第6話 家守 その四
翌朝。
龍郎は青蘭と二人で神社へ行ってみた。たしかに歩いて行ける距離ではあった。
だが、結果として、龍郎たちは神社に辿りつくことはできなかった。
神社跡の今にも雑草に侵食されて消えてしまいそうな細い山道へ入りかけたところで、清美の父に会ったからだ。
「どこに行くんだ? そっちは道が崩れかけてて危ないよ。お客さん」
そう言われると無理強いもできない。
清文が仕事に出かけてからにしようと家に戻るものの、清文はこの日、仕事に行かなかった。
「お客さんたちも来たことだし、町に買い物に行ってきますわ。お客さんたちもいっしょに行くかね? 荷物持ちに男手が欲しいな」
自分たちの食料のことだ。これも断れない。
「じゃあ、おれ、行きますよ」
「龍郎さんが行くなら、僕も行く」
せめて青蘭だけでも監視から逃れさせようと思ったのに、ついてきてしまった。清文の軽トラックでふもとの町のスーパーに買い出しに行って、帰ってきたのは三時すぎだ。
それから三時のお茶に誘われて、自由になったのが四時。
「歓待されてるなぁ」
「邪魔されてるんですよ!」
「おれが買い物行ってるあいだに、おまえは神社を調べたらよかったのに」
「た……龍郎さんが僕を置き去りに……」
「ああっ、ごめん、ごめん。ウソ。ウソ。ずっといっしょにいような?」
「うん……」
なんだろうか?
この青蘭の強烈な甘えん坊ぶり。
ちょっと前までの愚民あつかいはどこへ行ったのだろうか?
嬉しいのだが、こんなときには少し困ってしまう。
思うに、ガードが固いぶん、いったん心を許した相手には、とことん甘えるタイプなのだろう。ようやく、龍郎になついてくれたのだ。もちろん、この特権をここで手離すわけにはいかない。
なんとか家の人に見つからずにぬけだすと、ふたたび神社をめざした。早くしないと、日が傾いている。
「なんで今日にかぎって、こんなに日没が早いんだ?」
「邪魔されてるんですよ」
「まさか、それはないだろ? いくらなんでも、太陽まで自在には操れないよ」
「結界のなかの天候くらいなら操れる。霧を発生させて曇天にすれば、日光が届きにくい」
「ああ、それならできるかな」
二人で細道へ入ったが、まもなく日が完全に落ちた。道に迷って、神社跡らしきところへ辿りつくことはできなかった。
ただ、迷っているあいだに変なところには出た。墓場だ。町中で見るような共同墓地ではない。個人の敷地のなかに建てられた先祖の墓のようだ。墓石の数が少ない。
「遊佐家の墓なんだな。古いなぁ。苔むしてる」
「迫力はありますね。こっちの小さいのは比較的に新しいですよ?」
「誰の墓だろう?」
墓石の裏にまわってみると、文字が刻まれていた。享年と生前の名前が記されている。苔が名前のところにかぶさって、一番下の文字しか見えない。美しいという漢字の“美”だ。
龍郎はドキリとした。
それは、もしや、遊佐和美ではないだろうか? 昨夜、清美から聞いた双子の妹。やはり清美の勘違いでも妄想でもなく、妹は存在したのだ。
「青蘭。これ、和美さんの墓だ」
「そう、ですね。文字が見えないけど」
「待ってろよ」
龍郎は苔を削ろうとしたが、意外にしっかりこびりついて、なかなかとれない。そうこうしてるうちに、うしろから清文が近づいてきた。
「お客さん、そこで何してるんだね? 暗くなって、危ないよ」
「すいません。散歩してたら道に迷ってしまって。ところで、このお墓、遊佐さんの家のご先祖ですよね?」
なにげないそぶりで龍郎が聞くと、清文は「うん。まあ、そうだが、このへんは野生の熊が出る。早く、早く」
手招きするので、しかたなく墓地を去った。帰りの道すがら、小さな墓石についても聞いてみる。
「あの小さなお墓は誰のものですか? 名前の下が美って書いてあったので、女の子だと思うんですが」
清美に妹などいなかったと言いはる清文。当然のことながら、否定してきた。
「あれですか。おじさんもよく知らんよ。たぶん、先祖の誰かの墓なんだろうなぁ」
「清美さんは妹がいたと言うんですよね。和美さんっていう双子の妹が。もしかしたら、その人の墓かなと思ったんですが」
「そんなわけないだろう。あんたたちも清美の夢に惑わされたんだね」と言って、清文は高らかに笑った。
「清美は子どものころ、空想の激しい子だったんだ。変な夢もいっぱい見たらしくてな。よく夜中にとびおきてきて泣いたもんだよ。そのうち、夢のことを、ほんとのことのように思ったみたいで、いよいよ空想癖がひどくなった。医者に診せようかと心配したくらいだが、子どものころにはよくあることらしいね」
「そうですか……」
家の事情で子どもを隠さなければならないのなら、龍郎たちが悪魔祓い師であることを話せば、打ち明けてくれるだろうか? しかし、家のなかに悪魔がいるなんてこと話しても、信じてもらえそうにない。
どうやって説得しようと考えているうちに、家についた。
とつぜん、清文が言った。
「あんたたちのうち、どっちかが清美と結婚してくれるかね?」
「えっ? それは、ちょっと……清美さんは友達だけど、そういう目で見たことはないので」
「あんたも?」と、清文は青蘭にたずねる。
青蘭は断言した。
「僕は一生、女と結婚する気はない」
「……じゃあ、ダメだ」
清文はくるっと背中をむけて、家内へ入っていった。よくわからないが、信用をつかみそこねたようだ。
「……おれたち、もっと大人にならなきゃいけなかったかな? 嘘も方便ってことわざが日本にはある」
「龍郎さんが清美と結婚するなんてイヤ。形式だけでもイヤ」
憤然としている。
昨日から青蘭は龍郎を舞いあがらせてばかり。
「おれが好きなのは、おまえだよ。青蘭」
今度は、青蘭も嘘つきとは言わなかった。ただ、だまって龍郎の手をにぎってきた。
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