第十節 盗まれた魔法書

 この世界を救う方法、それは――。

「竜を倒すこと……」

 アヒルはそう言葉にした。

 しかし、自分の言った言葉を否定するかのように、すぐに首を振る。

「何を言っているのよ……。竜はとてつもない力を持っている――今のあなたでは勝ち目なんかないわ」

 まぁ、アヒルの言うことは的を得ている。

 まだ、しょーもない魔法しか使えないからな。

 竜どころか、ほかのモンスターが出てきても勝てなさそうだわ。

「わ、わたしは?」

 ユリルは自分を指差し、アヒルに質問する。

「あなたも同じよ……多少上位魔法が使える程度では、まったく歯が立たないわ」

「そう……」

 ユリルは肩を落とした。

 いつもの威勢がないな……。

「とにかく私たちには魔法書のページが必要よ! 竜を倒すにせよ、世界を救うにせよ……特に・・私の呪いを解くために!」

 最後だけ、やけに強調したな……。

 俺はため息を吐く。

「はぁ……地道な努力が必要か……俺そういうの苦手なんだよな――RPGの経験値上げとか……。スマホゲームみたいに、課金して手っ取り早く強くなる方法ねーかな?」

「ふぅん……凡人は大変ね? わたしは才能があるから、努力なんてしたことないけど」

 ユリルは腕を組んで、見下した表情で俺を見ている。

「まったく、楽して竜を倒せる方法があったら、50年もあんたを待っていないわよ」

 アヒルは呆れ顔で手を振る。

「アヒル、50年も生きているの!? あんた何者? やっぱりモンススターなの?」

「誰がモンスターよ!」

 アヒルは俺の頭の上にのり、手に腰を当てる。

「私は、王女ローズ・マリー様よ! 竜の力により、こんな姿にされた哀れな王女様」

「それ、ユリルに言って良かったのか?」

「あ、あんたが王女様!?」

 ユリルは驚いている。

「そうよ、敬いなさい」

「ぷっ……王女様だってー」

 あきらかに、信用されていないな。

 まぁ、素行に気品のかけらも無いからな。

「何笑ってんのよー!」

 アヒルは、俺の頭の上で羽をばたつかせている。

「とにかく、次の魔法書のページ探しに行こうぜ」

「じゃあな、ユリル」

 俺はユリルに別れを告げ、馬車に向かった。

 確かにアヒルの言うとおり、今の俺は力がなさ過ぎる。

 変身能力を使っても、せいぜい町のチンピラをぶっ飛ばすくらいの力しかない。

 なんかのきっかけで、覚醒したりしないかなぁ……。


 イセカイテイオーは、今日も荒野をひた走る。

「ハイドー!」

 ヒヒーン――。

「カツヤー……暑いー。風魔法切れたー」

「ふざけんな、何度目だよ! 自分の手で扇げ」

 寝てばかりのアヒルが愚痴をこぼす。

「そんなことしたら、疲れるじゃ無い……」

「俺だって、風魔法使ったら疲れるんだよ」

「じゃあ、あとどれくらいで着くのよー?」

 まったく、わがまま放題だな。

「コンパスの反応は近いから、もうすぐ着くだろう……」

「そっれにしても、ほんとこの馬車狭いわね? 樽の上に腰掛けるとお尻が痛くなるのよ」

 ユリルは、立ち上がり尻を揉んでる。

「しょうがねーだろう? 食料と水運んでんだから――って、なんでお前乗ってんだ!?」

「いいじゃない、城下町まで連れてってよ」

「えぇっ? 城下町近いの?」

 溶けたアイスのようになっていたアヒルが、息を吹き返す。

「そんなに遠くないと思う」

 城下町――ファンタジー感溢れる響きだ。

 王様から、よくぞ参られた英雄よ――とかいわれて、好待遇を受けるかも。

「いいところよ……まさに楽園って感じ!」

 ユリルは楽しそうに話す。

「楽園?」

「水と食料に溢れて、みんなが豊かに暮らしているの……」

「お酒は? お酒! お酒はあるの?」

 アヒルは興奮して、ユリルに飛び掛かる。

 こいつは、アヒルになる前もこんなんだったのだろうか?

