第27話 9月20日
結局、この日も一日すずさんと話すことがなく、夕方がやってきた。
季節の変わり目のせいか、今週は月曜日から涼しい日が続いていたが、この日は夏を思い出させるような暑気を帯びた日だった。
ただ、夕方少し日の入りが早くなったことは秋の始まりを告げているようだった。
提出期限の書類を間に合わせ、少しホッとしていたところ、定時少し前であることに気づいた。
佐々木さんが満を持したような顔で近づいてきた。
「電話で怒らせたでしょ」
「よく知っていますね」
「本当にあんたたちは面倒よね」
「旦那とはそんなことないんですか?」
「私がちゃんとしきっているからね」
「こちらもそんな感じですが」
「まあ、そうかもしれないけど、あんたがちゃんとフォローしてあげなきゃ。ということで私直々にセッティングしてあげたから、今から飲みに行くよ」
「今からですか?」
「そう今から。すずも忙しいようだし、さっさと行くよ」
佐々木さんはおせっかいにもパソコンを勝手にシャットダウンしてくれた。
ぼくと佐々木さんが先に二人で飲んでいると、少し遅れてすずさんがやってきた。
すずさんは笑顔もなく、急いで席に着いた。
「私忙しいんだから、手短にね」
佐々木さんは目でこちらに合図を送ってきたので、とりあえず謝ることにした。
「何だか怒っているようでごめんね」
「どうせ怒っている理由もわからないんでしょ」
「まあ、正直よくわからないところもあるけど」
「ほら、こんな感じだから嫌なのよ」
すずさんがさっさと立ち去ろうとしたので、佐々木さんが慌てて間に入ってきた。
「しゅんちゃん、ちゃんと謝らなきゃだめだよ。すずももう許してあげな。しゅんちゃんに悪気がないのは一番わかっているでしょ。もうしばらく会えなくなるんだから、こんなんじゃ二人とも嫌でしょ」
佐々木さんの思った以上に必死な様子にすずさんは少し戸惑ったようで、どのような行動に移すべきか思案し、動きが止まった。
その時、僕は自然と手をすずさんの頭に置き、頭を撫でた。
すずさんはじっとこちらを睨みつけていたが、一言「わかった」と言ってビールを注文した。
ぎくしゃく感が残ってはいたが、佐々木さんが頑張って話を盛り上げているうちに、すずさんからも笑顔が見られるようになった。
そうこうしているうちに香港でお世話になる人からいろいろ説明を受けるということで、すずさんは慌てて出て行った。
しばらく残された食べ物とビールを二人で片づけていると、佐々木さんがほっとしたように話しかけてきた。
「もう本当に世話が焼けるわよね。香港行きもなくなりそうにないし良かったわね」
「どうですかね、年末までにまたけんかするかもしれないですし」
「そんなんだからすずも怒るのよ」
佐々木さんの少し呆れたような口調を無視して、ビールの追加注文をした。
それから30分ほど説教を受け、帰路についた。
家に着き、テレビをつけて着替えていると、電話がかかってきた。
「すずだけど、今から行くからね」
「用事終わったの?」
「うん」
相変わらず有無を言わさぬ感じで電話が切れた。
夜だったので、駅まで迎えに行くと、ちょうどすずさんが向こうから歩いてくるところだった。
昼間は夏の日差しのようだったが、半そででは肌寒い気温だった。
「行き違いになったらどうするのよ」
すずさんは僕を責めつつ、迎えに来て切れたことが少し嬉しいようだった。こういうところはわかりやすく、そして隠し切れないはにかんだ表情は僕の心をしっかりとつかむ。
途中のコンビニでビールとつまみを買い、いつもの週末のように二人で帰路についた。
途中で僕はすずさんの手を握る代わりに、頭を撫でた。
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