自殺志願者募集
泡芙蓉(あわふよう)
安らかな死
気力が湧かない。
何もやる気が起きない。
体に力が入らず、寝返りを打つのも億劫だ。
仕事を辞めて3ヶ月になる。
辞めた理由は自分でもよくわからない。
いや、この3ヶ月の間になんども理由を考えた。
上司が嫌い、給料が低い、残業が多い、自分の能力以上の事を求められる、人間関係が辛い。
理由を見つけようと思えば色々思い浮かぶ。
だけどどれも他人が納得のいくような理由を見つけようとして無理やり捻り出した答えのような気がした。
だから特に理由はないのかもしれない。
ただなんとなく疲れたのかもしれない。
しかも仕事を辞めたのはこれが初めてではない。
もうすぐ28歳になるが、転職の回数は9回。
次仕事が見つかれば10回目の転職になる。
仕事の辞め癖が付き始めた私に両親が転職回数が多いと就職が難しくなると言われたことがある。
だが実際は特別関係ないようだった。
正社員や給料のいい仕事に就こうと思えば違うだろうが、仕事を選ばなければ簡単に見つかる。
特別物欲はないし、旅行などの金のかかる趣味はない。
とりあえず生活できればそれでよかった。
欲がなければ額はそんなに多くはないが自然と貯金は貯まるようだ。
何の能力も才能もこれといった人間的魅力もない私にはそんな生活がお似合いなのだが、たまに何のために生きているのだろうと思うことがあった。
人間関係について学んでこなかった私には友達は1人もいない。
恋人はいたことがあるが、3年前に別れた男性で最後だ。
家族と連絡は殆ど取っていない。
仕事が忙しいことを理由にここ数年実家に帰っていない。
だからか家族から連絡が来ることは滅多になかった。
定職に就かずなかなか結婚しない私を見限っているかもしれない。
私を必要としている人間は誰もいない。
だからかな。
誰か一人でも私のことを必要としている人間がいると思えれば気力が湧くのかもしれないけど、今の私はこの世にいてもいなくてもどちらでも構わない存在だ。
ある日突然失踪しても困る人は今住んでいるアパートの大家さんくらいしかいないと思う。
そう思うと仕事に段々と実が入らなくなってきて、たまに無性に泣きたくなって休憩時間でもないのにトイレで暫く泣いてしまうことがあった。
そしてある日の朝、何かの糸が切れたのか布団から起き上がれなくなった。
体に力が入らず無気力な状態が続く。
手足が分離してまるで自分の体ではないような感覚。
会社に電話で体調不良で休む旨を伝えるのは社会人として当たり前のことだが、それすらその日はできなかった。
1日やらなければその後やらなくても同じである気がして、その後も無断欠席を続けた。
会社から何度か連絡が来たが、暫くすると諦めたのか私のスマホが鳴ることはなくなった。
1週間近く布団の上から動けなかった。
トイレに行きたくなれば行くが、それ以外はほとんど寝ていた。
ご飯を作って食べるのが億劫で、1日何も食べないこともあった。
そのおかげで体重が減ったので、今までダイエットが続いた試しのない私にはちょうど良かったのかもしれない。
家に食べられるものがなくなると、近くのスーパーに簡単にできるレトルト食品を買った。
家を出るのが億劫なので、それ以降は通販で頼んだ。
3週間も寝ていれば気力は回復するようで、それ以降はゲームをしたり映画を観て過ごした。
でも相変わらず外に出る気力がなくて引き籠ったままの生活を続けた。
引き籠りの生活が楽しいと感じたのは最初だけど、3ヶ月もするとそれも飽きてくる。
そして再び気力がなくなり、布団に根が生えたようにまた動けなくなっていた。
それが今の現状だ。
唯一やることと言えばTwitterだ。
何も考えずにフォローしたアカウントのTLを追うのは楽しいが、スクロールするごとに自分の生気が抜けていくような気もした。
貯金はまだあったが、あと数ヶ月もすればなくなるだろう。
今まで頑張って貯めたが、結局無意味に消えてしまうことになった。
また働けばいいのだろうけど、もう頑張れない気がした。
頑張らなきゃいけないんだけど、また急に悲しくなって涙が出るのかと思うと人前に出るのは恥ずかしい気がした。
もう頑張りたくない。
でも生きている限り頑張り続けなきゃいけない。
それが当たり前のことだけど、その当然のことに疲れている自分がいる。
もう死ぬしかないかな。
自殺は子供の頃からよく考えていた。
内気で陰気な自分は子供の時はよく同級生に目を付けられ、虐めの対象になっていた。
辛くて自殺を何度も考えたが、結局死ぬのが怖くてできなかった。
今も死にたいとは思うが、死ぬのは怖い。
生き物であるから自殺するのはよっぽどの精神状態でなければできないだろう。
だけど、もし死ねば、このもやもやとした気持ちの悪い不安も体が怠くて無気力な感覚からも解放される。
それを想像すると死ぬのはとてもいい考えのような気もする。
少し高い建物から飛び降りる。
ただ外に出るのは今はしんどい。
首吊りならこの部屋でもできるかもしれない。
紐を引っ掻ける場所があればいい。
睡眠薬を飲めば苦しまずに死ぬことができそうだ。
ただ、これも道具や睡眠薬を準備するのは面倒な気がした。
手軽に自殺できないかな。
そんなことを思っていると、Twitterの”自殺志願者募集”という広告に目が留まった。
怖い広告文だが、ちょうど死にたいと思っていた私には同時に興味を引かれた。
広告に貼られたURLをタップし、詳細を見る。
清潔感のあるとても見やすいWEBサイトに飛んだ。
そこに詳しい説明が載っていた。
簡単に要約すると、エイリアンから地球を守る為に死んでくれる人を募集しているとのことだった。
