第6話 家守 その五
次の日も神社へ行こうと試みたものの、何かしらの邪魔が入り、行きつくことができなかった。
やはり、監視されているようだ。
しかし、神社にさえ向かわなければ、家のなかでは見られているようすはない。
清美に家族の足止めを頼み、家のなかを調査した。清美の妹がいたという痕跡はどこにもなかったが、仏壇の引き出しから神社の縁起を記した和とじの本を見つけた。
「これ、貰っていこう」
「えっ? 青蘭。それはまずいよ」
「だって、このミミズの這ったような字、龍郎さん読めるの?」
「ああ……ちょっとムリかも。時間をかければ、半分くらいはなんとか」
「こういうのが得意な人に任せたほうが早いですよ」
「まあ、そう……あっ、青蘭。古文書解析アプリってあるぞ。ちょっと使ってみよう」
「有名大学の国文学教授を買収しちゃえばいいのに」
「まあまあ、それは奥の手で」
アプリを使ってみたが、漢字のすべてに対応しているわけではなかった。
肝心なところがわからないのだが、だいたいのつながりから推測をまじえて要約すると、こんな感じだ。
江戸時代の中ごろ、当時の家長が山道で倒れている宣教師に出会った。宣教師は山賊か猛獣に襲われたようだった。家長は宣教師を家につれ帰り、家人とともに手厚く看病した。
宣教師は大いに感謝し、一つの玉を家長に手渡した。これは日本国ばかりか世界を滅ぼす力を持つ玉です。何があっても守ってくださいと言い遺し、手当のかいなく亡くなってしまった。
宣教師が亡くなった夜、鬼が家を襲った。しかし玉をかかげると鬼が退散したので、家長はその玉をご神宝として山の頂上に祀った。
「うーん、宣教師のセリフの部分が読めないなぁ」
「だから、貰っていきましょうよ」
「いやいや。それは遊佐さんにちゃんと話して譲ってもらわないと。でも、しらばっくれられる可能性もあるから、写真だけは撮っとこう」
各ページの写真をスマートフォンで撮影して、原本は引き出しに戻した。
仏間からぬけだし、囲炉裏の部屋に戻ったあとも、青蘭は真剣に考えていた。
「宣教師から受けとったのか。じゃあ、もともと、キリスト教圏から渡ってきたんだな。アンドロマリウスが言うには賢者の石はもともと天界のものらしい。キリスト教との関連は深いはずだ。だから、なんで東洋の果ての日本で苦痛の玉が見つかったのか疑問だったけど、むしろこれで信憑性が増したね」
龍郎は前々から疑問に思っていたことを聞いてみる。
「なあ、青蘭。この世に悪魔とか、悪魔化した怨霊とか、そういうものが存在するのはわかったよ。それを退治するフレデリック神父や星流さんのようなエクソシストが世界中にはいるってこともわかった。でも、じゃあ、この世がキリスト教の世界観で成り立っているのかと言われれば、おれはそうじゃないだろうと思うんだ。青蘭はどう思ってるの? ほんとに天界とか地獄とかがあって、天使や悪魔がいるのかな?」
青蘭はたたんだ布団を椅子がわりにして座り、大好きなユニコーンを抱きしめた。
「アンドロマリウスもすべてを教えてくれるわけじゃないんだ。あいつは僕にも隠してることがある。あいつのほんとの目的がなんなのか、わからない。あいつの目的にアスモデウスが関係してることは間違いないけど。
ただ、賢者の石について、あいつが話してくれたことは嘘じゃないと思うんだ。天界とか地獄とか、あいつはキリスト教的な表現をするけど、たぶん、それは僕ら人間が理解しやすい言葉に翻訳してるんだと思う。現代的に解釈すると、次元の異なる外宇宙的な存在なのかなと僕は考えている。
最近の科学では僕らの宇宙にも、おそらくはミクロな存在として重なり存在する多次元宇宙が複数あると論じられている。天界とか地獄とかは、そのマクロバージョンなんじゃないかな。僕らの宇宙より、さらに高次な宇宙が存在しているが、人間の科学ではそれを感知することができない。やつらは、そういう世界に属する生き物なんだ」
龍郎は青蘭の説明を聞いて納得した。正直、天動説のあたりでキリスト教の論理は破綻しているし、昔から言われているとおりの天国と地獄がありますと言われても信じられない。
だが、青蘭の解釈なら、それは人類の科学がまだ到達しえない高度な存在——ということになる。
そういうものなら、たしかに存在しても不思議ではない。科学の常識は数年でぬりかえられるのだから。
青蘭の説明は現代人の龍郎の感覚に、ストンと落ちた。ただ、納得してしまったことで、じゃっかん不安になることもある。
「青蘭。この前のショゴスとか、前にアンドロマリウスが言ってた“古きもの”とかさ。いちおう調べたんだけど」
「ネットででしょ? ほんと便利な世の中ですね」
「二十世紀のアメリカの作家が仲間内で書き始めた架空の神話大系だって」
「クトゥルフ神話」
「うん。それ。今のおまえの説明だと、天使も悪魔も、それに近いんじゃないか? クトゥルフの神々っていうのは、遠い外宇宙で生まれた存在だっていうじゃないか?」
青蘭の答えは、あっけない。
「だから、同じなんでしょ? 人間が勝手に天使とか悪魔とかクトゥルフとか分類したけど、もとはと言えば、宇宙のどこか人間には見えない世界で誕生した強大な存在。やつらにも派閥があるみたいだから、それぞれの属する宇宙が異なるのかもしれないね。言ってみれば、みんな宇宙人だよ」
龍郎は嘆息した。
なんとなく、そうかなと思っていたが、現実的に受け入れられる答えを聞くと、今後の見通しが、より困難に思われる。
「じゃあ、天使だから人間の味方とかってわけでもないんだ?」
「僕は天使を見たことないけど、違うだろうね。たぶん、天使は悪魔より温厚で、人間が生存する上で衝突することの少ない性質の生き物なんだ。人と利害関係が一致することが多いんだろう。まれに目撃されたとき、人間がそれを善なるものとして受け止めただけなんだ。でも、それも彼らの一面でしかないだろうから、ほんとはすごく残酷な側面もあるかもしれない」
「なるほど」
このとき龍郎は、このまま悪魔退治を続けていれば、もっと深く彼らの世界にかかわりあっていくことになるのかもしれないと懸念した。
そして、それは決して杞憂ではなかったのだが……。
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