18 前野くんは……うん、言わずもがな



 今日は少し気が立っていた。


 理由は自分でもわかっている。


 2年生になってからというもの、全くあいつ・・・に会えていないからだ。


 最近忙しいのはわかるが、さすがに3回も誘いを断られてしまえば、オレからは誘いにくくなる。


 申し訳なさそうにごめんと謝られたけれど、オレが欲しいのは謝罪じゃなくてあいつと会う時間だ。


 ……まったく、オレの誘いを断るなんてあいつくらいだろうね。



 ──いや、もう1人いたね。



「あ、あの……!」

「……なに」



 せっかく物思いに耽っていたというのに。それを邪魔されたせいで、思ったよりも低い声が出てしまった。


 大人しそうなマッシュルームヘアーの少女はそんなオレに少しだけビクッとなったが、それでも再び言葉を続ける。



「あの、……よかったら私の貸そうか?」



 何のことだと思って机の中を漁ってみたら、次の授業の教科書がないことに気がついた。


 ああ、またか。おそらく誰かに盗られたのだろう。そんなことで今更一々傷ついたりしない。こういったことには慣れっこだ。


 今度は誰かな。女子にモテるオレに嫉妬した男達か。それとも、オレに好意を持った女達か。……まあ、どっちでもいいや。


 そんな誰が触ったかもわからない教科書なんてもういらないし。1限くらい教科書なんてなくてもどうにかなるでしょ。



「……いいや、別にいらな~い」

「で、でも……!」



 いつもの女どもなら、ここで素直に引き下がるのに。この子はしつこく貸すと言い張る。


 何なのかなあ? あ、こういうのを親切の押し売りって言うのか。いいって言ってるのに、逆に迷惑なんだよね。


 そもそもさ、名前も知らないこの子に借りる義理はないし。


 大体さ、なんでこの子はオレの次の授業の教科書がないことを知っていたんだろうね。オレだって今気づいた・・・・・というのに。たまたまにしては出来すぎな気もする。



「……あのさぁ、必要ないって言ってんの。それにもし借りるならキミじゃなくて立花さんに借りるから」

「……っ! そ、そう、だよね……」



 だからお前は必要ないと暗に伝えれば、ごめんなさいと彼女は涙目で女子の集団の元へ帰っていった。


 口々にオレの悪口を言っている声が聞こえるけれど、そんなの知ったものか。


 はぁ、最近謝られてばかりな気がする。


 大体文句があれば直接オレに言えばいいのにね。女子ってああやってつるまないと悪口も言えないのかね。


 いや、でも。きっと彼女ならオレに直接文句を言うな。多分ものすごくめんどくさそうな顔をしながら。ククッ、思い出したら笑えてきた。


 オレが訪ねた時にする彼女の嫌そうな顔が、オレはそんなに嫌いじゃなかった。


 こんなにかっこいいオレが会いに来てそんな反応するのは、この地球上どこを探しても立花さんくらいだと思う。


 そうだな。しいていえば、珍獣に出会った気分。いつもは誰にでもニコニコ対応して愛想がいいのにさ。オレにだけあんな反応するとかさ。普通逆じゃない? うん、すごく楽しい。


 本人は自分のことを能面みたいだとか変なこと言ってたけどさ。オレから言わせれば立花さんほど顔に出る人はいないんじゃないかなあ? ……まあ、自分のことは客観的に見られないっていうしね。仕方ないのかな。


 それに、黙っていればそれなりの容姿をしているのに、話すと時々残念なのも個人的にはものすごくツボだ。


 あとは、あんなにあからさまに有栖川家の赤也くんから好意を向けられているというのに、本人は全くその自覚がない鈍感なところもね。


 初めは青葉との婚約を阻止すること。そのためだけに近づいたんだけどね。毎日顔を合わせている内に、彼女との時間はそれなりにいい暇つぶしになった。あいつに会えない時は立花さんをからかえば寂しくなかったし。


 だけど、この前立花さんに近づいていたことが、青葉の妹──瑠璃にバレてしまった。


 それ以来、余計なことはするなと瑠璃がしつこいから、彼女に会いに行くのは控えている。


 また立花さんにちょっかいを出したことがバレれば今度はその倍はネチネチネチネチ怒られるだろう。それはなんとしても避けたい。あいつの説教はくどいんだ。


 それに、昔から瑠璃は何故だか立花さんが好きだったからなあ。なんだっけ? 大好きなお兄様と大好きな雅さまをくっつけたいんだっけ?


