第十二節 透明魔法の使い道

 ジャックの弟が乗せられた馬車を追って、俺たちは城下町アトラントシティに到着する。

 そこは、食べ物があふれ、これまでに見たことも無いほど恵まれた町だった。

 国王アトラスの演説中に、暴動が起きる。

「表向きは楽園でも、皆が幸せではないということよ……」

 ユリルはそう言った。

 誰かの幸せの裏には、誰かの犠牲があるということか……。

 誰もが、自分の幸せを第一に考えて生きている。

 他人がどんなに不幸だとしても、自分が生きる上では関係のないことだ。

 どこの世界でも、それは変わらないことなのだろう。

「ねぇ、ギルド行ってみない?」

 ユリルは話を変えた――まるで、この話題から避けるように。

 彼女は、この国の本当の姿を知っている。

 でも、あえて口にしようとしない。

「行ってみたい」

 アヒルも、ユリルの言葉に乗っかった。

「ギルドか……楽しみだな」

 俺もみんなに合わせることで、この話はこれで終わりになる。

 知らなくてもいいことなんだ……。

 俺たちがそれを知ったところで、この世界が仕組みが変わるはずも無いのだから。


 ギルドは、大通りから外れ小高い丘の上にあった。

 町中心の喧騒とは違い、人通りも少なく静かな場所だった。

「もっと賑わっていると思ったよ」

 俺の言葉に、ユリルは答えた。

「実際依頼なんて殆ど無いのよ。あっても野盗退治……報酬は食べ物……この町の人は恵まれているから、わざわざそんな依頼受けようなんて物好きいないわ」

 ギルドの建物は、ほかの家や商店と変わらない大きさだった。

「少し思っていたのと違うな」

「昔はモンスター退治とか、依頼は山ほどあったのにね」

 アヒルは寂しそうにそう言った。

「はぁ……ほんと、くる時代間違えたよ」

 俺は思わず愚痴をこぼした……。

 俺がすぐに召喚に応じていれば、こんな世界にならずに済んだかも知れないんだった……。

 アヒルの顔を見たが、聞こえないふりをしているのか何も言ってこない。

 アヒルは、ユリルの頭の上に一緒に中に入っていく。

 言葉には気をつけよう。

 室内に入ると、テーブルと椅子が無造作に並んでいて、男共が酒を飲んでいる。

「ユリルじゃねーか」

 酔っ払った親父が、ユリルの肩を組んできた。

「ちょっと、気安く触んないでよね」

 ユリルは、男たちに声を掛けられていた。

「仲よさそうだな……」

 酔っ払った親父は、俺の顔を見てにやついている。

「ついに友達できたのか?」

「ち、違うわよ! こいつは、ただの同業者!」

 ユリルは、声を上げて否定する。

「お前友達いないのか?」

「う、うるさいわね! 友達くらい……い、いるに決まってるしょ?」

 ユリルは顔を真っ赤にしていた。

 図星だな……。

 こいつ、正確がちょっとひねくれているからな……。

「なってやってもいいぞ」

「え……?」

 ユリルはあっけにとられて、俺の顔を見ている。

「ば、ばか! 誰があんたなんかと……」

「俺も依頼受けられるのか?」

 ユリルは、俺の話を聞かずに下を向いてぶつぶつ言っている。

「なぁ……俺も依頼受けられるのかって?」

「え? あ、うん……難しいと思うわ。誰でもというわけにはいかないの」

「そうか……残念だな」

 異世界の定番だから、楽しみにしてたんだけどな……。

「身元が保証できるものがないと……わたしは、おばあちゃんが魔導師だったから」

「ユリルは、この町の出身?」

 アヒルはテーブルの上に乗って話掛ける。

「ううん、もっと遠くの町」

「今夜は、この町に泊まるだろう?」

 俺はアヒルの方を向く。

「そうね、どこか泊まれる場所は無いかしら?」

「それなら、いつもわたしが利用している宿舎があるの」

「じゃ、そこにしようぜ」

 ギルドにはもう、用はないからな。

 俺は出口に向かう。

「ねぇ……お風呂ってない?」

 アヒルはユリルに問い掛ける。

「近くに大浴場があるわ」

「みんなで行きましょうよ! 汗が流せるわ」

「久しぶりの風呂だな……」

 風呂と聞いて、俺はふと思い出したことがある。

 透明になる魔法だ――。

 そう言えば、まだ使っていないな。

 そして、今が使う時ではないのか?

