第22話 ウチ⑧
見てる感じだと、簾内くんは休み時間こそほとんどずっと本生さんたちと一緒にいるけど、昼休みはちょっと違うらしい。もちろん同じ教室にいることはあるけど、若干距離があるっていうか、休み時間ほどグループの輪に入ってないというか。
とにかく、ウチが簾内くんと話すとしたら昼休みくらいしかなさそうだった。
昼休み、通路を挟んで一人お弁当を食べてる簾内くんに話しかける。
「簾内くん、今日も自分で作ってきたお弁当?」
前触れなく声をかけたから、簾内くんは椅子の上でちょっと飛び上がって、訝しそうにウチを見る。
「……………」
……うわぁ、めっちゃ警戒されてる。
「……………」
……………ニコッ。
もう、笑って誤魔化すしかなかった。それでも効果はあったみたいで、だいぶ間の空いた返事が返ってくる。
「……そうだけど、急になに?」
「その卵焼き、一つくれない?」
簾内くんの今日のお弁当の中で一際目を引く、黄色と白でミルフィーユみたいになってる卵焼き。最初は白身が入ってるだけだと思ってたけど、どうにも違うらしい。白身にしては規則正しすぎる。その白の秘密が、気になる。
簾内くんはしばらくウチと卵焼きを見比べてたけど、お弁当箱を差し出してくれた。
「……どうぞ」
「やった、ありがと。……唐揚げいる?」
「いや、いい」
貰ってばかりもよくないかと思って唐揚げを差し出してみたけど、断られた。まあ、これも冷凍だしね。
二つ並んでる卵焼きの、小さい方をありがたく頂く……えっ、甘っ。
卵だけじゃない、別の歯応えがする。けどそれはすぐに溶けてなくなってしまった。口の中に卵とは別の甘みを残して。
「……これ、もしかしてチーズ入ってる?」
「そうだけど、それがなにか?」
「え、待って、これ美味しくない?どうやって作るの?」
家でこんな卵焼きが出てきたことはない。どころか冷凍食品。いや、もちろん作ってくれるだけ感謝してるけど。
ウチの反応が意外だったのか、簾内くんの表情から警戒の色が少し引く。
「どうって……普通に、卵を纏めるときにチーズ挟むだけ」
「へー、そんなのがあるんだ……初耳……」
自分で言うのもなんだけど、ウチは割と女子力が低い。料理はしないし、したとしてもレンジくらいしか使わない。だから知らないのは当たり前と言えば当たり前だ。でも、こういうのを作ってみたいって気持ちはある。気持ちだけなら。
「そんなに言うほど珍しくもないと思うけど……普通にネットに載ってるし」
「あ、それ知ってる。あれでしょ、色々メニューとか投稿できるやつ。なんだっけ、ク、クッ、クック……」
「パッドね」
「そうそれ!簾内くん、そういうの見てるの?」
「まあ、暇なときとかに……」
最近はあんまり見てないけど、と簾内くんは頬を掻く。ウチからしたら、たまにでも見てる方が凄いと思うけど。
「そっかー、こんなのがあるんだ……今度ウチも作ってみようかな……調理実習以来だけど……」
残った卵焼きの甘みを噛み締めながらそんなことを考えてると、簾内くんが声のトーンを落として尋ねてきた。
「……で、今日はなんの用なの?」
「用?」
「今度も伝言?誰かなにか言ってた?」
その声は警戒心を取り戻して、心なし目も疑うように細められている。
「え?別にそんなのないよ?」
「……え?」
「特に用はないよ。ただ簾内くんのお弁当が気になったから聞いてみただけ」
「そ……そう……」
簾内くんは毒気を抜かれたような顔でお弁当に向き直る。ウチも、それ以上は特に話しかけなかった。
……へー、卵焼きってこんな風に作るんだ。結構簡単そう。
次の日、簾内くんのお昼のメニューに卵焼きは入ってなかった。というかお弁当ですらなかった。
昼休み、本生さんたちと少し話して自分の席に着いた簾内くんは、鞄からタッパーを取り出した。中から出てきたのは、ラップに包まれた黒くて平べったいなにか。
「簾内くん、それなに?」
こんな気になるものを見せられては、声をかけざるを得ない。
簾内くんは昨日よりはすぐに、でもやっぱり不思議そうにこちらを向く。
「これ?」
「うん。なにそれ?」
ラップを剥くと、黒いのはどうも海苔らしい。ご飯も見える。けどおにぎりにしては平べったいし……鞄の中で潰れた?
「もともとこういう形だよ。おにぎらず、っていうらしい」
「おにぎらず?」
それはどういう意味だろう。おにぎりらない、握らないってこと?
「海苔の上にご飯と、中に入れる具を置いて、折って作る。だから、おにぎらず」
「……なにそれ、なんで握らないの?」
「え、」
つい口を突いて出てきた素朴な疑問に、簾内くんの表情が固まる。
「えーと……ほら、おにぎりって握って形作るのが大変だけど、これはそれをしなくていいのと、あとは……具を沢山入れられるから、じゃないかな、多分」
「おにぎりって、形作るの大変なの?」
「え、」
またまた簾内くんの表情が固まる。けど今度はさっきのとはちょっと意味合いが違うっぽい。
ウチは料理だとかお菓子作りだとか、そういうのをほとんどしたことがない。レンジくらいしか使わない。大事なことなので二回言いました。
「まあ、手にご飯もつくし、具を多くするとそれだけ形作るのも大変になるし、慣れればそんなに困らないんだろうけど、やっぱり難しいよ」
「そうなんだ。もしかして、それもネットの?」
「そう。テレビとかでもやってたと思うけど」
「そんなに流行ってるんだ」
さすがにおにぎらずを貰うわけにも行かなかったから、そこで話はやめてそれぞれのお弁当に集中して、昼休みは終わった。
それからも、昼休みに一人でいるところに話しかけると簾内くんは答えてくれた。用がなくても、しょうもないふざけた話でも、無視はされなかった。
変なのは、話しかける度に見せる不思議そうな、訝しむような表情だけ。あとは何一つ違わない、ウチの知ってる簾内くんそのままだった。文化祭の前も、後も。
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