「荒廃したこの世界に、そんな町があるなんて、一度見て見たいな」


 しばらく進むと、荒野の真ん中に、馬車が二台止まっている。

「どうしたんだろう? 故障か?」

「やめときなさい。モヒカンいるわよ」

 刀を肩に担いだモヒカンたちが、貧弱な男を取り囲んでいる。

「あぁ……野盗か……」

 そばを通りかかると、モヒカンに声を掛けられた。

「おい、そこの馬車! 止まれ」

「ついてないわねー」

 俺もため息をこぼした。

 ま、ユリルもいることだし、ちゃっちゃと終わらすか。

「ユリル……ちょっと面倒ごとだ……」

 くーかー――。

 荷台を見ると、ユリルはドラゴリラと一緒に樽の上でうつぶせで爆睡している。

 パチン――。

「いったーい」

 俺は尻を思い切り叩いてやった。

 同性だからセクハラでは無い――パワハラだけど……。

 俺は馬車から降りて、モヒカンに質問する。

「なんの用だ?」

 ま、聞くまでもないと思うが、念のため。

 もしかしたら、道を尋ねているのかも知れないし。

 モヒカンは、刀を突きつけてきた。

「ゲヘヘッ 水と食料と女を置いてけ!」

 別のモヒカンは、勝手に荷台を漁り出す。

「なんだ、ガキしか乗ってねーじゃねーか? こいつはいらねーな」

「な……な……」

 ユリルは、顔を真っ赤にしている。

「女置いてけって言ったじゃない! この水が欲しけりゃ、わたしのおまけ付きなんだからねっ!」

 ユリルはテンパって、もはや、何を言っているのか分からない。

 ガタガタガタガタ――。

 近くで音がする。

 砂煙を巻き散らせながら、もう一台馬車が通りかかった。

「おい、そこの馬車! 止まれ」

 モヒカンが、走る馬車に向かって叫んだ。

 その馬車も、俺たちの目の前で止まった。

 二頭立ての馬車で、黒い光沢が高級感を醸し出す。

 おおかた、貴族でも乗っているのだろう。

「こいつは、当たりだぜ」

「今日は大量だな……へへへ」

 馬車の扉が開き、中から女性が降りてくる。

 ブロンズヘアーで、容姿端麗、スタイル抜群――ナイスボインな女性だ。

「おおっ、上玉!」

「幸せだー」

「生きててよかった」

 モヒカンたちは、それぞれに喚起の声を上げる。

 まぁ、分からんでも無い。

 人の幸せなんて、そんなものだ。

 俺だって、こんな美人とつきあえたらどんなに幸福か。

「なにさ、ちょっとばかり美人だからって」

 ユリルを見ると、懸命に無い胸を張っている。

 哀れ――。

 ぱっと見、俺の方があるんじゃないかって思ったけど、口にするのは余りにも酷だから黙っておいた。

「ユリル、樽にミルク入ってるぞ……」

 俺に言えるのはこれだけだ。

「う、うん。飲む……」

 彼女は、よく理解できずに返事をしている。

 だが、それでいい。

 黙って飲めばいいんだ――ミルクを。

 それしか方法はない。

 モヒカンたちは、揉めていた。

「独り占めはよくないぞ!」

「順番だ、順番!」

 俺はモヒカンたちに提案した。

「それなら、じゃんけんで決めよーぜ」

「おおっ、そうだな……」

「最初はグーな……ジャン、ケン、ポン!」

 最初にグーを出すから、次にだいたいパーを出したくなる。

 そこで俺はチョキを出す。

 しかし、ほかのモヒカンも俺と同じ考えだったようで、チョキを出している。

 そんな中、グーを出す奴がひとりいた。

「おっしゃぁぁぁぁっ」

 グーを出したモヒカンは、両拳を握り喜んでいる。

「くそ、二番かよ……」

 俺は一番のモヒカンの後ろに並んだ。

「カツヤあんた、なにやってんのよ!」

 アヒルは、イセカイテイオーの上で羽をばたつかせながら叫んでいる。

 美女は、俺たちの前までやってきた。

「一番は俺だぜ?」

 一番のモヒカンが名乗り出る。

「なんだお前、一番最初に殴られたいのか?」

 いい……物怖じしない態度とかが、またそそる。

「お前たち、ここで何をしている?」

「見ての通り、仕事だよ仕事」

 モヒカンは、ベロリと刀を舐めまわす。

「か弱き者を脅し、強奪する――そんな悪を、のさばらせておくわけにはいかない」

「なにぃ?」

「刀を下ろせ。武器は人の命を絶つもの――それを持つことができるのは、命のやりとりの覚悟ができている者だけだ」

 モヒカンをここまで挑発して、この人ただじゃすまないぞ……。

 馬車の中を見ると、鎧を着た兵士の姿が見えるが、出てくる気配は無い。

 彼女は簡素な服を着ているが、腰に細身の剣――レイピアを差していた。

 この人も兵士か?