 デュフフ……。

「つ、ついに夢が叶う」

「夢?」

 アヒルが聞き返してきた。

「いや、こっちの話」

 危ない……口に出ていた。

 顔にも出ていないか心配で、自分の頬を持ち上げた。

 よし、にやついてない。

 俺たちは、ユリルに案内され大浴場に向かった。

 途中、ユリルは小声で俺に話掛けてきた。

「あ、あの……さっきのことだけど……」

「さっきのこと?」

 ゆ、夢のことじゃあるまいな……。

「と、友達の件だけど……」

 あぁ、その話か、よかった。

「べ、べつにあんたがよければ……なってあげてもいいけど……」

 最後の方は、声が小さすぎてよく聞き取れなかった。

「あぁ……じゃあ、友達な……」

 俺がそう言うと、ユリルの顔は真っ赤になる。

「う、うん……」

 小さな声でそう言って、突然走り出した。

「おい、走るなよ!」

「元気ねぇ……」

 アヒルが俺の頭の上で、年寄り臭い台詞を吐いた。


 大浴場は日本のスーパー銭湯のように広く、日中にもかかわらず人で賑わっていた。

 ロビーで受付を済ませ、中に入ると男湯と女湯に別れている。

「じゃあ、俺はこっちだから」

 俺は男湯に向かう。

 男湯に入ってから魔法を使おう。

 デュフフ……。

「カツヤどこいくの?」

 アヒルが声を掛けてくる。

「女湯はこっちよ」

 何を言っているんだ?

「女湯と男湯で分かれてるのよ」

 ユリルは真剣な表情で説明してくれる。

「それは、知ってるけど……」

 ひょっとして俺は、何か勘違いをしているのか――。

 自分の体を見た。

 そういえば、俺は……女だった。

「どうどうと入れるじゃねーか!」

 この魔法いらねー!

「訳の分からないこと言ってないで入るわよ」

 アヒルは、俺の頭に乗った。

 俺は、女湯と書かれた方に進む。

 胸の鼓動が高鳴る。

 どうどうと入れると言っても、すこし緊張するな……。

 ゴクリ――。

 店員の男が俺の肩を叩いてきた。

「あー、お客さん……」

 しまった――中身がおっさんだってばれたか?

「お、俺は女だぞ?」

「ペットの持ち込み禁止だよ」

 ペット……?

