第61話 授業風景
さて、マルコさんとの会話の翌日、私たちはミリアーヌ様の護衛として学院に来ている。
ここは貴族院第1学年の基本教室であり、ミリアーヌ様とその同級生は、午前中はここで座学を行い、午後は別の専門教室で学んでいる。
教室は緩く傾斜があり、前の方に教卓が置かれている。
舞台のない劇場というか、私の通った大学の講義室がこんな形だった。
傾斜にはテーブルとイスが備え付けられており、ミリアーヌ様達生徒が座って教師の話を聞いている。
私たちは、教室の後ろ。使用人用の空きペースがあってそこに立っている。
思えば貴族用の授業をタダで聴けるとは、報酬以上の贅沢だな。
「では、今日はここ、カタルス共和国の歴史について話をしよう。」
男性の教師が、堂々とした声で講義を始める。見たところアントンさんより年上。学院の教師について詳しくないが、少なくとも新任ではないだろう。
「共和国を知るにはまず王国の歴史を知らなければならない。そのため先週までは、王国が領土を拡大し小国を平定したことや冒険者の成り立ちなどについて話してきたわけだ。」
「ではその後だが、ある程度国としての形ができた王国、正確にはそこを支配するグラント王家は支配をより盤石にするため、権力の集中を始めた。これを王家の集権と呼ぶ。具体的には、王家の権限の増加と貴族の権限の縮小。そのための直轄地の増加だ。」
「だが、直轄地を増やすにはそこを治めていた貴族が邪魔になる。王家は色々と理由をつけて爵位の剥奪を始めた。まあ、実際は王家に反抗的な貴族の排除が主目的で、その結果の集権ではないかと、最近の研究では考えられているのだが。」
教師はそこまで説明し、教室をぐるりと見回す。
生徒達は皆真剣に話を聞いていた。マルコさんの話では勉強が主目的ではないというが、ならば真剣なポーズが周囲へのアピールなのかもしれない。
私は真面目で良い人間ですよ、と。
授業は続く。
「そして剥奪を受けた貴族の1人に当時のユリウス家当主、カード・ギ・ユリウスがいた。カードはユリウス家と彼に賛同する9家、合わせて10家と彼らを慕う騎士や領民を連れて、アプルス山岳地帯を抜け、現在の共和国の北に広がるカナンの地にやってきた。この際に、山岳地帯に住む山の民らに助けられたことから、伝統的に友好関係が築かれている。」
「カナンの地には既にいくつかの部族が住んでいたが、大きな国にはなっていなかった。アプルス山岳地帯から来るナシノ大河が度々反乱を起こしていたことが大きな理由の1つだったと考えられている。そして当時最も栄え発展していた王国の貴族であったカード達は治水事業を実施。これに成功する。この際に知識を提供するカード達と労働力を提供できる原住民達との利害が一致したことで、カードらは特に血を流すことなく定住することが出来たわけだな。」
「そして、程なく10人の貴族と各部族の族長らの合議制が行われ、これが共和国の前身となるわけだ。現在は知っての通り、貴族の中から10年ごとに行われる選出投票によって選ばれた10人の貴族、代表貴族らで作られる共和議会によってこの国は運営されている。なお、この当選は連続2回までで3回目は候補から外される。特定の家が国の政治を牛耳ることがないようにだな。」
「同時に、国政に関わらない期間があることで、各貴族の得意分野を生かした、芸術都市などの特色ある都市が生まれたわけだ。」
「そして王国との関係だが。そうだな、生徒ミリアーヌ。」
「はい!」
突然の指名に、しかしミリアーヌ様も動じることはない。
「現在、共和国と王国には国交があるが、これがどのようにして結ばれたかを説明してみなさい。」
「はい。まず、共和国が出来てからしばらく、両国には国交はありませんでした。これは政治的な理由もですが、アプルス山岳地帯と広大で魔物も多く出るゴラン大草原があり、陸路による行き来が難しかったことも原因だと思われます。」
教師は特に口を挟まない。
ミリアーヌ様の言葉は続いていく。
「そして今から800年ほど前、現在のクチュール海洋都市群に海洋ギルドが設立され、造船技術の発展と海路の発見が続き、遂には両国の行き来が活発となります。」
「というのも、歴史的な背景も既に当時の人々にはあまり興味がなく、王国は共和国の作る魔道具などの発明品が、共和国はその材料となるエルバギウス大森林産の魔物の素材を求めており、利害の一致から国交が一気に活発化。遂には、当時の国王ナハイル3世と共和議会の間で平和条約が締結され今に至ります。」
そう言って、ミリアーヌ様は説明を終えた。
教師の反応はというと、
「素晴らしいな、生徒ミリアーヌ。文句のない回答だ。今彼女が言った通り、共和国と王国は利害の一致から国交が結ばれた。これは、共和国と王国の得意分野が違うからこそだ。今後もそれぞれの得意とする分野である知と武に誇りと敬意を持ち、良い関係が続くことを願っている。」
「では、話を戻して、定住後のカードらについてもう少し詳しく話すとしよう。」
教師の授業は続く。
なんにせよ、ミリアーヌ様が合格を貰えたようで、大丈夫だと思っていた私たちも、軽く胸をなで下ろすのだった。
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