「姉ちゃん、そんな怖い顔しないでさぁ?」

 ベロン――。

 モヒカンは舌を出しながら、気持ち悪い顔を女性に近づける。

 チーン――。

 彼女は、思い切り股間を蹴り上げた。

 あぁ……俺まで痛くなる……。

「カツヤ股間押さえて……トイレ我慢してるの? 早くそこらでしてきなさい! 見張っていてあげるから」

 アヒルは、心配そうに俺を見つめる。

「違うわ! こんな状況でトイレしてたら、変態だろう!?」

「欲求丸出しで、まるで獣だな? 今すぐ、この場から失せろ!」

 美女は、モヒカンたちに向かって叫んだ。

「なにしやがる! このあまー」

 モヒカンは、股間を押さえながら刀で襲い掛かった。

 彼女はバックステップで一歩下がると、すばやくレイピアを手にし、モヒカンに向かって突き刺した。

 ブスッ――。

「うわぁっ」

 手を刺されたモヒカンは、刀を落とす。

「てめー!」

 ほかのモヒカンたちも、次々に襲い掛かった。

 彼女は、ものすごい速さで、レイピアを突き刺していく。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン――。

 しなるレイピアが、空気を切り裂き音を立てる。

 まるで、風の刃だ――。

 その刃は、モヒカンたちの手を次々と突き刺していく。

「いてーっ!」

 ヒュン――。

 彼女は、レイピアをモヒカンの額に向けて止めた。

「このまま、プスリといくか?」

「ひ、ひぃぃぃぃぃっ」

 モヒカンたちは、自分たちの馬車で慌てて逃げて行った。

「皆の者、怪我はないか?」

 彼女は、レイピアを腰の鞘にしまい、俺たちを見て言った。

「ありがとうございます」

 馬車に乗っていた男は礼を言う。

「勘違いしないでよね? あんたに助けて貰わなくても、あんな奴らよゆーだったんだけど……」

 ユリルは胸をはり、ライバル心むき出しで言う。

「そうか、キミは強いんだね」

 ユリルに対して、煽り返さないところが大人だ……。

「な……ま、まぁ……」

 ユリルも拍子抜けしたようで、何も言わなくなった。

「ありがとう。助かった」

 俺も礼を言った。

「女の子の二人旅か……物騒だな。気をつけるんだ」

「あぁ……」

 彼女は、イセカイテイオーの上にいるアヒルを見つめていた。

「どうした?」

「い、いや……それでは」

 彼女は、自分の乗っていた馬車に戻った。

 その馬車は走り去って行った。

「な、なんか私、見られてたけど……」

 アヒルは、不安そうに俺に告げる。

「うまそう……とか思ってたんじゃねーのか?」

「なんですってー」

 ガブーッ

 アヒルは、俺の頭に噛みついた。

 俺は、モヒカンに襲われていた人に話しかけた。

「あんたは、この辺の者か?」

「はい、この先に町があって、そこに向かうところです」

「丁度俺たちも、その町に用事があるんだ」

「それなら、一緒に行きましょう」

 俺は馬車を走らせた。

 町に向かう馬車の後を追って、進んで行く。

 やがて、集落が見えてきた。

「お、町が見えてきたぞ」

「長旅で疲れたわ……町に着いたらゆっくりしたい……」

 アヒルが、樽の上で横になりながら呟く。

「お前は、何もしてないだろーが!」

 町の入り口には、見張りが立っている。

「この町に何の用だ?」

「旅をしているんだ……休憩で立ち寄りたい」

「女の子二人か? 入れても問題無いだろう」

 先程の馬車の男が、俺たちに話しかけてきた。

「町の中は自警団によって守られています。安全ですよ」

「町の中まであんな奴らにうろつかれたんじゃ、ゆっくりできないからね」

 アヒルは、俺の頭の上でそう言った。

 俺は馬車の町中に止め、大通りを進んで行く。

 活気がある町だ。

 男は、俺に話しかける。

「井戸水も豊富で、作物を育てて自給自足ができているんです」

「恵まれているわね」

「でも、町の奥には行かないでくださいね」

 男は俺の目の前に立って、真剣な表情を向ける。

「なにかあるのか?」

「スラム街なので、よからぬ輩が大勢住んでいます」

「分かったよ。ありがとう」

