第7話 橋の上の悪魔 終章
フレデリック神父が去ったあと、青蘭は長いこと黙りこんでいた。
青蘭にとってはショックな話だったはずだ。実の祖父が悪魔だったなんて。その上、死を偽装していたとなれば、何かとてつもなく嫌な予感がする。
なんのために自分を死んだことにしなければならなかったのか?
賢者の石を集めていたのは、なぜだったのか?
そこに謀略的なものを感じる。
「青蘭。平気?」
龍郎が声をかけると、青蘭は首をふった。
「胃が痛い。食べすぎた」
そういう意味ではなかったのだが、まあいい。
「食が細いくせにムチャするからだよ」
「清美にとられるくらいなら、僕の胃が破裂しても……」
「何言ってるんだ。胃薬飲むか?」
青蘭のみぞおちあたりをさすってやろうと、龍郎は手を伸ばした。その手を青蘭がパンッとはねのける。
「龍郎さんは清美の心配でもしてればいいだろ」
「なんで? あんなグチャグチャなオムライス、幸せそうに食ってる人の心配する必要はないと思うぞ?」
急に龍郎と青蘭の視線を受けて、ご満悦にオムライスもどきの混ぜご飯を頬張っていた清美が、あわてふためいて、皿を背中に隠す。
「わたしのものですよー。もう返しません!」
「いらないよ。そんなの」
「ヤッター!」
清美はたくましいと、つくづく龍郎は実感した。
さっきまで家族を亡くして泣いていたとは思えない。本心は悲嘆にくれているのかもしれないが、龍郎や青蘭に気を遣わせまいと、明るくふるまっているのだろう。そういう優しさを見せられるのは、清美がとても芯の強い人だからだ。
むしろ、精神的に
「ずっと聞いてみたかったんだけど、青蘭はなんで賢者の石を探していたの? 賢者の石が揃うと、どんな奇跡が起こせるのかな?」
青蘭は首をふった。
「僕は知らない。アンドロマリウスが賢者の石は他にもあるから、強くなるためには全部、集めたほうがいいって言ったんだ。それだけ」
「アンドロマリウスは賢者の石が欲しいんだと思う。以前、おれの苦痛の玉を渡せと言った。たぶん、二つが揃うと何が起こるのか、あいつは知ってるよ」
「そうかもしれない。さっき、神父も賢者の石は悪魔も欲しがると言ってたし。みんなが欲しがる、この玉……」
「おれたちはこの玉の持つ力を知らないといけない。じゃないと、誰かにだまされたり、悪用されることになる」
「そうですね……」
青蘭は悩ましげなおもてで思案にふける。
「……たぶん、僕の五歳までの記憶のなかに、そのヒントがあるんだと思う。あの日、何があったのかを知れば……」
それは青蘭にとって、この上なくツライ記憶だ。痛みと苦しみをともなう残酷な記憶。だからこそ、記憶のなかから消してしまったのだろう。
「ずっと、さけてきたけど……覚悟を決めないといけないのかな?」
つぶやく青蘭の手がふるえている。
ほんとうは思いだすことが恐ろしいのだ。
「おれがついてる」
龍郎は言ったが、青蘭は長いまつげをふせて、泣きそうな目を隠した。
やがて、青蘭はうつむいたままで告げる。
「あの場所へ行ってみよう」
「あの場所?」
「僕が五歳まで住んでいた屋敷のあった場所」
青蘭が大火傷を負った火事の現場か。
そんなところに行って、青蘭は平静でいられるのだろうか?
不安だが、行くしかない。
運命の流れに飲みこまれる前に。
そこへ行けば、龍郎たちを包む多くの謎の一端がつかめるかもしれない……。
第二部 完
シリーズ第三部へ
宇宙は青蘭の夢をみる2(旧題 八重咲探偵の怪奇譚)『アザトースと賢者の石編』〜魔女のみる夢〜 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo
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