【WEB版】異世界に召喚されなかったから、現実世界にダンジョンを作ってやりたい放題

日富美信吾

第1話 間違われた男


 山田田助たすけは自分が暮らすアパートの一室で途方に暮れていた。


 目の前ではピンク色のあり得ない髪色をしたとびきり美人の女神が土下座している。


「ほ、本当に申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 ここまで綺麗な土下座を田助は今まで見たことがなかった。さすがは女神様だなぁ――などと現実逃避している場合ではない。


 ――話は一週間前まで遡る。




 会社から疲れて帰ってきた田助が、会社でたまったストレスを最近はまっているWEB小説を読んで発散しようとしていた時。


 玄関のドアがノックされ、開けたらこの女神がずかずかと入り込んで来て言ったのだ。


「私は女神よ! 今日から一週間後、あなたは異世界に召喚されるわ! 最近よくある、異世界転移ってやつね!」


 ピンク髪をゆるく編み込み、左後頭部あたりでくるくるとねじってとめて、胸元に流した髪の毛先をふわふわ遊ばせている。


 長いまつげに縁取られた瞳の色は碧。


 剥いたばかりのゆで卵みたいにつるんとした肌はどこまでも透明だった。


 透けそうで透けないヒラヒラのドレスみたいな格好をして、イヤリングやらネックレスやらリングやらで飾り立てている。


 田助はスチャッとスマホを取り出した。


「……あの、もしもし、警察ですか。うちに女神を自称する頭のかわいそうな人が」


「やめて! かわいそうじゃないから! 普通! ちょー普通だから! どこからどう見ても普通の女神だからぁぁぁぁ!」


 普通の女神って何だ?