エイリアンか。
そう言えば幼いとき、エイリアンが地球に攻めてきて大騒ぎになったことがある。
日本は無事だったが、外国のいくつかの都市が攻撃を受けていた。
幸いすぐに解決策が見つかり、すぐに元の日常に戻ることができた。
本物のエイリアンが攻めてくると予想していた人間はほとんどいなかったので大パニックになっていたが、数ヶ月もするとエイリアンの襲撃について口にする人はほとんどいなくなっていた。
人間は順応しやすいのかただ単に忘れっぽいのだろうか。
ただ私もそんな人たちと同じで、テレビのニュースを観て怯えていたがいつの間にか存在自体忘れていた。
もうエイリアンは地球を諦めて自分の星に帰ったのかと思ったけどそうではないようで、WEBサイトの情報を見るとまだ定期的に襲撃はあるようだ。
ただ地球の防衛対策は完璧なので、襲撃を受けても地球に被害が及ぶことはないようだ。
その方法も書いていた。
地球にどんな攻撃も跳ね返す障壁が張られているらしい。
SF映画のような技術がすでにあることに驚いた。
ただそれは簡単に作れるわけではなく、生きている人間が必要らしい。
生きている人間にある薬を注入する。
薬を注射された人間はロケットで宇宙まで飛ばされ、特殊な装置で粉々にされる。
薬と人間が混ざった成分が宇宙の特殊な物質と混ざるとそれが大気圏を覆い、障壁になるという。
専門的な用語を分かり易い言葉に置き換えて説明してくれているが、私にはさっぱり理解できなかった。
ただ、調べてみると宇宙人対策局という国の機関が運営しているサイトのようなので情報は正しいようだ。
しかも死ぬときは一切の苦痛はなく、室温湿度の調整された部屋で眠るように死ぬことができるそうだ。
自分で死ぬのはとても難しい。
それはほとんどが何らかの苦しみを伴うだろう。
だがこの募集に志願すれば楽に死ねる。
眠るように死ぬことを夢見る人は多いと思う。
海外はわからないが、自殺者の多い日本では一定数の殺さなければいけない人間を簡単に集めるいい方法だと思った。
文章を何度か読み返すと、サイトに載っている電話番号に連絡した。
電話のコール音を聞きながら、こんなに簡単に応募する自分に驚いた。
だがもしかすると昔から死にたいと思っていた気持ちはただの現実逃避ではなく心のそこから真剣に考えていたことだったのかもしれない。
自殺すると他人に迷惑がかかったり、苦しい思いをするから踏みとどまっていただけで簡単に楽に死ねれば気持ちの障害はいとも簡単に取り払われるのかもしれない。
しばらく待つと男性が出た。
志願する旨を伝えると、愛想のいい声で応対してくれた。
注意事項を聞いた上で納得したので住所や連絡先、名前などを伝える。
担当の人間が迎えに来てくれるらしいので、いつでも問題ないと伝えると今夜迎えに来てくれるとのことだった。
電話を切った後、迎えが来るまで特にすることもないのでぼーとしているといつの間にか眠ってしまっていた。
寝ている間に約束の時間になっていたようで、呼び鈴の音で目を覚ました。
スーツを着た爽やかな男性が迎えに来てくれた。
年は20代だろうか。
もっと年上の人が来るのかと思っていたが、若いから雑用を任せられているのかもしれない。
体調不良と嘘をついて先ほどまで寝ていたことを伝え、寝巻で出迎えたことを詫びた。
すぐに出かける準備をする旨を伝えると、車で移動するのでそのままでいいと言われた。
寝巻のまま外に出るのは恥ずかしい気もしたが、これ以上体を動かすのはとても億劫だったので彼の言葉に甘える事にした。
家の前に、小さなバスが止まっていた。
進められて中に入ると、老若男女みんなバラバラの年齢性別の人が座席に腰を下ろしていた。
みんなけだるそうで、中には寝ている人がいた。
起きている人の中で何人か私を見た人がいたが、すぐに目を反らして興味なさそうに窓の外に顔を向けた。
私はバスの前の方の空いている席に座った。
もしかしたら違法な組織が人身売買の為に自殺者を集めているのかなとか思ったりしたけど、そんな心配は少しもいらなかった。
連れてこられたのは街中の国立病院だった。
その病院の施設の1つに案内される。
最近新しく建てられた施設のようで、清潔感がありとても綺麗だった。
柔らかなソファの並んだ一室に案内される。
みんながソファに座ると担当の人間がサイトにあったような内容と注意事項などを説明した後、同意書をそれぞれに配った。
私は迷うことなくサインをした。
中には少し迷っているのかペンの動きが鈍い人もいたが、結局みんなサインした。
担当が全員の同意書を集めると、最後の部屋に通された。
とても広い真っ白な部屋で、大きなカプセル状の機械がいくつも並んでいる。
カプセルの中は広く、体格の大きな男性でも余裕で入ることができそうだ。
みんな1人ずつこのカプセルに入る。
中は柔らかなふわふわとした白いクッションでできている。
生地はシルクのようにサラサラとしていてとても気持ちよく、クッションが全身を丁度良く包んでくれるのでとても寝心地がよかった。
カプセルの蓋を占められても圧迫感はなく、僅かに香るアロマの匂いが心地よかった。
説明通りだった。
とても気持ちがいい。
段々と眠くなってくる。
家の堅い布団の中で惰性で眠っているときと全く違う、リラックスしたときの自然な眠りだ。
なんて幸せなんだろう。
死ぬ前にこんな安らぎの中に包まれ、この気持ちのまま死ぬことができてよかった。
私はゆっくりと、緩やかに眠りについた。
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