 ……そんなこと言ってる瑠璃に、青葉との婚約を阻止するため立花さんに近づいたなんて知られたら、ものすごく怒られるよね。


 ……はぁ、黙っていれば青葉に似て可愛いのに。口うるさくてやかましいから瑠璃は苦手だ。あんなにやかましい女、出会ったことないよ。


 とにかく、この日のオレは気が立っていた。


 あいつに会えない苛立ち。立花さんにちょっかいを出せない退屈さ。瑠璃からの説教によるストレス。その全てが相まって、心に余裕なんてなかった。


 だから普段なら流せるマッシュルームちゃんのしつこさも、この日は「はいはい」と受け流すことなんてできなかったんだ。




***




 2年生になったけれど、クラス替えは3年、5年の時のみだから、特に代わり映えはしない。いつもの平穏。相変わらず前野くんは面白いし、桜子ちゃんや葵ちゃんは可愛いし。うん、通常運転だね。


 少し変わったことといえば、黄泉が私のクラスを訪ねなくなったことくらい。


 私としては構わないのだけど、急に来なくなると、その理由くらいは気になる。


 私から彼のクラスへ出向けばいいのだけど、鎮まりかけている黄泉に好意を寄せる彼女達の嫉妬の炎に、油を注ぐ真似はしたくない。


 赤也には黄泉に聞いてみるなんて大口叩いたけれど、調査は難航していた。肝心の黄泉に会えないんじゃ仕方ないよね。


 赤也は赤也で入学したてで色々忙しいのか、私に全然構ってくれない。ものすごく悲しい。そんな赤也に調査を急かすようなことはしたくないし。



「どうかしたの?」

「葵ちゃん」

「さっきからため息ばかりついてるじゃない。私で良ければ話くらい聞くわ」



 そんなにため息ばかりついていただろうか。全く自覚がないけれど、葵ちゃんがそう言うならそうなのだろう。


 

「えっと、その……」



 何でもないの。そう言おうとしてやめた。


 むむ、あれ? そういえば、私の周りで唯一恋をしているのは葵ちゃんくらいじゃないか? 本人から直接聞いたわけじゃないけれど、相手はおそらく白川くん。


 桜子ちゃんは結局男の子にチョコを渡していないみたいだし。


 私はというと……一応前世では、1人だけ彼氏といえる存在はいた。けれども、結局何もせず半年で別れてしまった。


 なんとなくいいなと思って付き合っただけだから、正直ものすごく大好きだったかと聞かれると怪しい。今思うと20歳過ぎて周りはどんどん彼氏が出来ていくからさ。焦ってたんだと思う。


 そう思うと私もまともな恋愛をしたことがないな。乙女ゲームばかり上手くなって、現実では選択肢など出てこないから、相手の話にただ笑顔で頷くことしかできなかったよ。


 そんなこと言ったら今だって韓国ドラマばかりで、まともな恋愛なんてしてないんだけどね。……自分で言ってて悲しくなってきた。


 我が愛する弟、赤也も初恋すらまだだ。以前好きな人はいないのかと尋ねたところ、今はまだ興味がないのだと言っていた。恋愛音痴なところは、私に似ちゃったのかな? お姉様少し責任を感じます。



 前野くんは……うん、言わずもがな。



 となると、やっぱり頼りになるのは葵ちゃんか。



「ね~え、葵ちゃん」

「……何、その胡散臭い笑顔」



 胡散臭いとは失礼しちゃうわ。素敵な笑顔と言ってもらいたい。


 

「葵ちゃんのお話聞かせて下さいな」

「…………早まったかな」



 やっぱりお話を聞くならその道のプロフェッショナル、恋する乙女に限るわよね?



 あ、私が葵ちゃんの恋バナが聞きたいだけとかじゃなくってよ? これも調査の一環ですわ。おほほ。


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