「まあ、いいです。で、あなた、本当に女神なんですか?」


「この美貌を見ればわかるでしょ!?」


「……確かに、ものすごい美人だとは思いますけど。それをもって女神とか言われてもにわかには信じられないというか」


「なら、これでどうかしら?」


 そう言って彼女が差し出してきたのは名刺である。


 自称女神の見た目どおり、キャバ嬢とかが使ってそうな感じの、毒々しい? いや、ケバケバしい? まあ、とにかくそんな感じのだ。


 で、そこには【女神シャルハラートです。気軽にシャルちゃんって呼んでね♪ きゃは☆】と書かれていた。


 なるほど、これが証拠――になるわけがない。


「おい、ハラちゃん」


「ハラちゃん!? ねえ、全然かわいくないんですけど!」


 こんな輩はハラちゃんで充分である。


「これが証拠とか本気じゃないよな?」


 胡乱な眼差しで田助が見つめると、シャルハラートは冷や汗を流し始めた。


「と、とにかく私が女神であることは確かで、あなたは一週間後、異世界に召喚されるのです!」


「おい、力業で誤魔化そうとするんじゃない! 女神だっていうきちんとした証拠を早く出――」


「勇者として召喚されます!」


「謹んで承りました……!」


「………………え?」


「………………ん?」


 田助とシャルハラートはお互いにしばしの間、見つめ合った。


「ねえ、ちょっと」


「何です?」


「手のひら返しが激しすぎると思うんですけど? 私が女神であることを疑うなら、勇者として召喚されるという話も疑いなさいよ! それが筋ってものでしょ!?」


「嫌だなぁ、最初から信じていましたよ。あなたが究極にして至高なる美しすぎる女神シャルハラート様であると!」


「究極にして至高なる!? 美しすぎる女神!?」


 シャルハラートの顔が上気する。


「そ、そう? なら、今回は特別に許してあげるわね! 感謝しなさい!」


 こいつチョロいな、と田助は思った。


「はいはい、どうも」


「あれ? 感謝の仕方、おかしくない?」


「いやだなぁ、気のせいですよ~」


「そう?」


「そうですって」


「なら、いいけど」


 やっぱりチョロいな、と田助は思った。


 それから田助はシャルハラートにお茶を出した。


 出涸らし茶だったが、最高級茶葉だと言ったら素直に信じて喜んでいた。


 本当にチョロいと田助が思ったのは言うまでもないだろう。


 さて、勇者として召喚されるという話に戻ろう。


 ブラック企業に勤める田助は息抜きに読むラノベやWEB小説が大好きだった。


 自分が物語の主人公だったら、こんなことがしたい、あんなことがしたいと、よく妄想したものだった。


 その妄想がまさか現実になる日が来るとは。


 生きていてよかった。


「でも、シャルハラート様。そういう異世界召喚って問答無用でするもんじゃないんですか?」


「確かに一時期は問答無用でしていたわ。でも、最近は召喚される側の人権がどうとか騒ぐ業界団体が増えてきてね。こうして事前通知が義務化されたのよ。まったく面倒くさいったらありゃしないわ」


「業界団体……?」


「詳しく知りたいなら話すけど、神々の歴史に匹敵するほど長くなるわよ?」


「謹んで遠慮させていただきます」


「その方がいいわ。……私もほとんど忘れてるし」


「おい、今聞き捨てならない台詞が聞こえてきたんだが?」


「と、とにかく、そういうわけだから! 今のうちに異世界召喚される時に手に入れることができるスキル、何がいいか考えておきなさい!」


「わかりました」


「お茶、ありがとね! おいしかったわ!」


 それじゃ! と普通に玄関を空けて出て行こうとしたシャルハラートだったが、


「あ、そうそう、言い忘れていたことがあったわ。身辺整理もしておいてね。一週間後、あなたは異世界に召喚されて、この世界に戻ってくることはできなくなるんだから」


「了解です」


 今度こそ本当にシャルハラートは出て行った。


 玄関から普通に出て行く姿は、やっぱりまったく女神らしくないなと田助は思った。




 ――で、一週間後。


 つまり、今日。


「ああ、シャルハラート様、お待ちしておりました! 準備は万全です。さあ、異世界召喚してください!」


 と意気揚々とシャルハラートを出迎えた田助に対して、なぜか目を合わせようとしなかった。


 田助が彼女の顔を覗こうとすれば、ふいっと視線を逸らしたりして。


 ……おかしい。何かある。


 そんなことを思っていたら、シャルハラートがとんでもないことを言い出した。


「あ、あのですね。実は異世界に召喚される方はあなた――山田田助さんじゃなくて、山田たすくさんだったんです」


「ほう、つまり?」


「あなたが異世界に召喚されるというのは私の勘違いでした!」


 シャルハラートは土下座した。


「ほ、本当に申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 しばしの間、途方に暮れて現実逃避していた田助だったが、我に返った。


