25 一条瑠璃



 初めは黄色い髪の男の子に惹かれて始めた。


 メインは金髪碧眼の男の子のようで、彼をクリアしないと赤い髪や黄色い髪の少年は攻略出来ないつくりになっていた。


 はいはい、よくある乙女ゲームのつくりね。仕方ない。黄泉くんのためにも、この青葉というキャラクターをプレイするか。


 どうやらこのゲーム、乙女ゲームにしては珍しい全攻略キャラ冷めてる、いわゆる『クーデレ』と言われる何とも好みが偏っているゲームらしい。


 ふーん、正統派王子様にツンデレ。あ、黄泉くんはフェミニストなのか。


 残りは……俺様? 俺様なのにメインじゃないのか。ますます珍しいな。


 黄泉くんをプレイするにはまず王子をプレイして、その後ツンデレくんをプレイすればいいのか。



 よし、いっちょ頑張りますか!



 黄泉くんを目当てにはじめたゲームのはずだった。そう、そのはずだった。


 けれども次第に私は他のキャラクターに惹かれていってしまう。


 万人受けしそうな優しい王子様、一条青葉。



 ──ではなく。

 その婚約者である『立花雅』だ。



 なにこの子、超可愛い!! THEお嬢様なぱっつん姫カット。つやつやとした漆黒の髪。雪のように白い肌。


 クスリとも笑わないのが、彼女の美貌と相俟って、人々にお人形さんのように感じさせるのだろう。


 そんな彼女が唯一頬を染める相手が青葉だった。



『君のことを激しく求めたことはないけれど、傍にいてくれると落ち着くんだ』

『……私は青葉様のことお慕いしておりますし、おそばに置いて欲しいです』

『知ってる。君は本当に僕のことが好きだよね、……だからこそ、そんな君の気持ちに応えたいと思ったんだ。これから僕は君と同じ気持ちになれるよう努力していきたいと思う』



 青葉から2人の昔話を聞いた時、自分がヒロインであることを忘れて、もう2人が結婚しなよっと叫んだのは私だけじゃないはずだ。


 ヒロインも「青葉様は優しいですね! 雅様も青葉様のそんな所を好きになったんだろうな」じゃないよ。ほら、そこ。青葉もこんな陳腐な台詞で一々頬を染めない。


 優しいだなんて言われ慣れてるでしょうに。こんなことで青葉くん呼びを許されるようになるなんて。もうわけがわからない。


 正直彼の気持ちが理解できなかった。自分を一途に慕うこんなに素敵な婚約者がいるというのに。どうしてヒロインのような何の取り柄もない少女を好きになるのだろう。


 ヒロインである『結城桃子』の唯一の取り柄といえば、どんなにいじめられてもめげない精神力。言うなればタフなのだ。でもそれだけ。


 特段可愛いわけでも、スタイルがいいわけでもない。


 そんな彼女が、学園中誰からも愛され憧れられている婚約者に勝てるとは思えない。


 それに彼は以前彼女に告げたじゃないか。


 自分を好きでいてくれる彼女の気持ちに応えたいと思ったと。


 その彼女を裏切ってまでヒロインを選ぶなんて。やっぱりどうしても私には理解できなかった。



 そうしている内に、彼のルートに入ってからも中々親愛度は上がらず、私はノーマルエンドすらクリア出来ていなかった。


 バッド、バッド、バッドエンドの繰り返し。


 他のゲームみたいに同一のバッドエンドならすぐに飽きてしまったかもしれない。けれどこのゲームの素晴らしいところは様々なバッドエンドがあること。


 ヒロインが好きだが、結局婚約を破棄出来ずに別れるエンド。青葉のことは好きだが、婚約者がいるからとヒロイン自ら身を引くエンド。


 おかげで何とか飽き性な私でもゲームを続けることが出来た。



 またいつもの如く、バッドエンドに差し掛かった時。いつもとは違うことが起きた。


 あの今までずっと青葉に一途だった雅が、なんと突然身を引いたのだ。婚約を解消して欲しいと。



 ……あの『立花雅』がだよ!?



