88 うわあ~、すごいの見ちゃったねぇ……
「シロー」
「…………」
おずおずと彼に近づき声をかけるも、返事が返ってこない。
「さっきはごめんなさい、わたくしが悪かったわ。だから許して」
次の休み時間に、両手を合わせてごめんなさいというポーズをしながら、「ね?」とお願いする。シローは滅多に怒らない。怒るのはいつもわたくしの方。だけど、謝ればすぐに許してくれると思ってた。
「……はあ。別にもういいさ。元々そんなに怒ってないしな」
「じゃあ……!」
「ただ少しショックだったけどな。まだ先輩のことが好きでも、新たに他の人を好きでも、お前は俺にだけは言ってくれると思ってた。自分はあれだけ俺に激怒しといて、俺にはチョコを渡す相手すら教えてくれないんだもんな」
「シ、シロー……?」
「俺って自分が思ってたより信用ないんだな。まあ、自分の好きな奴お前に言ってない俺が言うなよって話だが」
それだけ言うと、「じゃあな」とシローは友人達のところに行ってしまった。
……め、めちゃくちゃ怒ってるじゃないのよ!! しかもかつてないほどに……!
「うわあ~、すごいの見ちゃったねぇ……」
「ちょっ、ちょっと黄泉様!! 失礼ですよ!! そんな本当のこと……」
「アハハ、瑠璃もなかなか酷いこと言ってるからねぇ~」
「瑠璃ちゃん、黄泉様……」
どうやら情けない所をお2人に見られてしまったらしい。
瑠璃ちゃんとは、あのクリスマスの一件以来、時々話すようになった。
雅ちゃんをとられちゃうんじゃないかって不安で、元々わたくしが勝手に彼女を敵視していたけれど。話してみれば雅ちゃんをすごくリスペクトしていて、たちまちわたくしは彼女を好きになった。
真白様の妹さんということもあって彼の話も聞けるし、雅ちゃんとの話も出来る。まさに一石二鳥。
でも、どうして彼女がうちのクラスにいるのかしら? そう思い尋ねれば、雅ちゃんに用事があって訪ねてきたとのこと。
「あら、でも雅ちゃんは隣りのクラスよ? 間違えてるわ、瑠璃ちゃん」
「実は既にお姉様のクラスには行ったんです。ですがいらっしゃらなかったのでここかな? って」
「ああ、そういうことだったのね」
学園内での携帯電話の使用は禁止されているから、わざわざ足を運んだのだろう。無駄足になってしまったようだけど……。
「もしよかったら、わたくしが代わりに雅ちゃんに伝えておくわよ?」
「お気遣いありがとうございます、桜子さん。でも、大丈夫ですわ」
「そう? わたくしは瑠璃ちゃんがいいのなら、別にそれでいいのだけれど……」
次の休み時間にまたすれ違いになったら可哀想な気がして、少しだけ気がかりだ。必要ないと言っている瑠璃ちゃんにとっては、余計なお世話かもしれないけれど。
「遠慮しないで頼ればいいんじゃん、綾小路さんもいいって言ってるんだからさ~。……別にオレが代わりに雅に伝えてあげてもいいけどぉ……」
ぷいっとそっぽ向いてしまった黄泉様の横顔は少し照れているように思えた。
わたくしは、黄泉様は雅ちゃんとお似合いだと思ってずっと2人を応援してたけれど……この2人アリかもしれないわね!
ウィンターパーティーでお2人がベストカップルに選ばれて以来、黄泉様が瑠璃ちゃんに好意を持っているって噂はあったけれど……あの噂は本当だったのね。
黄泉様は基本的に令嬢皆に優しいけれど、こんな風に照れたりなんか絶対しない。この表情を見るだけで、瑠璃ちゃんのことが特別なんだって、そんなに鋭いわけでもないわたくしでもわかるわ。
さすがベストカップルに選ばれた2人だわ。きっと互いに想い合ってるのね。瑠璃ちゃんもさぞかし喜んで……
「あ、いえ、本当に大丈夫ですわ」
え!? た、淡白!!
