第1話 魔女のみる夢 その六
橘笑波と話したい——そう思ったものの、昼休みが終わってしまった。
そのあと、生徒たちは午後の授業があり教室へ帰っていった。
龍郎はしかたなく、校舎のなかをぶらぶらする。
校長先生の許可を得て、行方不明になったことのある生徒の名簿をもらおうかとも考えた。青蘭の名前を出せば、「じつは生徒たちの消失事件について調べにきたのです」と言っても協力してくれそうな気がする。
(えーと。校長室は、こっちだったかな?)
迷いながら廊下を歩いていく。
どこからか女の子たちの透きとおる歌声が聞こえてくる。ふだんはアレだが、歌声は天使のようだ。女子校の
廊下のかどをまがろうとしたときだ。
行く手に人影が見える。
スーツを着た男が一人の生徒と話している。いや、話しているというか……あれは、もしや、ラブシーンだろうか? いやにベタベタして、距離が近い。
じっと見ていると、生徒の顔をのぞきこんでいた男が、すうっと頭をさげていき、口と口が接触した。
未成年者に対する淫行ではないかと、龍郎はあわてた。が、とりあえず心を落ちつけてみる。
(そうだ。たしか、生徒の保護者や身内は教員がついていれば、学園内の視察ができたはずだ。もしかしたら、あの生徒の婚約者かもしれない!)
きっとそうだろうと納得しかけていると、二人は離れた。
龍郎が近づいていくと、男は教員の身分証を首からさげていた。フルネームは
生徒のほうは、
信じられないが、教師が生徒に手を出す現場を目撃してしまった。
神崎はなかなかのイケメンだ。青蘭ほどではないが、ちょっと中性的な印象の細身の美形だ。
龍郎を見て、さわやかに微笑んでみせる。生徒とキスしていた直後なのに、まったく動じたようすがない。正直、龍郎のほうがたじろいだ。
「は……初めまして」
「初めまして。新任の先生ですか?」
「はい。今日から一年A組の副担任になりました。本柳です。よろしくお願いします」
「僕は三年C組の担任の神崎です。よろしく」
そう言って、神崎が手をさしだしてくる。さっきのはなんですかと聞きたいが、聞けない。ここは聞くべきだろうか?
迷いながら手をとろうとしたときだ。神崎は急に顔をしかめて、さしだしていた手をおろした。どうかしたんだろうかと思っていると、久遠がふらりと倒れかけた。神崎がすかさず、久遠の手をつかむ。
「顔色が悪いね。大丈夫か?」
「すいません。ちょっと気分が……貧血かも」
「保健室に行こう」
神崎は久遠と二人で歩きだす。
淫行教師と保健室で二人きり……。
なんだか、ほっとけない。
龍郎も心配するふりをしてついていった。
しかし、案ずることはなかった。保健室につくと、保健教諭が在室していた。若い女の先生だ。美人というよりは、ジプシーの娘みたいなふんいきの個性的な顔立ちをしている。
「坂本さん。どうしたの?」
「貧血みたいで……」
「ダイエットしてる?」
「えっと……ちょっと」
「過度なダイエットは禁物よ。ココアいれてあげるわ」
話しているのを見て、龍郎は安心して保健室をあとにした。
すると、あとから神崎がついてくる。
二人きりになったので、龍郎は聞いてみた。
「さっき、坂本さんとキスしてませんでしたか?」
「まさか! コンタクトがズレたって言ってたから、見てあげてたんですよ」
「そんなふうには見えなかったけどな」
神崎は「ハハハ」と笑い声をあげる。
「本柳さん。そんなに堅苦しいと、ここじゃ、うまくやっていけませんよ? あなただって一生、教員をやってるより、いい人生を送りたいでしょ?」
ピアノを弾くような動きで手をふって、神崎は去っていった。
どうやら逆玉狙いのようだ。たしかに顔はいいから、その気なら選びほうだいだろう。
校長に報告すべきだろうか?
しかし、龍郎が調べているのは生徒の行方不明事件だ。そこまで口出ししている余裕はない。
ため息をついていると、背後で足音がした。ハッとしてふりかえる。
男が立っていた。女子校だから、ここにいる男は基本的に教師だ。まるで生徒かと思うほど小柄だったが、たぶん教員なのだろう。遠目に身分証を首にかけておくための青いストラップが見えた。男はスマホを片手ににぎりしめ、逃げるように走っていく。
(スマホ? まさか、盗撮してたのかな?)
なんだか教師たちのキャラが濃すぎる……。
放置もできないので、龍郎は追ってみた。体力差のせいで、すぐに追いついた。相手は息を切らしているが、龍郎はこのままフルマラソンでもできる。
「今、盗撮してましたよね?」
「知らない!」
「いや、してましたよ。何、撮ってたんですか? 校長先生にバラしますよ?」
すると、男はすぐに平伏した。権威に弱いタイプらしい。身分証には山根と書かれている。
「おれはただ……証拠を集めてただけだ」
「証拠?」
「そうだよ。神崎には気をつけろ」
山根はすてゼリフを吐いて去っていった。どうやら、神崎先生の淫行をさぐっているようだ。
(まあ、あの先生には逆玉はムリだろうからな。ヤキモチ妬いてるのかな? とすると、教員どうしの足のひっぱりあいか)
一見、平穏に見える女子校にも、いろいろあるのだ。
龍郎は疲労を感じて、ホテルへと戻っていった。時刻は三時すぎだ。ちょっと休憩したい。
ホテルにつながる渡り廊下まで来たとき、前を歩く二人の人物に気づいた。
二人とも高そうなスーツを着た
「では、よろしく頼むよ」
「はい。お任せくださいませ。話は順調に進んでおります」
「前々から男子校も作ってほしいという要望は高かったからな」
「さようですね。今のままでは女性しか……できないので」
「理事たちは懐柔できているんだろうね?」
「もちろんです」
話しながら渡り廊下へと入っていった。
(なるほど。株主と学園の経営者ってところかな? 金持ちの女の子だけじゃなく、金持ちの男の子も通わせたいわけか。利潤は倍になるもんな)
二人のあとを追うように渡り廊下を歩いていく。ホテル側の扉をあけ、ロビーに入ったときには、さっきの外人風の男は、エレベーターのなかへ消えていくところだった。
まあ、男子校を増設する話題は行方不明には無関係だろう。
龍郎もとなりのエレベーターに乗りこむ。最上階でおりたとき、薄暗い廊下の奥をよこぎっていく亡霊のような影を見た。ポニーテールをした少女の姿だ。聖マリアンヌの制服を着ていた。
(あれ……? 今の?)
さっき神崎とキスしていた女の子だったような?
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