に対してさすがに驚いている衣子を連れて、田助はアンファが待つ一番奥の広間に向かった。
「たー!」
広間に入った田助をアンファが出迎えてくれた。
「おー、アンファー! ただいまー!」
「たー! たー! たー!」
相変わらず田助に懐いているようで、かわいくてたまらない。
「あの、田助様、そちらは?」
「この子はアンファ、俺の……」
そこで考えた。
アンファは自分にとってどういう存在なのだろう。
「俺の大事なパートナーだな」
これから田助は駄女神から救済措置として授かったスキルを駆使して、このダンジョンを思う存分堪能する。
だがそれは、ダンジョンコアであるアンファがいてこそ成立するもの。
つまり、
「アンファがいなければ、俺は生きていけないんだ」
「……なるほど。よくわかりました。つまりその子は私のライバル」
何でそうなる!?
「たっ!」
しかもアンファも受けて立つみたいな雰囲気を醸し出してるし!?
「というか、アンファに性別はないぞ?」
以前、鑑定したから間違いない。
「何を言っているんですか、田助様。この子からは完全にメスの匂いがしているじゃないですか」
「いやメスって!」
確認をするためにもう一度鑑定してみたら、
「は?」
性別のところが、
【女】
になっていた。
何でだ!?
「私、負けません」
「た!」
どうやらライバル関係がここに生まれたらしい。
困惑していた田助だったが、我を取り戻すと、
「よし、いろいろ見なかったことにしよう! なぜなら俺のダンジョンライフは始まったばかりだからな!」
連載打ち切りみたいなことを言って、遠い眼差しをするのだった。
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