第五話 家に帰るとき
第5話 家に帰るとき その一
店内にはやわらかな管弦楽の曲が流れ、やや暗い照明が、どこかなつかしいふんいきをかもしだしている。
調度品もいい感じにレトロな店だ。
ただし、カレー専門店だが。
「ねえ、愚民? 僕、洋食屋に行きたいって言わなかったっけ?」
「すいません。すいません。レトロな感じが見つからなくて! でも、カレーは美味しいですよ!」
「カレー専門店だからね」
「ですよねぇ」
「僕はオムライスが食べたかったんだけど?」
「すいません。すいません。すいません。もう一回くらい言っときましょうか? すいません。すいません。もういい? ダメ?」
カレー店の入り口で騒ぐ青蘭と清美を見て、龍郎は苦笑いした。
この二人がじつは従兄妹だったなんて、なんだか、ありえない気がする。
しかし、言いあうようすは、意外に気があってるふうに見えなくもない。攻撃的な青蘭と清美の天然っぷりが、うまく釣りあっている。
「まあまあ。こんなとこで立ってたら営業妨害だよ。な? 青蘭。おれ、カレーが食いたいよ」
龍郎がとりなすと、青蘭はきゅるんと潤んだ目で見あげてきた。長いまつげの陰から濡れた瞳がきらめいて、悩殺的に愛らしい。
龍郎はカレーより数倍、感覚を刺激されて困ってしまう。公衆の面前で鼻血を噴出するわけにはいかない。ましてや、股間を抑えるなんて、もってのほかだ。
「そう? じゃあ、僕もカレーにする」
「う、うん……そうしよう」
なんとか、話がまとまって席につく。
青蘭がキーマカレー、清美がグリーンカレー、龍郎はノーマルなビーフカレーをオーダーした。食後にはチャイも飲めるという。
料理が運ばれてくると、香辛料の香りが鼻腔をくすぐり、あれほど文句を言っていた青蘭も満足そうに微笑む。
笑顔がもどったところで、青蘭は言いだした。
「ねえ、清美。おまえ、僕の従兄妹なんだろ? 僕の父のこと、何か聞いてないの?」
それはもちろん、青蘭としては気になるところだろう。
青蘭は実の父のことを、これまでほとんど何も知らなかったのだ。エクソシストだったとわかったのも、つい先日だ。
すると、清美は口ごもった。
ちょっとドキッとしたようすにすら見える。いつもかけている大きな黒縁の丸眼鏡を外して、眼鏡ふきで磨きだした。眼鏡を外すと、意外と可愛い。オタクっぽさが半減する。
「なんなの? 言いにくいことでもあるの?」
青蘭に問いつめられて、ゴクリと唾を飲みこむ。
「……星流おじさんが何をしていたのか、聞きたいのはわたしのほうです。おじさんは、たまに家をたずねてきて、お菓子やお土産をくれる優しい人だったんですが、謎も多かったんですよね。死にかたを聞いたとき……あまり驚きませんでした。なんとなく、こんなことになるんじゃないかなという予感があったんです」
「というと、危険なことをしてるようなふんいきがあったわけ?」
「…………」
青蘭の質問に対して、今度は清美の答えがない。しばらくして、清美は反問してきた。
「お二人は祓い屋か何かしてるんですか?」
青蘭が不満げな顔になる。
龍郎はおかしくなった。
「思いっきり和風の言いかたをしたら、そうなるのかな? どっちかっていうと、青蘭のお父さんと同じエクソシストに近いんじゃないかな? 青蘭?」
「そうですね。僕は別に神父でも牧師でもありませんが」
清美は眼鏡をかけなおして考えこんでいる。
「エクソシスト……ですか。よくわかりませんが、とにかく、お二人には不思議な力があるんですね? 星流おじさんも、そうだったんですね?」
龍郎はうなずいた。
「まちがいなく、なんらかの能力はあった。青蘭ほど強い力じゃないけど」
星流の能力を継いでから、龍郎は自分の力をコントロールできるようになった。エクソシストとしての経験値が上がったのだと思う。それほど、星流が鍛錬していたということではなかろうか。
「そうですか。両親はわたしに言いたがらないんですけど、たぶん、わたしも少しだけ、そんな力があるんですよね。子どものころから、予知夢っぽいものは見るし。ぜんぜん、実生活で役に立つほどじゃないですけどね。
うちは昔、ご先祖がどこかの神社の神主だったらしいんです。それで、ご神体の神宝をずっと守っていたってことなんですよね」
ん? どっかで聞いた話だなと、聞きながら龍郎は思う。
しかし口出しするほどでもないかと、清美の次の言葉を待つ。
「あざとみことを祀る神社で、ご神宝は“あざとみことの右目”と言われていたそうです。ただ、わたしが生まれたときには、とっくに廃神社になっていて、ご神宝もうちにはほとんど残っていないんです」
「あざとみことって、どんな字?」と、青蘭が言った。
清美がコップの下から紙のコースターを手にとると、青蘭が万年筆のキャップをとって、さしだす。キャップを口にくわえて外す癖があるので、妙にエロい。
「こうです」
そう言って、清美が書いた字は——
“痣人命”
なんだか、とても禍々しい……。
龍郎は思わず、うなる。
「怖い。字面が怖いよ」
「ですよね」と、清美も苦笑した。
「うちの家を守ってくれるパーソナルな氏神様だったらしいんです。でも、明治時代の初めくらいに、神社に雷が落ちて全焼してしまいました。そのときご神宝が割れて、
青蘭は何か気がかりなようす。緊張した表情でたずねる。
「ねえ、そのご神宝って、なんだったの? 割れたっていうけど、鏡とか、皿とか?」
なんとなく、すでに予感があった。龍郎もだが、青蘭だって、そう思うから、そんな険しい顔をしているのだろう。
清美は事情を知らないから、無邪気に答える。
「玉ですよ。このくらいの大きさの、もともとは綺麗な玉だったそうです。少し青みがかっていて、キラキラして、ガラスか何かだったんですかね? 夜空が澄んで星が遠くまで見渡せる日には、歌うような音が玉から聞こえたそうです」
手で大きさを作りながら清美が言うのは、まさしく——
「賢者の石だ」
青蘭はつぶやいて、深々と椅子に沈みこむ。
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