 その原因の一端は青葉にあった。


 雅の不安を煽るようなくだらない噂話や憶測が飛び交う中、ほんの少しだけ不安になってしまった彼女に対して青葉は冷たくあしらった。


 そして自分を信じない彼女に対し辛く当たった。


 まるで自分が被害者かのように、一方的に突き放し落胆した。本当の被害者は『立花雅』だろうに。


 傷つく彼女を癒したのは、大好きな婚約者ではなく、自分を姉のように慕う幼なじみのツンデレくんだった。



『……私、もう疲れたの。……お願い、青葉様のことを忘れさせて』

『ああ、もう独りで悲しまないで……これからは僕がずっと傍にいるから』



 ……ええ、そうね。この際許そう。ツンデレくん、あなたなら雅様を任せられる。


 本当は青葉が良かったけれど、主人公に揺れ動く青葉なんかよりもずっといいよ。


 雅はずっと幼なじみの自分への好意に気づいてはいたけれど。きっと姉を慕う気持ちなのだと見て見ぬふりをしていた。


 自分が青葉を好きでいる限り、彼の気持ちは報われない。


 そんなところまで姉である自分に似なくてもいいのにと思いつつ、彼の恋心は傷ついた雅の心を癒すには十分だった。



 その現場を目撃した青葉は初めて嫉妬というものをする。男の嫉妬とは恐ろしいもので、婚約解消を彼女から求められた時に刺し殺してしまう。



『……どう、し、て……ケホッ……あお、ば、さ、ま』

『……やっと気づいたんだ、自分の本当の気持ちに。君が誰かの物になるくらいならさ、僕が君を殺してあげるよ』



 どうしてそういう結論に達したのかはわからないが、いやだいやだと涙を流す彼女とは違い、青葉は満足そうに笑っていた。



『い、や……あ、かや』

『……どうして君は他の男の名前を呼ぶの? 君は僕の物なのに』



 いけない子だね、と優しく抱きしめる。


 たった今、彼女の腹部を刺したとは思えないくらい大切そうに。


 その矛盾が、雅をより混乱させた。



『……こんなにも君を激しく求めたことなんてない。ああ、やっぱり僕は君が好きみたいだ! 今になって君がいとおしいよ!』



 最後の最後でようやく結ばれたことを、雅はどう感じただろう。


 こんな過激な2人の最後だ。色々な意見があって、仕方ないと思う。


 雅が可哀想だと言う人も、雅が赤也に目移りしたからだと言う人もいるだろう。気持ちはわかる。


 だがこの時、私は彼らの最後に興奮していた。なんだろうか、この高揚感。今まで感じたことのない喜びは。


 ようやく2人が本当の意味で結ばれた気がした。


 今までだって度重なるバッドエンドの中で、何度も青葉はヒロインではなく雅を選んでいる。


 けれどもそれは雅の気持ちに応えないのは可哀想という同情からくるものや、一条家を裏切れないという責任感からくるものが理由で。決して雅を好きだったからとかそういう理由ではなかった。


 むしろヒロインのことが好きだった。だけどヒロインのことはその程度・・・・の好きだったのだ。


 だってそうじゃない? 青葉はヒロインを殺害したりなんてしなかったもの。


 結ばれないとしても、仕方ないと納得し、理性的だったわ。


 決して感情的には行動せず、互いのためにも別れを選んだわ。


 だけど雅様は違う。


 嫉妬に狂うほど愛していたのよ!


 ああ、良かった!


 青葉はちゃんと雅様のことが好きだったのね!


 私の雅様は愛されていたんだわ!


 その事実がわかっただけで十分だった。


 他のキャラにも出てくるかしら? 多分このツンデレくんのルートには必ず出てくるでしょうね。


 ……この際青葉のハッピーエンドはいいや。ノーマルエンドを1つだけクリアしていたし、次のキャラに進むことが出来るはずだ。


 ……私、もっと知りたいわ。雅様の葛藤や不安。ううん、青葉のことをどれだけ愛しているのかも! 他のキャラと彼女との関わりも!


 そんなふうに彼女の魅力に取り憑かれた頃には、当初の目的であった黄泉くんのことなどすっかり忘れてしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る