第30話 9月29日

朝から穏やかに晴れ、僕たちは空港にいた。

すでに荷物は預け、香港に持って行くお土産を吟味していた。


「年末に来るときはショートケーキを買ってきてね」

「ケーキを持って香港に行くの?着く頃にはダメになっていそうだけど」

「ちゃんと保冷すればきっと大丈夫よ」

「そうかなー」

「しゅんちゃんと佐々木さんと一緒にショートケーキを食べるのを楽しみに、年末が来るのを待っているよ」

「佐々木さんは甘いの食べそうにないけど」

「大丈夫よ。二人で食べてたら食べたくなるって」

「そんなものかな」

「そんなものよ」


かなり遅れていた搭乗便が到着したとのアナウンスがあった。


「さて、ぼちぼちだね。香港は暑いのかな」

「そんなにせかさなくてもいいじゃない」

目に涙をいっぱいためて、こちらを見つめているすずさんの顔が目に入った。


「せかしているわけじゃないけど」

言い終わらないうちに、すずさんはしがみついてきた。

僕はでき得る限り最大の想いで頭を撫でた。


その瞬間周りの喧騒が消え、二人だけの空間がそこにはあった。


30秒くらいしがみついた後、すずさんは顔をあげ、いつものとおり元気よく僕にさよならを告げた。

「じゃ、行ってくるね」


彼女を乗せた飛行機が離陸するのを確認し、空港を後にした。

電車の2時間の長旅を終え、最寄りの駅に着いた時は夕方の風景になっていた。

駅からの帰り道、少し遠回りをして神社にお参りに行き、彼女の健康を祈った。

そこは俗世間から取り残されたようであり、頭の中が研ぎ澄まされていくようだった。


昨晩のすずさんの涙を思い出し、心の中で神様に彼女の病気の半分を引き受けてもよい旨話しかけた。


「彼女と僕とで、はんぶんこ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る