 男は挨拶をして、町中に消えて行った。

「さっそく魔法書のページを探しましょう」

 俺はコンパスを手に取る。

「道をまっすぐ行った先だ……」

 ドン――。

「うわっ」

 俺は、何かにぶつかった。

 その勢いで、倒れてしまう。

「うわっ、ごめんよ」

 俺の目の前には、同い年くらいの少年が立っていた。

 そして、そのまま走り去って行った。

「なによ、あのガキンチョ。女の子にぶつかっておいて、起こしてあげるくらいできないのかしら?」

 ユリルは、走り去った少年の方を見て腹を立てている。

 まぁ俺は、中身男だから気にしないけどな……。

 しかし、ぶつかったせいで、手にしていた荷物を落としてしまった。

 ステッキを拾い上げ、アヒルを拾い上げる。

「あれ? 魔法書がないぞ……アヒル持ってないか?」

「わたしが、持ってるわけないでしょ? あんたが持ってたじゃない」

 地面には落ちてないし……。

 まさか――。

「盗まれた……さっきの少年だ」

「ウソでしょう?」

 俺は、すぐに辺りを見回した。

 しかし、少年の姿はどこにも見えない。

「だめだ……人が多すぎる」

「ちょっと、カツヤ! 魔法書を盗まれるなんて、前代未聞よ!? 魔導師としてあるまじきことよ」

 アヒルは、俺の頭の上で騒いでいる。

「いいから、どうすんだよ!?」

「コンパスがあるでしょ?

 そうか――。

「あのガキ、とっ捕まえて懲らしめてやる」

 俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。

「へん――、しん――」

 俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。

 魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。

 着ていた服は消え裸になる。

「おぉっ」

 町の住人から声があがる。

 恥ずかしい……町中で変身しなきゃよかった。

 そして、煙に包まれた。

 ぼわん――。

 今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?

 手足は六本あるから、相変わらず虫なのだが……。

 背中に羽が生えているぞ!? 飛行型か――。

 軽く飛び上がると、ふわっと体が宙に浮く。

 すげぇ、飛んだぞ!

 ブーン――。

 随分、羽音がうるさいな。

 そして、なぜか自然と手を擦ってしまう。

 ハエ――か。

 アヒルとユリルは、不快な表情で俺を見ている。

「こっちに、こないでよね……」

 ユリルが呟く。

「しょうがねーだろう? 俺だって好きでこんな格好してるんじゃねーんだよ!」

「なにも言ってないでしょう? 早く取り返してきなさいよ」

「じゃ、行ってくるからな」

 ブーン――。

 俺は、手にしたコンパスを見ながら飛んで行く。

 やがて、綺麗な町並みの先に、雑多な作りの家々が見えてくる。

 その近くには、ゴミが大量に捨てられている。

 悪臭が臭ってくる。

「臭いな……貧民街か」

 ゴミ捨て場では、小さな子供たちがゴミを漁っている。

 さっきの町中とは、真逆だな。

 あの子たちは、こんなことをしないと生きていけないのか……。

 日本では考えられない光景に、目を疑う。

 町の方をみると、アヒルとユリルがこっちに向かって歩いてきている。

 俺は、ボロボロの家の上空を進んで行った。

 家と家の間には細い道がある。

 そこを足早に歩く少年の姿が見えた。

 いた――。

 俺はすぐに声を掛けずに、そのまま上空から後をつけた。

 少年は、小さな小屋の中に入っていった。

 俺は下降し、少年に続いて小屋に入る。

 そして、後ろから声を掛けた。

「よお、坊主!」

「うわっ」

 少年は驚いて、腰を抜かしている。

「モ、モンスター……」

 俺は手をスリスリさせながら、少年に近づいた。

「痛い目みたくなかったら、魔法書返して貰おうか?」

「ひぃぃぃぃっ」

 少年は、涙目になっていた。

 なんか俺、悪者みたいじゃないか?

