98 あら、雅ちゃんとお揃いね
終業式も終わり、転校する準備をしていたある日、父は私にこう言った。
「やっぱり転校しなくていいぞ」と。
「……お父さん、その話はもう転校するってことで決着がついたはずでしょ。今更どうして蒸し返すのよ」
幸いにも、他の家に資金を援助する余裕がなくなっただけで、わざわざ転校せずとも私がこのまま学園に通えるくらいのお金はあった。でも、そんなお金があれば私は父の会社の足しにして欲しかった。
だからお金のあまりかからない公立の学校へ転校すると決めたのに、父は今になってやっぱりいいと蒸し返す。
「いや、違うんだ。本当に、お前はこのまま学校に残れることになったんだ。だから転校する準備はもうしなくていい」
「……はあ?」
言い直されても、私は訳が全く分からなかった。父は時々こうして過程をすっ飛ばし結論だけを述べる。結論だけを言われても、私には何がなんだか全くわからない。
「それよりも、明日のパーティーの準備だ!」
「え、お父さん! ちゃんと説明を……って、パーティー!? 一体どこ主催の……」
「聞いて驚くなよ? なんとあの綾小路家だ! お前、学校で親しくさせて頂いているんだろう? 先方はそう言っていたぞ」
「……はあああ?」
私はますます訳が分からなかった。何故なら、彼女と親しくした記憶なんて、これっぽちもないからだ。暴言を吐いた記憶ならあるが。
それに、転校しなくてもよくなったって、一体どういうことなのだろうか。
これは母と一緒に父を問い詰める必要がありそうだ。
***
綾小路家のご実家のパーティーは、想像以上の規模だった。今まで参加したパーティーの中で1番大きいかもしれない。……そんなにパーティーに参加したことないのだけれども。
煌びやかな会場では、大勢の人たちが立食形式のパーティーを楽しんでいる。ふと、視界の端に、よく見知ったツインテールが見えた。すぐに『彼女』だと分かった。
両親に一声かけてから、私は彼女の元へ向かう。
「ご無沙汰しております。あの日、サロンでお会いした以来ですね。──
「ええ、ごきげんよう。来てくれて嬉しいわ、篠原さん」
挨拶を簡単に済ませ、私は早速本題に入る。
「……父から聞きました。あなたが私のお父様の会社を助けてくださったって…………その、ありがとうございました」
「どう、いたしまして……? って言っていいものなのかしら? 実際あなたを助けたのはわたくしではないし……。本当にあなたの力になってくれたのは、わたくしのお父様や雅ちゃん、それに雅ちゃんのお父様、あと雅ちゃんのお父様のとっても優秀な秘書の方とか。……わたくしはただ、あなたを助けてってお願いしただけ」
「でも、綾小路さんが周りの方々にそう言ってくださらなければ、私の両親や私は今も困っていたと思います」
結論から言って、私は本当に転校しなくて良くなった。加えて、綾小路家や立花家が私の父の会社を一時的に支援してくれることになり、私の家族はお金の心配をしなくとも良くなった。
「なぜですか?」
「え?」
「なぜあなたがこんなことしてくれるんですか? 理解、出来ません……。私は、あなたに酷いことをたくさん言ったし、あなたをたくさん傷つけました。それなのに……」
それなのになぜ、助けてくれたのか。
懇意になんかしていない、生意気な後輩なんかのことを。
父から事の詳細を聞いた時は、ありがたがる気持ちよりも、不気味だと感じる気持ちの方が強かった。
わからないことが多すぎて、どうしてそこまで、と気味が悪くもなった。
「私なんかを助けても、あなたにはなんのメリットもないのに……」
「損得の話じゃないわよ」
ひねくれているのかもしれない。けれども、私はどうしても彼女の優しさを素直に受け取ることができない。
「本当にね、わたくしはあなたのために何かしたつもりは全然ないわよ。全てわたくしのためなのよ」
「綾小路さんのため?」
「ええ、そう、わたくしのため。あなた自身が望んでいようといまいと、あなたと関わってしまったからには、ただ何もせず黙って見ていることなんてできなかったの」
それに、と彼女は続けた。
「困っていると分かっている知り合いを放っておく理由がないじゃない」
綾小路さんは、私を助けるに至った理由を手短に話してくれた。それはとても単純で、とても簡単な理由。
要するに、ただ、自分がそうしたかったから、ということだ。
「……あなたって」
「え?」
「あなたって、鈍感な上にほんとお節介ですよね」
半ば呆れながらそう言うと、「あら、雅ちゃんとお揃いね」と嬉しそうに笑っていた。何がお揃いなのかはわからなかったけど、どうして前野さんが彼女を好きなのか、少しだけわかった気がする。
「てっきり見返りや謝罪を要求されるかと思っていました」
「ないわよ、そんなの! もうっ、失礼ね! あ、でも……やっぱりあったわ、ひとつだけ、あなたにお願いが」
あるんじゃないか。内心そう思ったが、顔に出すだけで言葉には出さなかった。表情だけでなく、発言までコロコロ変わる人だな。
「いいですよ、もとよりそのつもりでしたし、この際だから、何でも言ってください」
「──もう1度、イツキくんと話して」
彼女は恩人だ。その恩人の言うことは、出来る限り何でも聞いてあげたい、そう思ったけれど。彼女からの思わぬお願いに、私はすぐには返答できなかった。
「以前も言ったと思うけれど……わたくしね、あなたとイツキくんが今後どうするにしても、1度ちゃんと話す機会を設けるべきだと思うのよ。ええ、そうね、絶対そうすべきだわ」
「……ですが、それは、」
だって、話したって無意味だ。
彼はもう私の婚約者じゃない。彼がどこへ行っても、誰を好きになっても、とやかく言って繋ぎ止める権利なんて、私にはもうない。そんな私が、今更彼と何を話せばいいのだろうか。
言い淀む私に、「あのね」、と彼女は言葉を綴った。
「あなた自身が納得しているなら、周りから何か言うことではないって、1度はそう思ったんだけどね……わたくしにはあなたが自らの意思で納得して彼との婚約を解消したようには見えなかったから」
「…………」
「これは大好きな女の子からの受け売りなんだけどね、いざこざや気持ちの擦れ違いって、言葉が足りないから起こるんですって。つまりね、あなたもちゃんと口に出して言葉にしないとダメなのよ。じゃなきゃ、誰にも伝わらないし、分かってももらえないわ。恥ずかしくても、たとえ億劫でも、その努力を怠ってはダメなの」
確かに、今まで口に出して伝えようとは思わなかったし、してこなかった。だけど、彼女は──綾小路さんはそれを良しとしないから。
──きっともう、私は彼と向き合うしかないのだ。その先に、どんな答えがあるとしても。もっと傷つくことになるとしても。
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