#090:周到かっ(あるいは、這いTX!シマ子さん)
<9……8……>
カウントダウンが始まると、ぐるり円を描いて対峙する対局者たちは申し合わせたように、めいめいにスピードスケート選手が取るようなスタート姿勢を取り始めた。左腕を胸の前に水平に構え、右手はチョップをかましますよ的な中空で固定、そして軽く腰を落とし、脚をがに股に開いたスタイルで。いや何で。
思わずその珍妙な光景に目を奪われ、素立ちの真顔で立ち尽くしてしまうけど、そんな私を彼方に置き去りにするかのように、時間は進み続けるわけで。
<3……2……1、スタートぉぉぉぉぉっ!!>
始まった!! と思った瞬間、私の右斜め10m先くらいにいた島(シマ)大佐は既に、その燃えるような真っ赤なプロテクターの残像だけをその場に置きざって、前方への突進を開始している。速いっ、そして低いっ!! 地を這うっていうのはこういうことか、と思わせるほどの、顎……地面に擦るんじゃね? くらいの体勢を保って前へ滑るように移動していく。そして、
「……『トリプル』!!」
軽く前方に掲げた左腕に右手を当てると、幼げではあるが凛とした声が響かせる。はじめてまともに腹から出した島大佐の声は、やはり見た目相応の少女っぽさを持っていた。あの重々しい喋り方と押し殺したような低い声は作ってるものだったんだろう。その正面、
「『トリプル』ぅぅぅぅぁっ!!」
対するのは、「造反元老」のトップと思わしき
それより、ああやってBETすんのかよ。私は改めて自分の左腕の「ホルダー」をつぶさに見るのだけれど。「BET100」と下に白い文字が書かれた赤い四角のボタン。その左横には、青い「ダブル200」、緑の「トリプル300」とのボタンが並んでいる。
一回それを押せば、「格闘」か「DEP」のどちらかが「10秒」解放されると。うん、そんな説明は一ミリも無かったな。
試合開始が為されてから、妙に体のぎこちなさを感じていたけど、BETしない限り、この「プロテクター」は私らの身体を拘束し続けるようだ。身体全体がすっぽりセメントに埋められたかのように、その場から完全に動けなくなっていた。いやいやいや、どういう機構でそんなことが……
や、完全にでは無かった。砂袋を全身に巻き付けているような状態だ。のろのろと、力を込めれば動くは動くけど、これじゃあやばいって。
私は苛立つほどの鈍重感にやきもきしながら、ようやく右手指を左腕のところまで持ってくることが出来た。つうか最初から拘束しちゃったら、BETすることさえままならないじゃあないのよ。
と思ったところではっとした。だからこそのあの「スピードスケート」の開始姿勢だったのかよ。すぐにBETボタンを押せる体勢! ぐうう……元老め。私だけに伏せていやがったなぁぁぁぁぁ。
口を閉じた般若、くらいの形相にはなっているのだろう。私の狂気迫る顔貌に、右方向から攻撃を仕掛けようとしていた「造反元老」のひとりイブクロが、目が合った瞬間、少しのけぞっていくのが見て取れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます