第37話 12月28日

雲が多少残ってはいたものの、よく晴れた一日となった。


明日日本に帰るということで、お土産探しに出かけた。


すずさんがそれほど歩かなくてすむように、佐々木さんは予め行きたい場所を決めていた。すずさんはすずさんでいろいろ紹介したいらしく、佐々木さんがそれほど誘いにのらないことに不満を感じていたようだった。


「佐々木さん、さっき言った場所もお勧めだよ」

「良いよ、だいぶ歩くんでしょ」

「そんな年寄りくさいこと言わないの」

「あんたより、8つも上なのよ」

僕はと言えば、買い物には興味ないので、ただただついていくだけだった。


途中ですずさんがお土産にネクタイを買ってくれることになり、何故か佐々木さんと二人であれが似合う、これが似合うと品定めをしていた。

最終的にグレーを基調とした地味目のネクタイと明るい赤色をベースとした少し派手目のネクタイが候補に挙げられたようだった。


「こうやって似合うとか似合わないとか考えながら買い物するって楽しいわよね。どっちが良い?」

すずさんは楽し気に聞いてきた。

「グレーの方かな」

僕は無難な方を選んだが、

「うーん、せっかくだから赤の方にしなよ」

何故か最後は佐々木さんに決められることになった。


買い物が主役となった一日を終え、夜景を見に行った。

ゴンドラに10分ほど乗り、ヴィクトリアピークに到着すると、いわゆる100万ドルの夜景を見下ろすことができた。

「やっぱり、これが香港のイメージよね」

佐々木さんはロマンティックのかけらもないような大声で話しかけてきた。

「いつみても良いわ」

これまたすずさんも大声で返していた。

そういうわけで僕は2人とは関係のない観光客を装い、少し離れた場所でおとなしく夜景を眺めていた。


「ほら、もう行くよ」

佐々木さんとすずさんはもう夜景に飽き、ビールが恋しくなったらしく、さっさと歩き始めていた。

僕はというと、いつもの貧乏性からか、せっかくなのでもう少し夜景を堪能したいという気持ちを持ちつつも、置いて行かれないように急いで2人の後を追った。


なぜか香港の最後の晩はタイ料理が選定された。


「明日、帰っちゃうんだよね」

タイスキの鍋の中の肉団子をほおばりながら、すずさんは寂しそうに問いかけてきた。


「私はさすがに旦那が待っているからね。年明けには親戚のところに挨拶に行かないといけないし。しゅんちゃんはどうせ暇でしょ。残ったらいいんじゃない」

「僕もさすがに正月くらい実家に帰りますよ」

「本当?誰か女の人のところに行くんじゃないの?」

どうも佐々木さんは人の仲をかき回すのが好きらしい。

そしてすぐ影響を受けるすずさんはこちらを睨んで問い詰めてきた。

「女の人のところに行くの?こんな可愛い私を置き去りにして」

「何でそうなるかな」

僕はいわれのない非難に耐えるしかなかった。


「しかし、こうやって飲んでると、日本にいたころと全く変わらないね」

かき回したことを全く気にせずに佐々木さんは話をつないだ。

「そうよね。でも明日からまた私一人になるのか」

すずさんは寂しそうにつぶやいた。

「大丈夫でしょ。仕事紹介してもらった日本で会った人に面倒見てもらっているんでしょ」

僕は元気づけるつもりで声をかけたが、

「また、そんなこと言って。浮気しちゃうよ」

すずさんは怒りながら、先ほどと同様に僕を睨みつけてきた。


「明日からまた私一人か」

僕の家とは違う大きなベッドの中ですずさんは話しかけてきた。


「次も会えるといいな」

珍しく弱気なことを言ってくるので返答に困っていると、

「毎日思うんだよね、本当に病気かなって。ただ少しずつ体力がなくっている気もするし、やっぱり病気なんだって」

「ドナーがきっと見つかるよ」

僕は約束されない希望を伝えるしかなかった。


希望のない約束よりはマシなんじゃないかと考え込んでいると、

「そうよね、見つかるわよね。私これまで悪いことしてこなかったし、きっと報われるわよね」

「そうなの?すずさんの性格だと、本人が悪いことしていないと思っても、周りが傷ついていることが結構ありそうだけど…」

「ん?例えば?」

余計な一言ですずさんが怒りモードになったので、僕はベッドの端っこに避難した。

「一緒にいるときくらい優しくしても良いものじゃない」

すずさんの怒りがおさまらないようなので、僕はそっとすずさんの頭を撫でた。


「こんなんで騙されないわよ」

と言いつつ恥ずかしそうに笑顔を見せるすずさんを見ながら、二人は眠りについた。

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