第4話 ダンジョンコアを買おう


 田助の全財産は、責任と失敗は押しつけて、手柄は自分のものだと横取りする、そんな上司の下で働き続けて築き上げたものだ。


 汗と涙、それに血尿の結晶だ。


 それをぶち込んでまで買う価値がダンジョンコアにあるのか?


 しかも現在の田助は駄女神のせいで無職、さらにこのアパートも近日中に出て行かなければならない。


 そんなお先真っ暗な状況なのに、全財産をつぎ込んでもいいのか?


 答えは最初から決まっていた。


 これからのことを考えれば、わかりきったことだ。


「買うに決まってるだろ!」


 ダンジョンコアに関して言えば出品者はひとつしかなくて、おそらくこれが売り切れたら次にいつ入荷するかわからない。


 それを見逃すわけにはいかない。


 何より、ダンジョンコアがあれば、この世界でもダンジョンを作り出すことができる。


 異世界を味わうことができる……!


「そら、持ってけ泥棒!」


 異世界に召喚される際、あちらの世界の貨幣に交換してもらおうと考えて、貯金もすべて引き出し、全財産は手元にある。


 それを半透明のウィンドウにすべてぶちまけた。


 田助の全財産は余すことなくすべて吸い込まれ、購入手続きは完了した。


 山田田助、無職。全財産をダンジョンコアにつぎ込んだ瞬間である。


「だが、悔いはない! さあ来い、ダンジョンコア!」


 ぴんぽーん♪ とやはり玄関チャイムに似た音がして、オーク肉が届いた時と同じ、段ボールが現れる。


 さっきよりも段ボール箱が小さい。


「この中に入っているんだな、俺のかわいいかわいいダンジョンコアは!」


 段ボールを開ける手が興奮と緊張で若干震える。


 そうしてようやく姿を現したダンジョンコアは、


「石ころ……?」


 見た感じ、河原とか、そこら辺で拾ってきたみたいな石にしか見えなかった。


「も、もしかして騙された!?」


 慌てて鑑定を使えば、


【人造ダンジョンコア】


 と表示される。


「ん? 人造? どういうことだ?」


 田助はさらに鑑定を使って、詳しく調べてみた。


 すると、こんなことがわかった。


――――――――――――――――――――――――

●人造ダンジョンコア

 魔導帝国レヴァイドギアの秘術によって造り出すことが成功した、人造のダンジョンコア。

 適切な場所に設置した後、魔力を注ぐことで起動する。

――――――――――――――――――――――――


「んー、わかるような、わからないような……」


 人造という言葉があるからには、天然のダンジョンコアもあるのだろう。


 WEB小説的な考え方からすると、魔力とか、そういった感じのものが集まって、澱んだところにできそうな感じだ。


 何にしても、これを適切な場所に設置した後で魔力を注げば、そこにダンジョンができるということなのだろう。


「適切な場所か」


 自分の部屋にダンジョンができて、自分だけが攻略できて強くなれるというWEB小説のお約束展開は胸が熱くなるし、憧れるが、ここはもう少しで出て行かなければいけない。


 他に場所を考える必要がある。


「できるだけ人が近寄らないような場所がいいよな……」


 やはり自分だけが攻略できて強くなれるという点だけは外せない。


 なら、どこがいいだろうか?


「うーん……あ、そうだ。あそことかどうだ?」


 田助が思いついたのは、この近くにある幽霊屋敷だった。




 元々の持ち主が怪死したことで、その後の持ち主も次々に不幸な目に遭うため、買い手が付かず、長らく放置されているという噂の幽霊屋敷が、田助の暮らしているアパートから歩いて15分くらいのところにあった。


