20 最終的に青葉お兄様と結ばれる運命ですもの



 そっか。そっかそっか。阻止、妨害、邪魔。相手のことを想っているからこそ、そういった結論にたどり着くのか。


 まだ、今の私には未知の感情ではあるが、理解は出来る。


 そういえば、一条青葉も雅を他の男に取られると思った時、初めて雅への気持ちを自覚したのよね。


 もしかしたら、誰かを本気で愛するということは、そういう激しい気持ちを相手に抱くということなのかもしれないわね。


 私もいずれ誰かにそういう感情を抱くようになるのかしら。



 ──『立花雅』が『一条青葉』を愛したように。



 一瞬考えて、すぐに首を横に振った。


 少しだけ『立花雅』を羨ましいと思ってしまった。


 葵ちゃんのように激しい気持ちかはわからないけれど、少なくとも『立花雅』は出会ってからずっと『一条青葉』のことを愛してた。


 そんなふうに誰か一途に想えることはすごく素敵なことだと、私は彼女を羨んでしまった。


 いいえ、私は『立花雅』のようにはならないと決めたのよ。こんなこと考えてはダメね。切り替えましょう。そう、もっと楽しいこと。


 そういえば、バレンタインにお父様達にあげたお店のチョコレートは絶品だった。


 王宮御用達の高級チョコレートなだけはある。なんと言っても最大の魅力はカカオよね。ショコラティエ自らの足でカカオ農園に出向き、厳格にカカオを厳選したこだわりの一品だ。


 本当あの店をおすすめしてくれた美少女にまた会えたら、ぜひあの時のお礼が言いたいわね。



「こんにちは」



 そうそう。ちょうどこんな感じの優しい声で……あら?



「あなたは、この前の!」

「……覚えていて下さったなんて感激ですわ!」



 いやいやいや。こんな美少女、誰でも1度見たら忘れるはずがないでしょうに。


 本当に見れば見るほど私好みの整った容姿をしている。


 ふわふわとした黒髪は人懐っこい彼女の雰囲気によく似合っている。


 逆に、くっきりとした彫りの深い顔立ちは、どこか日本人離れしていて、異国の血を感じさせる。


 あれ、その制服は。


 よく見ると、彼女は私と同じ麗氷の制服を着用していた。



「麗氷でしたのね」

「ええ、今年入学しました!」



 ということは、私の後輩になるのか。


 今なら少し、先輩らしいことをしたいと言ったガニュメデス様の気持ちがわかる気がする。


 ところで彼は元気にしているだろうか。


 美少女にこの前助けて頂いたこと、また、美味しいショコラティエを教えて頂いたことを、改めてありがとうございましたとお礼する。


 彼女は「気にしないでください! お役にたてたのなら良かったですわ!」と、ニッコリ笑顔で言ってくれた。



 見た目だけでなく、中身も美しいのか!



「大切な方は喜んでくれましたか?」



 美少女は思い出したかのように、そう尋ねる。


 大切な方? そんな人、私にいただろうか? 残念ながら、思い当たる人がいない。私の周りの殿方なんて、お兄様に赤也、西門黄泉に、クラスメイトの……あっ。


 一瞬理解が追いつかなかったが、すぐにくだらない見栄を張ったことを思い出す。



『どなたか大切な方に渡されるんですか?』

『ええ、まあ』



 ……そういえばそんなこともありましたね。前野くんへのチョコをそんな風に言ったこともありました。



「え、ええ、もちろん。それに、頂いたお返しのクッキーも、とても美味しかったですわ」



 嘘は言っていない。


 だって、本当に前野くんは喜んでくれたし、美味しいサクサククッキーもくれたもの。


 そう、決して偽りではないわ。


 ……しっとりクッキーも美味しいけど、やっぱりサクサクが一番だよね!



