占い師殺人事件

egochann

第1話

最初の客は、馴染みの五十台の主婦だった。

ミカコはタロットの準備を始めた。

女性週刊誌の連載が始まってから、客が一気に増えていた。

やはりマスメディアの力は大変なものだ。

これでテレビにでも出たらもっと客が増えて、気ままにタロット占いの店をやっていかれなくなる。

自宅の一部をタロット占いと西洋占星術のお店にしてから5年が経つが、週刊誌の連載が始まるまでは、口コミとホームページからの客だけで、一日に一人か二人。酷いときには一週間誰も来ないときもあったのだ。

月曜日から金曜日までは午後三時から午後八時まで、土曜日は休みで日曜日は午後五時から午後十時まで、三十分にひとりの割合で予約を入れている。

「先生の占いは本当に当たります」と客に言ってもらうのが何よりの楽しみになっているのだが、それが良い方に当たればよいのだが、悪い方に当たると後味が悪い。なかには、「あなたが変な占いをするから悪いことが起きた」と難癖をつけてくる客もいるので、そんなに楽な商売ではない。


客には必ず出すお茶の準備をしながら、今日来る予定の新規の客のことを考えていた。

それは、珍しく中年の男だった。「事業のことで占ってもらいたい」と予約を入れてきた。会社経営の占いは珍しいことではない。だが、ほとんどが女性経営者からだった。男は占いなど馬鹿にしているから客としては来ない。来るのは彼女の付き添いで来て、ついでに占ってもらうくらいなことだ。


その男は午後五時の予約でやって来た。紺色のスーツを着た、年は四十歳を越えたくらいで、身長は百八十センチ以上はある大男だった。日焼けした顔にがっちりとした体格。とても占いを求めるようなタイプではない。ソファーに腰掛けたその男は、カナコが前に座るといきなり立ち上がった。その手には、鈍い光を放つナイフが握られていた。



前の晩に別の署に異動になった同僚の送別会で、しこたま韓国の酒マッコリを飲んだ西世田谷署の刑事小山田は朝から機嫌が悪かった。署に着くなり、新入りの刑事を怒鳴りつけていた。「本人確認の動作がなんべん言っても悪いな。お前なんかまた地域課の箱に収まっていればいいんだよ。刑事になるなんて百年早いっつうの」また、小山田の新入りいじめが始まったと刑事課のほかの刑事たちは陰口をきいていた。そのとき、刑事課の無線から県警本部からの出動命令が流された。「世田谷区鶴間一丁目で死体遺棄事案が発生。機動捜査隊が現着、殺人事件の可能性が高く、所轄は迅速に対処願う」

刑事課の課長は本庁に所要で行っていなかった。ここは主任刑事である小山田が課長の代わりをしなければならない。

「鑑識に出動要請しろ。非番の連中を呼び出せ。手の空いているものは全員現場に向かう」


現場に向かう車のなかで小山田は、相棒の里山刑事に声をかけた。「ややこしいヤマでなければいいな」「そうですねー、でも殺しは久しぶりですね」「まあな、三ヶ月ぶりだとはいっても、うちはまだ平和なほうだよな。世田谷中央は昨日も殺しがふたつあったもんな」


現場は、高級住宅街の一角のそれほど高級でもない一軒家だ。築年数はそれほど経っていない。なかから機動捜査隊の隊員が飛び出してきた。「仏は有名人ですよ。占い師の。見る限り鋭利な刃物で一突きでやってます。もしかしたらプロの奴かも知れません」

小山田の背中に戦慄が走った。ここまで来るまでに同僚と話した嫌な予感が当たったと思った。

「本当にややこしいことになりそうだ」


そう呟きながら、玄関を入っていった。






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