 あぁ……頭の上にあるこれか……。

 俺は、アヒルを頭から下ろしてその場に置いた。

「これでよし――と」

 アヒルの目は据わっていた。

「じゃーな……アヒル……ひとっ風呂浴びてくるから」

「そっちのお嬢ちゃんも、肩の動物ダメだよ」

 ユリルも声を掛けられる。

「リラー」

「えーっ!? ドラゴリラもだめなの?」

「じゃーな」

 俺は二人を置いて女湯の、のれんを潜る。

「ちょっと、カツヤ……私たちが入れないのに、あんただけ入るのずるいわよ?」

 アヒルが呼び止める。

「なんでだよ!? 俺の夢を奪うつもりかー?」

「夢って、なによ……」

 ユリルに腕を掴まれた。

「わたしたち……友達でしょ?」

「はぁ?」

 俺たちは大浴場を後にする。

 結局女湯入れねーし……。

 まぁいい、夜こっそり一人で入るわ。

「俺もここで暮らしてー」

 俺の口から本音が漏れる。

「できるわ」

 ユリルは、そう答えた。

 その返答は、意外だった。

「なに? 本当か?」

 俺は驚いて、ユリルの顔を見た。

「50年間、この国で労働すれば土地が与えられるわ」

「50年……長すぎだろう……」

 俺の期待は、一瞬で崩れ去る。

 アヒルは大きくため息を吐いた。

「チャンスを逃したわ……カツヤなんて待ってないで、この国で働いていたら今頃……リッチな生活を送れていたのに」

「50年間待っていた、お前の根気には敬服するよ」

「ねぇ、カツヤ見て! コンパスに反応がある」

 アヒルは驚いて、飛び上がっている。

 俺もコンパスを覗き込んだ。

 針は、左右に大きく振れている。

「この町に魔法書のページがあるわ……それにしても、コンパスの振れ方が強いわねぇ」

「それって強力な魔法なんじゃ」

「うーん……どうかしら強力な魔法だからといって、魔法書のページ自体がそんなに魔力を持つとも思えないし」

「この方角は城の方だな」

 針の指す方には、巨大な城がそびえ立つ。

「困ったわねぇ……王様にお願いするわけにもいかないし」

「一般人が謁見するのは無理よ」

 ユリルはそう言った。

「なら、拝借しようぜ」

「ちょっと……」

 もしそれが強力な魔法だとしたら……どうしても欲しい。

 今まで、しょぼい魔法ばかりだったし……。

「どこにあるか見てくるだけだよ……透明になる魔法もあることだしな」

「その魔法は、あくまでも気配を消すだけで、実際に透明になるわけではないわ」

「なに!? そうだったのか……」

「見つかったら、それまでよ?」

 知らずに女湯に入っていたら大変なことに……。

 でも、もうその必要もないんだったな……。

 楽しみが一つ奪われたみたいで、少し寂しい。

「それに、どうやって侵入するのよ? 壁をすり抜けられる訳じゃないのよ?」

「そうだな、なにかモンスターに変身してみるか」

 俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。

「へん――、しん――」

 俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。

 魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。

 着ていた服は消え裸になる。

「おぉっ」

 道行く町の住人から声があがる。

 こんな大きな町中で、恥ずかしい……。

 そして、煙に包まれた。

 ぼわん――。

 今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?

 手足を見るとウロコのような模様がある。

 腰からは長い尻尾が伸びている。

 前に突き出た口から、俺の顔を出す形になっている。

「これは、つ、遂にドラゴンになることができたのか!?」

 二足歩行だから、リザードマンのような見た目だけど……。

「トカゲじゃ無い?」

 ユリルがそう言った。

「イモリよ」

 アヒルが否定する。

「どっちでもいいよ……」

 俺は肩を落とす。

 分かってたよ……ドラゴン倒してねーし……。

 いいじゃないか、見た目ドラゴンなんだし、そういうことにしておいてくれれば。

 俺は、新しく手に入れた魔法書のページを手にとり、詠唱を始める。


 この地に眠る精霊よ。

 我がマナを対価とし、そなたの力を貸し与えよ。

 時は今に、場は我が両の手に。

 己の欲を満たさんが為に。

 契約の刻印に魔導師リボンの名を刻む。


 俺はナイフで親指を切って血判を行った。


 今ここに汝との契約は交わされた――。


「グリモワールⅡの章・生体魔法存在消失インビジブル

 魔法を唱えたが、何も体に変化は見られない。

 他人からはどう見えているのだろうか?

「なぁ、アヒル……」

「あら? カツヤもう行ったのかしら」

 アヒルは辺りを見回している。

「あからさまだな、まだいるよ」

「ちょっと! びっくりさせないでよ」

 影が薄くなるって感じだな……俺から声を掛ければ気づかれるようだ。

「気をつけなさいよ?」

「やばくなったら、逃げてくるよ」

 俺は城に向かった。

 城の周りを何人もの兵が巡回し、警備は厳重そうだ。

 目立たないように、城の横側に回り込む。

 城の外側を囲う塀に手を付けると、吸盤のように張り付いた。

 両手足を塀に付けて登って行く。

 警備の兵士が巡回しているが、俺には気づいていないようだ。

 塀の内側を降りて、今度は城壁を登って行く。

 廊下を伝い、城の中に侵入した。

 壁や柱、天井には、彫刻が施されている。

 花や草とその中で暮らす人々が掘られていた。

 これを作った人は、この荒廃した世界に草木を取り戻したいという思いを乗せたのだろう。

 大広間に入ると、壁には肖像画が飾られていた。

 今は誰もいないが、ここでダンスなどを行うのだろうか。

 奥に進み、壁一面に本が並べられた図書室のような部屋に入る。

 ここにあるかと思ったが、コンパスの針はもっと奥を指していた。

 城の中は静かで、話し声が反響して聞こえてくる。

 誰かが話している。

 俺は、耳を澄ませた。

「マナが枯渇しています」

「供給不足か?」

「今日も数人仕入れましたが足りません」

「マナを切らしてはならんぞ」

 マナ?

 こいつらも魔法を使うのか?

