吐き気を催す英雄の冒険譚

おかか貯金箱

プロローグ



「幸せな人生だった」


そこはここでは無い別の世界。魔法が存在せず、知恵と多くの努力で驚くほどに高度に発達した科学文明と呼ばれるものを享受する異世界。馬もなく鉄の箱が高速で動き、気の遠くなる距離でも会話がなされ、世界中の情報を一瞬で知ることが出来、ついには人々が空を行き来する、そんな世界。


四角い部屋の白いベッドの上で、1人の男が今まさにその人生を終えようとしていた。

夜なのか、月明かりが入る程度の部屋は暗く男の表情はおろか顔もよく分からない。


先の言葉はこの男の呟きなのだろう。

誰に聞かせるでもなく、思わず漏れたような自然な一言。

学校と呼ばれる教育機関では、体が弱いことと何より醜い顔立ちからいじめという攻撃を10年以上受け続けた。

社会で働くようになった後も、奴隷のような立場で周りから蔑まれ、罵倒され、努力が報われる事もなかった。

友人もおらず、ましてや恋人も伴侶も得られず、体を壊し、辛く苦しい闘病の末、45歳という彼の国の平均寿命からは明らかに短い一生を終える。

その人生を「幸せ」と呼べる者がどれだけいるだろうか。


しかし、それは強がりでも嘘偽りでも無かった。

彼は、確かに多くの人間から嫌われたが、それでも彼の家族、両親と姉と弟は、心から彼を愛していた。彼もまた、家族を愛していた。

それだけで彼は、生まれてきてよかったと、心から思えるのだった。


しかし、これら全ては過去形の話。

辛く、されど幸福な男の短い人生が今、幕を閉じる。

もしも彼に次の人生なるものがあるならば、幸多き人生となることを願わん。

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