59 ……やはり俺は、君がひどく妬ましいよ、立花
「君は、俺達が学級委員になった日のことを覚えているか?」
「……はい、たしか白川くんは立候補をなさって……」
「君は推薦された」
推薦されたというか、押し付けられたというか。青葉との衝撃的な出会いを思い出していたら、急に先生に声をかけられて、そのまま流れで引き受けたんだよね。でも、どうして急にこの話を? 私には唐突にこんな話を尋ねてくる彼の意図が読めなかった。
***
思い出すのはあの日のこと。
係決めが始まり、まず初めに決める係といえば当然『学級委員』だ。俺は迷わず手を挙げた。
見渡しても、俺以外に手を挙げた者はいない。……なんだ、つまらないな。どうせなら投票でもあればよかったものを。
もしそうなったとしても、自分が選ばれる、自信がどこかにあった。だから自分が学級委員になったことは至極当然のことで、決まった時は満足感とともに慢心があったのは否めなかった。
もう1人の学級委員は立候補なし、か。
ま、相手が誰でも俺は構わない。元々
うちは、祖母も母も昔から体があまり丈夫ではなかった。そのせいか、父は昔から俺と兄に『女性には常に紳士的に』と口を酸っぱくしていた。女性はか弱い生き物だから、大切に護ってあげなくてはいけないと。
そんな護るべき相手の力なんて鼻から期待していない。せいぜい俺の足を引っ張らないようにしてくれれば、それでいい。
そう考えていた時、とある令嬢から声が上がった。
「……み、雅様が、いいと思います!」
「……わ、わたしも、雅様なら任せられると思いますわ!」
「そうだ、雅様なら」と男女ともに次々と声があがる。当の本人は我関せずと言った様子。特に反応はない。
……『雅様』って、あれだよな。優さんの妹の。そんでもって黄泉のお気に入りの。
──『立花雅』。
この麗氷に通っている生徒なら誰でも知っている名前の1つだ。あの『立花家』の一人娘にして、青葉と黄泉の婚約者候補でもある楚々とした令嬢だ。
家の力でとはいえ、皆からここまで推薦されれば、内心満更でもないだろう。と思い、彼女の席の方へ視線を移せば、彼女は少しだけ考える素振りを見せるとすぐに「ええ、大丈夫ですわ」と言った。
ほらな。やっぱり満更でもなかったんだ。まあ、でも、やる気があるに越したことはない。選ばれて、きっとさぞ嬉しそうにしているに違いない。
チラリと彼女の表情を盗み見る。誰にも気づかれないように、そっと。瞳だけ動かして。
……なん、だと!?
……どうしてそんな顔をしているんだっ!!
***
「……君は周りから期待を込めた目を向けられていた」
それは、俺が喉から手が出る程欲しいもので……。
「それなのに、君は無感情に『大丈夫だ』と言った。そこには選ばれた喜びも煩わしさも感じなかった。さも選ばれて当然だというような態度で……無性に腹がたったよ」
係なんてなんでもいい。選ばれてしまったのだから仕方がない。そう、冷めた瞳が物語っていた。
それではまるで、立候補した俺が馬鹿みたいじゃないか。
しまいには、委員長と副委員長を決める際に「委員長は立候補なさった白川くんが適任だと思います」と言ってのけた。ああ、そうだな! 俺は君と違って推薦された訳ではなく、ただの立候補だからな!
こんなに惨めな気持ちになったのは、初めてだった。
これで彼女の仕事が半端だったら、どんなに良かっただろうか。不幸にも彼女の仕事は完璧で、そつがなく、俺の心配をしてくれる余裕まであった。
『女性陣のノートは集めましたわ。まだのようでしたら、わたくしが男性陣の分も集めてしまいましょうか?』
『……いや、結構だ。気持ちは有難く受け取っておくよ』
『こちらのプリント、学級委員が配るように木村先生に頼まれたので、全て配っておきました』
『……それは、手伝えなくて済まなかったな』
惨めな記憶がフラッシュバックする。……ああ、いつも助けて貰ってばかりだ。
それに、彼女は何かにつけて優秀だったりする。小テストでは満点以外見たことがないし、大体の授業において困った時には立花を頼ればいいという教師達の共通認識が確立してしまっている。
加えて、彼女が父と一緒に開発したフィナンシェは幻と呼ばれていて、今や入手困難だというのに、惜しげも無くクラスメイトに与えている。その効果は絶大で、さすが雅様と言わしめるほどであった。
それに比べて俺は何もない。何も出来ていない。そう気づいたときにはもう遅かった。皆、俺よりも立花を頼り慕っていた。
「……だが、もっと腹が立ったのは自分自身にだ。俺は君と違って、委員長の器じゃなかったんだ」
適任だと思っているのは立花だけで、本当は皆彼女に委員長をやって欲しかったのではないだろうか。
だって、どこから見ても、彼女の方が適任じゃないか。非の打ち所のない完璧な学級委員。彼女の方が委員長に適任だ。
「本当は皆、君が委員長の方がいいと思っている」
……そうに違いない。
ずっと彼女が羨ましかった。『立花雅』に対する劣等感を俺はいつも感じてた。
そんな自分を認めたくなくて、わざと彼女に冷たくした。彼女が皆と楽しそうに騒いでいると、彼女だけ注意した。
だけど、ダンスが苦手で、慣れない靴で足をいためている彼女を見て、急に彼女が小さく見えた。俺に足を踏んだことを責められて謝る姿は、まるで普通の女の子のように見えた。
俺の中の『立花雅』は、あの日の冷めた瞳で口元に微笑みを浮かべ仕事を完璧にこなすアンドロイドみたいなやつだ。
だけどそれは俺の願望で、思い込みだった。人間でないのなら、──アンドロイドになら、人間の俺が敵うはずがないから。だから仕方ないと思いたかっただけだ。
女性は皆、等しく弱いものだと思っていた。だけど違った。弱かったのは俺だ。
「……やはり俺は、君がひどく妬ましいよ、立花」
顔を上げればきっと、眉の下がった辛そうな表情があるのだろう。酷いことを言っている自覚はあるからな。これだけ言われれば、普通の令嬢ならば、傷ついているだろう。……立花もきっと。
ちらりと立花の方を見ると、予想していた表情とはどれも違くて。
「……ふふっ、うふふふふ」
彼女は楽しそうに笑っていた。
な、何故笑う!? やはり彼女は普通の令嬢ではなかったのか!?
「な、何を笑っているんだ。……どう考えても笑うべき場面ではないだろう! 俺は、君が妬ましいと、苦手だと、そう言ったんだぞ!? 君本人に! ……なのに、どうして君は笑うんだ!」
「だって、白川くん、先程から、わたくしのことを褒めて下さってるじゃないですか。すごいと褒められて嬉しくない人はいませんわ」
「はあ!?」
確かに君が俺よりもすごい人だと思っているからこそ妬ましいとは言ったが、それが誉め言葉でないのは明白だ。
「……君はその読解力で、どうして国語の成績が良いのか不思議で仕方ないな」
「あら、こう見えて、わたくし漢字の書き取りは得意ですし、語彙だって豊富ですのよ?」
「……だからそういうところだよ、君の」
彼女は俺が思ってるよりも図太いのだろうか。そして俺が思うよりずっと、傷付かないのだろうか。……それともただの天然か? いや、わざとやっているのか?
「それに、……白川くん、あなたは大きな誤解をしています」
「誤解?」
「はい」
彼女のリアクションに混乱する俺に、彼女はそう言って微笑んだ。その瞳は駄々をこねた子どもをあやす様に優しくて、俺はますます混乱してしまった。
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