第1話 魔女のみる夢 その八
学園に戻ると、まもなく放課後になった。
クラスに行くと女の子たちの襲撃を受けるので、そのまま、ぶらついていたのだが、中庭で運よく、坂本久遠に出会った。音楽室の外で一人でベンチにすわって本を読んでいる。
こうして見ると、教師と禁断の恋をするような子には見えない。もっとも、十七、八の女の子だ。教師とそんな関係になったというのなら、本気で相手を好きなのだろう。完全に神崎にだまされている。
(うーん。なんとかしてやれないかな?)
考えながら近づいていくと、久遠のほうから話しかけてきた。
「本柳先生でしたよね? わたしと神崎先生がキスしてるの、見てたでしょ?」
「う、うん」
やっぱり積極的な生徒だ。
龍郎のほうがあわてふためく。
「えーと、本気なの?」
「うん。わたしは今年で卒業だし、生徒でなくなれば自由恋愛よね? もうすぐ卒業式なの。だまっててくれる?」
「……わかった」
説得できる気がしなかったので、あっさり了承する。ガックリと敗北感に打ちのめされた。
久遠はクスクス笑いだした。
「なんか、本柳先生って可愛いなぁ。親戚のお兄さんみたい。こんなにイケメンの従兄弟はいないけど」
「褒められてるんだろうか? けなされてるんだろうか?」
「もちろん褒めてるよ」
なぜかわからないが場がなごんでいる。龍郎はもう一つ気になっていることを聞いてみた。
「坂本さん。さっき、授業をぬけだしてホテルに行ったかな?」
久遠はうなずいた。
「行ったよ。伯母さまが来てるっていうから、面会に」
「ああ。なんだ。伯母さんに会いに行ったのか」
「うん。本家の伯母さん。うちのお父さんは次男だから。伯母さんが援助してくれるから、お父さんの事業がうまくいってるんだ。本家の系列の中小企業なんだよね」
「そうなんだ。お金持ちにも、いろいろ事情があるんだな」
「うちのは小金持ちって言うんじゃない? 本家は大金持ちだけどね。わたしがこの学園に通えたのも、伯母さんのおかげだし」
「へえ」
「卒業祝いにちょっと早いけど、会いにきてくれたんだって」
「そうか。いい伯母さんがいて、よかったな」
でも、神崎先生には気をつけるんだぞと言おうとしたとき、久遠のスマホが鳴った。メールだったようだ。
「伯母さんからだ。今夜、卒業祝いのディナーをいっしょに食べましょうって。しょうがないね。ほんとは、めんどくさいんだけど。わたし、シャワー浴びて支度するから、これで」
ため息をつきながら、久遠は歩いていった。金持ちも大変らしい。なんの制約もない龍郎は、じつはとても幸せなのかもしれないと考えた。
そのあと校内をぶらついてみたが、これという収穫はなかった。校長室へ行き、わけを話して行方不明者の名前を教えてもらい、ホテルに帰ることにした。
校長室を出ると職員室があり、その近くが保健室だ。保健室の前を通ったとき、なかから声が聞こえた。
「ねえ、リーネ。今日、副担任の先生、来たわね」
「来たよ。校長が理事長に押しつけられたみたい」
「またなの? いつもの下見かな?」
「来年、となりの敷地に男子校作るらしいんだよね。そのための人材確保じゃない?」
「そうなんだ? また……かなって思っちゃった」
「ほんと、強欲だよね。あの女狐」
「リーネ、毒舌なんだから」
くすくす、くすくすと、忍び笑いがもれ聞こえる。
すりガラスの窓のなかには、二人の若い女の姿が見える。少しぼやけているが、一人が白衣を着ているから、保健の美月先生と一年A組の担任、白石先生だろう。
(強欲? あの校長が? そうなのかな? 優しそうに見えたけど)
人は見かけによらないから、人畜無害な顔をして、じつは食わせ者だってこともある。
しかし、なぜだろうか?
たった今、耳にした会話。
その内容以上に、龍郎は違和を感じた。何かがおかしい。何かが、龍郎の認知している事実と相違していた。
その微妙なズレを特定できないまま、龍郎は首をふりふり、ホテルへと舞いもどった。
*
プレミアスイートルームに帰ったとき、青蘭は部屋中を家探ししていた。部屋と言っても一部屋ではない。主寝室のほか、ゲスト用のサブ寝室が五つ。リビングルームは二つ。その一つにはバーがあり、風呂場は浴槽つきが二つとシャワールームが一つ。ベランダにはジャグジーがある。
そのすべての部屋がハリケーンでも通ったか、国税局が査察でもしていったあとのような状態だ。
「あ、龍郎さん。おかえりなさい」
ソファーの背もたれの上に乗って、天井の排気口をのぞきながら、青蘭がにこやかな笑顔をむけてくる。
「うん。ただいま……」
「龍郎さんのほうが背が高いから、僕より奥が見えるんじゃない? ちょっと、こっち来て」
「何してるの?」
「おじいさまの隠し財産を探してるんですよ」
「ああ……そうだったっけ」
片づけるのが大変そうだなぁと、室内の惨状を見まわしながら、龍郎は嘆息する。とは言え、賢者の石が隠されているなら、それは欲しい。
昼間、青蘭のなかのアンドロマリウスは、龍郎の持つ“苦痛の玉”をよこせと言った。賢者の石をそろえることに、何か特別な意味があるのかもしれない。
単純に悪魔退治するとき数が多いほうが有利なのかもしれないが、それならそれで、退魔の道具になる。
「そういえば、青蘭は前、おれの部屋に来たとき、変わった匂いがするって言ってたよね? あれって、おれのなかにある苦痛の玉の匂いだったんじゃ?」
「ええ。たぶん、そうでしょうね。人の体内に入っていると、匂いを感知しにくいみたいです」
「じゃあさ、このホテルのなかに、あのときと同じような匂いはしないのかな? もしあるなら、賢者の石が隠されてる可能性が高いってことだろ?」
「悪魔の匂いと違って、聖遺物の匂いはわかりにくいんですよ。きっと、僕のなかに悪魔を飼ってるから、似たような匂いに敏感なんだと思うんです。悪魔は悪魔同士、感応しあうんでしょう」
「なるほどね。そう言われると納得」
「それに、本物の聖遺物だとはかぎらないし。偽物なら、ただのガラクタだ」
「あっ、そうか」
「だから、龍郎さん。ここ覗いてみてくださいよ」
「うん。わかった」
場所を入れかわろうとしたとき、青蘭が足をすべらせた。あわててかけより、龍郎は青蘭の体を抱きとめる。
目の前に青蘭のお尻が来たので、龍郎はあわてふためいた。
これまで見入ったことがなかったが、きゅッと上向きの丸みをおびた小さな尻。女性ほどふくよかではないものの、小ぶりで抜群にエロい。男が欲情するには充分である。
(か……可愛い)
ヤバイと思って、目を閉じた。さわりたい衝動を抑えるのに苦労する。美女の尻より、青蘭の尻のほうが破壊力が高い。
「ああッ。なんかある」
急に青蘭が大声を出した。
「ほら、あそこですよ。龍郎さん」
「う、うん……」
「ちょっと、このまま支えてて」
「あ、ああ……」
換気口の蓋を外したあとの穴へ、青蘭は手をつっこむ。やがて、とりだしたとき、その手に何かにぎっていた。
「なんでしょう? これ」
「うーん?」
龍郎は青蘭と頭をならべて、それを見つめた。
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