 俺は少年の襟を掴み、飛び上がる。

「おーい、捕まえたぞー!」

 上空から、アヒルとユリルに声を掛けた。

 二人と合流し、俺たちは少年を囲った。

 少年はあぐらをかき、頬杖をついている。

「なんで盗んだんだ?」

「食べ物と交換できると思ったんだよ」

 そんなことを言われたら、何も言えなくなる。

「俺たちのような孤児は、みんなそうやって生活している」

「とにかく、この本は大切なものなんだ。返して貰うぞ」

 俺は魔法書を手に取った。

「自警団に突き出すのか?」

「自警団? 町の入り口にいた奴らか」

「あいつらに掴まったら……城に連れて行かれる」

「城に……何かあるのか?」

「城に連れて行かれたら、戻ってこれないって噂なんだ……」

 俺はアヒル、ユリルと互いに目を合わせた。

「なぁ坊主、この本のページ見なかったか? この辺りにあると思うんだけど……」

「前に盗んだことあるな……そんな紙切れ……」

 少年はゴミの中を漁る……。

「ちょっと、ゴミと一緒にしないでよね」

「ゴミじゃねーよ」

 少年から、くしゃくしゃになった魔法書のページを受け取った。

「これ貰っていいか? そうしたら今回のことは見逃してやる……」

「え? いいのかよ」

 少年は驚いて俺の顔を見ている。

「あぁ、魔法書さえ返ってくれば問題無い」

 アヒルは、くしゃくしゃになった魔法書を、くちばしで一生懸命伸ばしていた。

「なんの魔法なんだ?」

「これは……透明になる魔法よ」

「なに!?」

 俺は、唾を飲み込んだ。

 勝った――。

 今までで一番凄い魔法と言っても過言では無い。

 夢とロマンが詰まっている。

 透明になったら……あんなとこや、こんなところに侵入できる。

 自然と俺の表情は緩んだ。

 デュフフ……。

「カツヤ、なに、にやついているのよ。よだれ出てるわよ?」

 いかん、いかん……妄想が先走った。

 俺は、手で涎を拭う。

「キモ……」

 ユリルは、顔を歪めて俺を見ていた。

「俺が先に見つけたんだからな! ほかの魔法はくれてやっても、これだけは絶対にやらんぞ」

「べ、別に、いらないわよ……顔こわっ」

 タッタッタッ――。

 小屋の外で足音がする。

「兄ちゃーん!」

 小学生くらいの子が入ってきた。

 その子は、俺たちを見て少し驚いていた。

「あれ? 友達きてたの?」

「あぁ……」

 兄ちゃんと呼ばれた少年は、曖昧な返事をする。

「兄ちゃん、見てよこれ! 食い物手に入れたんだ」

 小さな少年は、キャベツやトマトのような野菜を手にしていた。

「お前……それどこで!?」

「僕だって、できるところ見せたかったから……」

「バカヤロウ!」

 パン――。

 兄は弟をひっぱたいた。

 ダッダッダッダッ――。

 小屋の外が騒がしい。

 入り口から外を見ると、俺たちのいる小屋は、数人の大人たちに囲まれている。

 自警団か――?

 エプロンを着た男が、弟を指差す。

「あいつです!」

 自警団はぞろぞろと入ってきて、弟の両脇を抱え上げる。

「うわっ、放せー!」

 弟は、足をばたつかせながら暴れている。

「窃盗の罪で連行する」

「ま、まて、やったのはオレだ!」

 兄はそう言うと、自警団にしがみついた。

「弟を放せ!」

「じゃまだ!」

 ドン――。

 自警団に突き飛ばされ、兄は壁に叩きつけられる。

 それでも何度も、自警団にしがみつく。

「放せっ、放せったらー!」

 弟は檻のついた馬車に乗せられ、連れて行かれた。

「くそっ! くそーっ!」

 その後を追って、少年は駆けだして行った。

「こんな世の中だから……仕方ないことだけど……」

 アヒルはそう呟いた。

 ユリルは、目を真っ赤にさせながら、鼻をすする。

「わたし……」

 彼女は何か言いたそうにしていた。

「馬車に戻ろうぜ!」

 俺は、ユリルの言葉を遮った。

「カツヤ、今日は、この町に泊まるんじゃないの?」

 アヒルが、頭の上で叩いてくる。

 俺はそれから何も喋らずに、町中に止めていた馬車まで戻った。

 そして、走り出す準備をする。

「イセカイテイオー、腹は減ってないか?」

 ヒヒーン――。

「もうひとっ走り、頼むぜ?」

「ちょっと、どこ行くのよ? ばかなこと……考えてないでしょうね?」

「次の魔法書の場所に向かうだけだ」

 俺はユリルに目を向ける。

 ユリルは、俺と一瞬目を合わせ、何も言わずに乗り込んだ。

「それに……城下町ってのも興味あるしな」

「まったく……」

 アヒルは、大きなため息を吐いた。

「ハイドー、イセカイテイオー!」

 ヒヒーン――。

 俺は馬車を出した。

 町を出てすぐの所で、少年を見つけた。

 息を切らし、ふらふらになりながら走っている。

 俺は声を掛けた。

「乗れよ、連れてってやる」


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⇒ 次話につづく!

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