 私の返答に、先程までニコニコしていた美少女の顔が急に険しくなる。


 おかしいなと独り何かぶつぶつ言っているようだがはっきりとは聞こえない。



「わたくし、ずっと不思議だったんです。どうして雅様は未だにお兄様の婚約者じゃないのかしら?」

「……お兄様?」

「ええ、雅様もよくご存知の方ですわ」



 名乗ってもないのに私の名前を知っていることにも驚いたが、それよりも彼女の言う『お兄様』という言葉が引っかかった。



 ドクンッ、ドクンッ。何だろう。……何か──何か嫌な予感がする。



「姉さんっ!」

「赤也」



 麗氷には麗氷の、麗氷男子には麗氷男子の、専用の出入りがある。


 そのため、本来ならば特段の事情がない限り、原則赤也がここにいることは許されることではない。


 しかし髪を振り乱して走ってくる赤也の様子は明らかに何か急を要するように見えた。赤也がこんなふうになるなんて、それだけ重要なことが……何かあったのかもしれない。



「大丈夫? 瑠璃るりに何かされてない!?」

「あら、赤也ったら失礼ね! わたくしが雅様に何かするような人間に見えます?」

「見えるから言ってるんだよ! 何だよ今から雅様の元へ向かいますって! 何もしてないだろうな」

「……赤也もお知り合いなの?」



 赤也に何かあったのかと心配したが、逆に赤也は私を心配して駆けつけてくれたようだった。


 ……まったく。葵ちゃんが言うように異常とまではいかないけれど、確かに赤也は私のことになると過保護すぎるのではないかと思う時がある。


 こんなに心優しい美少女が私に何かするはずないでしょうに。


 お兄様に似てきたとは思っていたけれど、こういう所までは似ないで良かったのに……。


 ところで、赤也はこの美少女とはどういう関係なのだろうか。あっ、もしかして赤也の……?



「彼女は一条瑠璃。あの一条さんの妹だ」



 赤也の言う一条さんとは、間違いなく私の知る彼だろう。


 なるほど、通りで彼女は整った容姿をしているわけだ。よく見ると顔立ちなんかそのまま彼と同じじゃないか。



 ……どうしてもっと早く気づかなかったんだ私!



「ちなみに前に言った姉さんのファンてのも瑠璃のこと」

「ええ、わたくし『立花雅』さんに、ずっとお会いしたかったんですの」



 そう言って私の手を握って微笑んだ彼女はとても可愛らしかったけれど。



『……ああ、ようやくこれで君は永遠に僕の物だ』



 雅を刺し殺した青葉のスチルとリンクして、私は例の如く気絶しそうになった。



 今回は今までのように気絶しなかっただけ自分の成長を感じるわ。



「……えっと、どうしてわたくしに?」

「だって雅様は、いずれわたくしのお姉様になる方ですもの」



 どうやら青葉は黄泉だけでなく妹にも、私のことを婚約者になるべき相手だと話しているようだ。本当にやめて頂きたい。


 この間まで幼稚園生だった子に、あなたの兄と婚約する予定も、しいてはあなたと家族になる予定もないと諭すのはあまりにも酷だ。


 なんて言うのが正解かと、うーんうーんと悩んだけれど、そういえば私はまだ4歳だった赤也に対して家族になれないと拒絶したことがあったわ。


 ……ほら、あの頃はさ、私も記憶を思い出して1年にも満たない状況だったしね。色々と心に余裕がなかったんだよ。攻略キャラと絶対に関わりたくない一心でさ。


 今更ながら、申し訳なく思ってきた私は、あの時はごめんねという気持ちを込めて、赤也をじっと見つめる。


 赤也はよくわかっていないのか、きょとんとしていたけど、すぐに微笑み返してくれた。



 相変わらず、エンジェリックスマイル! さすが私の弟! このままツンデレ王子『有栖川赤也』ではなく、素直で優しい天使として成長してください。



 ニコニコと見つめ合う私達を見て何を感じたのか、瑠璃ちゃんは「なるほど、そういうことですのね」と独りで納得していた。



「別に今雅様に他に好きな人がいても構いませんわ。最終的に青葉お兄様と結ばれる運命ですもの」



 強引に私と青葉を結びつけようとする彼女に、赤也は相変わらず思い込みが激しいなと呆れていた。



 いや、そっちが構わなくても、こっちは構いますから!


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