 俺は、一端室内を出て、城の屋上に上がった。

 町が一望できて、ここもまた絶景ボイントだ。

 しかし、俺くらいしか、ここにくることはできないけれど。

 コンパスの針は、城よりも先を指しているようだ。

 俺は、アヒルとユリルの元に戻った。

「どうだった?」

 アヒルが声を掛けてくる。

「コンパスの針は、城の先を示していた」

「城内じゃなくて良かったわ」

「城の奴ら、マナがどうとか言っていたな」

「大きな国だから魔導師がいてもおかしくはないわ」

 ガタガタガタ――。

 近くで馬車の走る音がする。

 丘の下を見下ろすと、鉄格子の付いた馬車が走っていた。

 鉄格子の中には、何人もの人が入れられている。

「あいつら、どこに連れて行かれるんだ?」

「労働区域よ……」

 ユリルが口を開く。

「そこで、犯罪者や貧しい人を働かせているの」

 よく見ると、こそこそと木に隠れながら、馬車を追う人の姿があった。

 ジャックだ――。

「労働区域は、城の反対側にあるわ」

「もしかしたら、魔法書はそこかもしれないな」

 俺たちは、坂を下り馬車の進んだ方に向かう。

 城の周りを迂回するような形で、道は続いていた。

 城の裏側に高い塀が見える。

「あの塀の先が労働区域よ」

 塀には大きな門があり、見張りの兵士が立っている。

「許可がないと入れないわ」

 コンパスの針は、労働区域を指している。

 一緒にコンパスを覗いていたアヒルの顔色がすぐれない。

「どうした?」

「この反応、魔法書のページにしては強すぎる」

 コンパスの針は、小刻みに震えている。

「この先に、なにかあるわ――」

「強い魔力があるのは、わたしも気づいていたわ」

 ユリルが口を開く。

 塀の扉が開き、人々を乗せた馬車が中に入っていった。

 それと同時にジャックは駆け出し、馬車を追って一緒に中に入っていった。

 あいつ――、大丈夫か?

「俺、行ってくるよ」

 そう言ってアヒルを見たが、いつになく真剣な表情をしている。

「止めないのか?」

「あの中に何があるか……私も興味があるわ」

 ユリルは黙って、塀を見つめている。

 俺は再び詠唱した。

「グリモワールⅡの章・生体魔法存在消失インビジブル

 高い塀の前まできた。

 門の前に兵士が立っているが、俺には気づいていないようだ。

 両手を塀に付けて、登って行く。

 塀のてっぺんから中の様子がうかがえた。

 一面に田畑が広がり、そこで働く人々の姿が見える。

 川も流れていて、網で漁をしている人もいる。

 小高い丘の上は草地で、牛のような生物が多くいた。

「すげぇ……大自然だ」

 思わず声が漏れた。

 なんでこんなにも、自然が溢れているんだろう?

 田畑の中央には大きな建物があった。

 馬車はそこに止められ、建物の中に人々が入って行く。

 コンパスの針も、その建物を指していた。

 俺は田畑に囲まれたあぜ道をすすみ、建物に向かった。

 鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 道には、虫やカエルなどの生物もいる。

 どこかの田舎にきたみたいだな……。

 建物の前に到着した。

 窓一つ無く、入り口の扉があるだけの作りだった。

 入り口には見張りの兵が立っている。

 正面から入るのは、難しそうだ。

 建物を見上げると、屋上にも兵士が立っていた。

 屋上に入り口がありそうだ。

 俺は、壁をよじ登る。

 屋上までくると、中に入れる扉があった。

 音を立てないように、静かに扉を開く。

 中に入ると、すぐに螺旋状の階段になっていた。

 コンパスの針が回転を始める。

 近いな――。

 中は真っ暗で、ところどころにランプが付けられている。

 その明かりだけが頼りだった。

 階段を降りきると、長い廊下が続く。

 建物の中は吹き抜けになっていて、廊下から下を見下ろすことができた。

 内部は、石の壁で囲われた何もない空間が広がっている。

 そこに、20人程の人たちが腰を下ろしている――馬車で連れてこられた人だろう。

 こんな何も無いところで、いったい何をしているのだろうか?

 ウゥゥゥゥゥン――。

 モーター音とも思える音が、屋内に鳴り響く。

 ガタガタガタガタ――。

 建物が揺れている。

 突然、地面が光った。

 目を逸らさないといけないほどの激しい光だ。

 やがてその光は弱くなる。

 再び下を見下ろすと、床に巨大な魔法陣が描かれていた。

 それが、まるでネオンのように不気味な光を放っている。

 人々は、魔法陣の真上にいる。

 恐怖と不安の声が上がっていた。

 魔法陣の周りを槍を持った兵士が取り囲み、逃げないように見張っているようだった。

 コンパスの針は、依然激しく回転している。

 いったい何が起きようとしているんだ――?


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⇒ 次話につづく!

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