 イキった連中が度胸試しと称してここに突入したが、その後、彼らの姿を誰も見たことがないという噂もあったため、ここに入るような物好きは誰もいない。


 ここならダンジョンを作るのにいいのではないかと考えたのだ。


 それにダンジョンと言えば地下迷宮とか、洞窟的なものを想像しがちではあるが、館がダンジョンというのもいいと思うのだ。


「それにしても、さすがは誰も近づかないだけはあるな。雰囲気ヤバすぎるだろ……」


 正直、ダンジョンを作るのでなければ、近づきたくもない。


 幽霊とか信じていなかったが、駄女神の存在を知っている田助としては、万が一のことも考え、屋敷全体に鑑定を使ってみた。


【築100年を越える廃病院】


 幽霊屋敷と表示されたら逃げ出すつもりだったが、どうやらそれはないようだ。


「というか、ここって病院だったのか。しかも築100年ってすげえな……」


 大丈夫だとわかっても、何だか窓の向こうから幽霊が手を振っているような気がしてしまう。


 実際はカーテンか何かが揺れているだけなのに。


「よ、よーし。それじゃあ行くか」


 朽ちた扉は開ける必要がなく、くぐったところで蜘蛛の巣が顔に張り付いた。


 ぎゃー! と叫び出したいのを必死にこらえて、歩く度にギィギィ嫌な音を立てる廊下を田助は屋敷の一番奥に向かって歩いて行った。




「ここが一番奥、か……」


 がらんとした、何もない部屋――いや、広間だった。


 大きな暖炉があったり、その上には何かが飾られていたような跡があったり。


「ここでダンジョンコアを起動したら、この屋敷がダンジョンになるのか?」


 たぶん、そのはずだ。


「よし、じゃあ、さっそくダンジョンコアを起動するか」


 自分自身を鑑定した時、MPが表示されたので、問題ないはずだ。


「けど、どうやれば注ぐことができるんだ?」


 田助はアイテムボックスから取り出した石ころ(ダンジョンコア)を見つめる。


「……まあ、考える前にいろいろやってみるか。まずは――」


 床にたまっていた埃を払って、そこにダンジョンコアを置くと、カメ○メ波を繰り出すみたいに、


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 とやってみた。


 ダンジョンコアはぴくりとも反応しない。


 鑑定でMPを確認するが、減っていない。


 違う意味で精神がガリガリと削られたが。


「そ、それじゃあ、次はこれだ!」


 ダンジョンコアを手に取って、


「……我が魔力を受け取るがいい!」


 ぬん! と気合いを入れて、握りしめてみる。


 あと、自分の中のMPをダンジョンコアに注ぐみたいなイメージもやってみる。


「どうだ!?」


 変化はなかった。


 MPも減っておらず、精神だけが急速に削られていく。


「ぐぬぬ! どうすりゃいいんだよ!?」


 その後も「とりゃー!」とか「ふんぬぅ!」とか気合いを入れてみたり、「頼むから俺の魔力を受け取ってくれぇぇぇぇ!」と懇願してみたりしたが、ダンジョンコアはまったく変化しなかった。


 さすがに田助の顔色が悪くなってくる。


 購入したのはダンジョンコアに間違いない。


 しかし、そもそも起動しないのであれば、ただの石ころと同じだ。


「俺の全財産を叩いたんだよ! 頼むから起動してくれ!」


 ダンジョンコアを額に押しつけ、祈るような気持ちで叫ぶ。


 すると、田助の中の何かがごっそりと抜ける感覚がした。


「あ、な、んだ……こ、……れ…………ぇ……?」


 視界が明滅する。気持ちが悪い。ムカムカ吐き気がする。耳鳴り、頭痛もする。


 まるで二日酔いを何十倍、いや、何百倍にもひどくしたみたいな感覚に襲われ、田助は埃だらけで汚いその場に倒れ、意識を失った。




 ぺちぺち。


 頬にそんな感触があって、田助はゆっくりと目を覚ます。


「あ、れ……俺、いつの間に寝て……」


 そこまで呟き、思い出した。


 ダンジョンコアを異世界ストアで購入したこと。


 ダンジョンコアを設置する場所を求めて、幽霊屋敷改め廃病院までやってきたこと。


 一番奥の広間で起動しようとしてできなかったこと。


 それでも何とか起動して欲しくて祈るような気持ちで叫んだ直後、とんでもない体調不良に襲われ、意識を失ったこと。


 視界が明るい。


 朝……? いや、違う。この光は――。


 すぐ目の前でダンジョンコアが紫色の怪しげな光を放っていたのだ。


「おお、起動してる!」


 そしてさっきから田助の頬をぺちぺちしていたのは、


「スライムだ!」


 見た目はつるんとした涙滴型だが、その大きさはソフトボールくらい。


 鑑定を使えば、


【ベビースライム】


 と表示される。


「本当にダンジョンが作れたのか!!」


 だが、感動していられたのはそこまでだった。


 さっきの意識消失の原因を探ろうと自分に鑑定をかけたところ、10あったMPが1になっていて、さらにHPが現在進行形で減り続けているのである。


 考えられる原因は、ベビースライムがぺちぺちしていることだ。


「って考え事してる場合じゃない!」


 HPの残りが3を切った。


 まずい。頭が少しふらふらしてきた。


 田助は慌ててベビースライムを踏みつぶした。


 いや、踏みつぶせなかった。


「くっ、こいつ、意外と弾力があって……このっ、このっ、このっ!」


 繰り返すこと10回以上、ようやく踏みつぶすことができた。


 田助のHPは1にまでなっていた。


「あ、危なかった……」


 安堵からその場に倒れ込む。


 念のため、もう一度、自分を鑑定してみれば、


【経験値:1】


 という新しい表示が生まれていた。


「よし! よしっ!」


 異世界には召喚されなかったが、こうしてダンジョンを造り出すことには成功した。


「思う存分、楽しんでやる!」


 田助は会心の笑みを浮かべるのだった。

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