さらっとお断りの返事をしていた。
え、普通こういう時、女の子って嬉しくて頬を染めたりするものじゃないの!? それともわたくしの感覚がおかしいの!?
「せっかくなら、お姉様に直接会いたいじゃないですか! だから大丈夫ですわ!」
そう言った瑠璃ちゃんの瞳はキラキラと輝いていて、頬は紅く染まっていて──そう、それはまるで『恋する乙女』のようだった。
「……ホント、瑠璃は雅のこと好きだよねぇ」
「当たり前ですわ! わたくしのお姉様ですもの!」
「はいはい、そうだねぇ」
「適当にあしらわないでくださいよ!」
……えぇっと、瑠璃ちゃんって、ものすごく雅ちゃんのことが好きよね。ええ、それはもちろん知ってたわ。
わたくしも相当雅ちゃんのことが好きな自覚はあるけれど、わたくしの雅ちゃんへのそれはあくまでも敬慕であって、彼女のとは全く異なる気がする。
だって、彼女のそれはまるで恋慕だ。完全にベクトルが違う。
このことを黄泉様はどう思っているのだろうかとちらりとそちらに目をやると、彼は楽しそうに彼女の髪をわしゃわしゃと掻き乱してた。やはりその瞳は温かくて、優しくて。慈しんでいるように見えた。
パチリ、と。見つめていたら、不意に黄泉様と目が合った。
「それで、キミは?」
「はい?」
「さっきのアレは何?」
上手く話題転換出来たと思っていたのだけど、どうやらそうではなかったみたいだ。この前の後輩ちゃんの時といい、わたくしには誤魔化す才能がないみたいだ。
おそらく黄泉様のいうさっきのアレとは、わたくしとシローとのことだろう。それはわかっているのだけれど、うまく言葉にできない。
……シローへのチョコレートを真白様宛と勘違いされて? いいえ、そうじゃないわ。わたくしがシローを笑ってしまったから? でもそれだけでシローはあんなに怒るだろうか。
シローはわたくしの初恋が実らなかったのは自分が邪魔をしたせいだと思っていて、その負い目からか昔からわたくしにすごく優しい。
もうそんなことわたくしは全然気にしていないし、意図せずにしたことなんだから別にいいのにと伝えても俺が悪いの一点張り。
ちょうどいいとばかりに、わたくしはたくさんシローに甘えた。甘えて、かなり無理なわがままも言った。そうすると、少し呆れたような顔をするけれど、「仕方ねぇな、特別だぞ」って言って笑って付き合ってくれた。
その度みられる困った顔がたまらなく好きだった。シローにとって自分は特別なんだって思えたから。だから必要もないのにわがままを言っては彼を困らせていた。
──そのシローが、わたくしが少し笑ったくらいで、あんなに怒るはずがない。きっとそれ以外に、わたくしが何かしてしまったんだ。……でも、それがわからない。
「前野が何かしたの?」
「いいえ、シローは何も……」
「じゃあキミが何かしたんだ?」
そうなんです。わたくしが何かしてしまったのですわ。……でもそれが何かわからないんです。
「ま、大体想像つくけどねぇ」
「……え! 何ですか? 教えてください!」
こんなところに救世主がいたなんて……! お願いしますと懇願するわたくしに、彼はふぅん?と口の端をあげる。
「キミ、本当になんにも気づいてないんだね。少しいい気味かも」
その後小さな声で「オレだって青葉に全然気づいてもらえないんだから……」と言っていたような気がしたけれど、よく意味がわからなかった。何の話?
「黄泉様! 痴話喧嘩に口出しするなんて野暮ですわよ!」
「そういうもん?」
「そういうもんです」
瑠璃ちゃんのこの一言によって、結局わたくしは教えていただけなかった。
成績はあまりよくないって聞いてたけど、痴話喧嘩なんて言葉、よく瑠璃ちゃんが知ってたわね。あ、でも使い方が間違っているわ。わたくしとシローはただの幼馴染みで、そういうんじゃ……今度正しい使い方を教えてあげなくては。
物事にはきちんとした理由があるものだ。だから、彼があんなに怒ったのにも理由があるはずだ。
わたくしは一体、何をしてしまったのだろう──。
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