91 協力して頂かなくて構いませんが、せめて私の邪魔をすることはしないでくださいね?

「それで? 結局あんたはシローくんに渡せたの?」

「それが……実はまだなの……」

「はあ? まだ渡してないわけ? 今日が何日かわかってんの?」



 ──シローに避けられるようになって、3日経った。葵ちゃんが言いたいことは今日が何月何日かってことじゃないのはわかってる。『これだけ経ってアンタは一体何をしてたの?』と暗にわたくしを責めているのだ。


 でも、わたくしだって何もしなかったわけじゃない。


 これは決して言い訳じゃないけれど、今日は月曜日だ。つまりバレンタインデーは金曜日。土曜日はわたくしに用事があったため、日曜日にシローの自宅を訪ねたけれど、タイミングの悪いことに彼は留守だった。そう、外出していたのだ。こればっかりは仕方ないことじゃない?


 そう言い訳をするも、葵ちゃんはまだ納得がいっていないようだ。



「……一応、賞味期限はまだ平気なはずよ」

「いつまでなの?」

「バレンタインから1週間」

「っ!? すぐじゃないのよ」

「生チョコだからね……」



 こんなことになるなら、最初からチョコレートなんて買うんじゃなかったわ……。


 「腐る前に渡せるといいわね」と葵ちゃんにからかわれてしまったけれど、それは洒落にならないわ。


 これも言い訳ではないのだけど、わたくしは本当に本っっ当に、当日渡そうと思っていたんだ。


 ──けれど、出来なかった。わたくしが声をかけるよりも先に例の後輩ちゃんに彼が声をかけられていたから。


 彼女がシローに声をかけている時、なぜかあの日の会話が頭をよぎった。



『わたくしはシローの味方だから、あなたの応援は出来ないわ』



 そう言うと、案外彼女はあっさり引き下がった。



『…………わかりました。残念ですけど、諦めますわ』



 けれどそこで終わりではなかった。ですが、と彼女は続けた。



『協力して頂かなくて構いませんが、せめて私の邪魔をすることはしないでくださいね?』



 シローと彼女が話している時、彼女と目が合った。その目に責められている錯覚に陥って、とてもじゃないけど話に割り込むことが出来なかったのだ。



「この前わたくしを呼び出した後輩ちゃんがいたんだけどね。……その子、シローのことすごく好きみたいよ。シローに好きな人がいたって全然気にしてないの。『婚約してないならまだ可能性はある』だなんて、すごいアグレッシブなんだもの」



 わたくしには無理だ。



 真白様の婚約者候補だった目の上のたんこぶ──『伊集院薫子』は、最近では青葉様と親しげだという噂でもちきりだ。邪魔者がいない今、またアピールすればいいのかもしれないけれど、わたくしにはそんな勇気はなかった。チャンスだってわかってはいるんだけど、可能性を見いだせないの。


 後輩ちゃんは、結構可愛らしい子だったし、どことなく雅ちゃんに雰囲気が似ていた。いくらシローが雅ちゃんを好きだからって、彼女の押しに負けない保証はどこにもない。もしかしたら、もしかするかもしれない。


 ──そうなったら、わたくしとシローはどうなるのだろうか。


 もう2人っきりでどこかへ遊びに行くことも、暇な時に買い物に付き合ってもらうことも出来なくなるのだろうか。



 はっ! わたくし、今すごく矮小で心の狭いことを考えているのでは?



 シローがわたくし以外のわがままを聞くのがイヤだとか、彼女と楽しげにしているのが腹が立つとか……こんな私イヤよ!


 誰と話をしようと、誰に笑いかけようと、それはシローの自由。ただの幼馴染みのわたくしには関係ないことだわ。



「どんな子なの?」

「黒髪のロングヘアーで、大人しそうな雰囲気は、ちょっと雅ちゃんに似てるわね。ほら、ちょうどあんな感じの……」



 窓から覗くと、男の子に話しかけているロングヘアーの女の子がいた。似ている髪型だと思って彼女を指差して葵ちゃんに伝える。



「……ん?」



 シローのことを考えていたせいか、ふと見た男の子すらシローに見えてくる。あれ……? よくよく見るとそれはシロー本人だった。そして、話しかけている女の子も──。



「……あれって、シローくん、よね?」

「……ええ」

「ってことは、あの大人しそうなご令嬢が──」

「噂の『後輩ちゃん』よ」



 そう告げると、急に葵ちゃんが口元に右手をあて、何か考えこんでしまった。



「知っている子だったの?」

「いや、そうじゃないわ。けど、あの子どこかで…………ああ、そうだわ。思い出した」



 すると、急に数ヶ月前のウィンターパーティーのことについて話し始めた。



「気分が悪くなった雅に付き添って、アンタは別室にいたから知らないだろうけど、私はあの子がシローくんと踊ってるところを見たわ」

「そうなの?」



 今初めて知った事実に思わず目を見張る。そんな事知らなかった。だって、戻ってきた時、シローはそんなこと言ってなかったもの。


 あの日の雅ちゃんは普通じゃなかった。まるで幽霊でも見たみたいに顔を真っ青にして、何かに怯えていた。雅ちゃんの1番の親友として、とてもじゃないけどそんな彼女を放ってなんかおけなくて、少しの間一応ペアを組んでいるシローを独りにはしたけれど……。


 シローと呼吸を合わせながら踊るドレス姿の彼女を想像して、──わたくしは胸の奥がなんだかモヤモヤとするのを感じた。



「あ、ここにいたのね。綾小路さん、先生が学級委員2人とも探してたわよ。次の授業の準備を手伝って欲しいって」



 そう言って話に入ってきたのは、黄泉様のファンクラブに所属しているマッシュルームヘアーの女の子。わたくしのクラスメイトだ。



「ごめんなさい、お話し中だった?」

「大丈夫よ。わざわざありがとう」

「そう? ……それで、もう1人の学級委員がどこにいるか知ってる?」

「あそこにいるわ。ほら、女の子と楽しそうに話しているでしょう。邪魔しちゃ悪いから、シローには声をかけないであげて。わたくしが1人でやるから」



 手伝ってくれるという葵ちゃんの有難い申し出に感謝していると、彼女は2人をじーっと見つめて「うーん……?」と小首を傾げていた。



「あら、あの子……」



 どこかで見たような反応だ。



「知っているの?」



 わたくしが無知なだけで、有名なご令嬢なんだろうか。わたくしの問いかけに彼女は淡々と「ええ」と視線は彼らを見つめながら返事をした。



「おそらく1学年下の篠原しのはらさんね。でも確か彼女──」



 彼女から語られる予想外の事実に、思わず葵ちゃんとわたくしは顔を見合わせた。


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