「おい! 勘違いって何だよ!? お前が言ったとおり、こっちは異世界召喚されるからって身辺整理をしたんだぞ!?」


 田助のことを便利な駒ぐらいにしか考えていない上司に辞表を叩きつけ、残業や面倒くさい仕事を押しつけてくることしかしない同僚の制止を振り切り、会社を辞めた。


 今住んでいるアパートの契約も今月いっぱいで打ち切った。


 当然、荷物もすべて売り払い、部屋には何もない状態。


 そして、家族や数少ない友人には今生の別れのようなやりとりをして、


『……とうとう、逝ってしまったんだね。頭が』


『……昔からネジが緩かったからな。頭の』


『……いい医者、紹介するから。頭の』


 と、頭の心配をされたというのに。


「どうしてくれるんだよ!?」


「わ、私は悪くないわ! ていうか、紛らわしい名前をしているあなたが悪いのよ! あなたのせいで私、二階級降格する羽目になっちゃったんだからね! 謝罪しなさいよ!」


 まったく反省していないシャルハラートである。


 どうやら先ほどの土下座は形だけだったようだ。


「二階級降格!? むしろ最底辺まで降格しろ! お前なんてそれでも生ぬるいわ! この駄女神が!」


「ちょ、何てこと言うのよ!? 取り消しなさい!」


「やなこった! こうなったらお前が駄女神であることをネットに書き込んで拡散してやる!」


「な、何を言っているの……? やらないわよね……? そんな恐ろしいこと、本気でやらないわよね……? やらないって言いなさいよぉぉぉぉぉぉっ!」


「おい、襟首を掴んでガクガク揺さぶるな!? 苦しいだろ!? だいたいネットに悪口を書き込まれるくらいで動揺しすぎだろ。まさあか、神の存在に関わる深い理由が――」


「ネットで私の名前を検索しようとしたら、サジェスト機能が余計な仕事をして『シャルハラート 駄女神』って表示されるようになっちゃうのよ!? そんなの嫌じゃない!」


 まったく深くない、しょうもない理由だった。


「そんな恐ろしいことをしようだなんて……あなた、最低ね!」


 人の人生を狂わせた奴には言われたくない台詞である。


「いいわ、わかった。仕方ないから救済措置を講じてあげる! 感謝しなさい!」


「……よし。ネットで駄女神であることを拡散しよう」


「何でよ!? 救済措置を講じてあげるって言ってるでしょ!?」


講じてあげる・・・・・・ぅ? あなた、自分の立場がわかってますかぁ? そんな上から目線でいいんですかねぇ?」


 田助がスマホに手を伸ばすと、シャルハラートは慌て始めた。


「す、すみませんすみません! 講じさせていただきますから! だからお願い! ネットに書き込まないでぇ! 拡散しないでぇぇぇぇっ!」


 仕方ない、と田助はスマホをポケットにしまう。


 シャルハラートはほっと胸を撫で下ろしているが、いつでも操作できるようにスマホから手は離さないでおく。


「で、救済措置って何だ?」


「あなたが異世界に召喚される際、手に入れることができるスキルを考えておいてって言ったでしょ。どんなスキルが欲しかったの? 具体的にどんなものか思い浮かべながら言ってみて」


「異世界ストアだ」


 異世界に行ってもこの世界のものを購入できるという、チートスキルだ。


 そのスキルがあればこの世界の食べ物がいつでも食べられるし、何より異世界でこの世界のものが高く売れるのは、いろんなラノベやWEB小説が証明してくれている。


 それで大金を稼ぐつもりだったのだ。


 だが、それも夢で終わった――と思っていた田助の体が光った。


「何だ、今の?」


「スキルが授かった証拠よ!」


「は?」


「他にはどんなスキルが欲しいの? ほら、言いなさいよ」


「時間経過なし、無限に収納できるアイテムボックスに」


 またも田助の体が光る。


「鑑定……」


 さらに田助の体が光る。


「はい、以上で救済措置は完了しました!」


「おい、ちょっと待て! 詳しく説明しろ!」


「向こうでしか使えないスキルをこの世界でも使えるようにしてあげたのよ! しかも本当なら一つだったところを三つも! 私に感謝しなさい!」


 この世界でもスキルを使えるようになった。確かにそれはうれしいことではある。


 だが、この世界でこの世界のものを買うこうとができるスキルを手に入れても、まったくうれしくない。


 鑑定だって必要ない。


 まあ、アイテムボックスは便利そうだが。


 そういうことならもっと早く言って欲しかった。


 この世界で便利なスキルを考えたのに。


 この時、田助の頭にパッと思い浮かんだのは透視とか、時間停止とか、そういうものである。


 どうしてそれが思い浮かんだのか深く追求してはいけない。絶対に。


 ただ男ならきっとわかってもらえるはずだ。たぶん。


「じゃ、そういうことで!」


 シャルハラートがそそくさと出て行く。


「あ、おい!」


 と田助が呼び止めるものの立ち止まらなかった。


 田助はしばらくの間、その場で呆然としていたが、やがてスマホを取り出すと、


「シャルハラートは駄女神である」


 複数のSNSアカウントを取得して、そのうちのいくつかは自動的に繰り返し同じ内容を送信する機能を使い、その情報を世界中に拡散した。




 こうして田助は30歳にして無職になった。



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【異世界に召喚されなかったから、現実世界にダンジョンを作ってやりたい放題2】

【 ISBN:9784094611427 】

【小学館 / ガガガブックス】


【異世界に召喚されなかったから、現実世界にダンジョンを作ってやりたい放題】

【 ISBN:9784094611311 】

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