優しい人が救われる看病すごろくゲーム

ちびまるフォイ

金を捨てれば痛みは免れる

案内された部屋にはすごろくが1つだけ置いてあった。

そして、参加者1人につき3人の病気者があてがわれる。


『病気者を死なないように看病してゴールしましょう。

 最初にゴールした人には生存している患者の数だけ

 たくさんのお金が手に入ります』


患者には呼吸器がつながれてベッドで横たわっている。


「おい、さっさとはじめようぜ。

 もたもたしてすごろくが終わる前に死なれたら貯まったもんじゃねぇ」


男と女、そして俺の3人がすごろくをはじめた。


「それじゃまずはオレからだな。

 悪いがさっさとクリアさせてもらうぜ」


男がサイコロを振り、自分のコマを進める。

進んだ先のマスに文字が浮かんでくる。


『自分の患者のひとりに注射をしてください』


すごろくの置いてあるテーブルに注射器が1本出てきた。


「へへ。こんなの簡単だ」


横たわる自分の「持ち患者」の1人に注射をすると、

カッと目を開けて患者はベッドの上でのたうち回った。


「ーーッ!! ーーーーッ!!」


声は出ない。すぐに注射されたものが激痛を伴うものだとわかった。

患者に繋がれている心電図は一気に乱れる。


「ちょっと! なにしてんのよ!?」


見ていた女は悲痛な叫びを上げて応急手当をしようとする。


『自分以外の患者に触れることはできません』


それを事務的な音声が遮った。

患者はしばらく暴れた後、ぐったりとしてしまった。


「へ……へへ、驚かせやがって。

 死なれちゃ患者がひとり減って実入りが少なくなるところだった」


「あんた何も思わなかったの!? おかしいわよ!!」


「いいから次ふれよ。お前だろ?」


女は次にサイコロを渡される。

コマを進めると女への命令がくだった。


『自分の患者のひとりを強く蹴飛ばしてください』


「ムリよ……そんなことできない……」


「おい! なにもたもたしてやがるんだ!

 こっちの患者が衰弱して死んじまうだろ!!」


「だってこんなに弱ってるのよ!?

 なのに蹴るなんてそんなことできない!!」


「だったら、蹴った跡でケアすればいいだろ!」

「早くしろ!」


モタつく女にイライラして俺も声を荒げてしまった。

女は自分の罪の意識と葛藤しながら、そろそろと患者に足をあてた。


『弱すぎます。もう一度やり直してください』


「えい」


『弱すぎます。もう一度やり直してください』


「この!」


『弱すぎます。もう一度やり直してください』


「やってるって!」


『弱すぎます。もう一度やり直してください』


「なんでよ!」


『弱すぎます。もう一度やり直してください』


「このーー!!!」


ボスッと嫌な音がした後、床に寝かされた患者はゴロゴロと転がり部屋の壁に背中をうちつけた。


「ああ!! ごめんなさい、ごめんなさい!!」


女は慌てて患者をベッドに戻して傷の手当を行う。

患者につなぎ直された心電図はまた少し乱れていた。


「次は俺か」


コマを進めると次の指令が表示される。


『自分の患者の呼吸を止めてください』


患者の呼吸器をはずし、頭を支えいた枕をぬくと顔を覆った。

溺れたようにもがく患者の腕を無視して必死に枕で押さえつける。


『完了しました』


枕をとって呼吸器をつけ直すと患者が弱っているのがわかった。

できる限りのアフターケアを済ませて患者の調子を整える

「だいたいわかったぜ。こうしてすごろくを進めていけば

 患者を弱らせるようなお題が出てくるんだろ。

 そして、自分の患者を死なないようにケアしながらゴールするってわけだ」


「ひどい……」


「次はオレだな」


男はサイコロを振ってコマを進める。


『患者のひとりをむち打ちにする』

「はいはい」


用意されたムチを手に取ると、患者を吊し上げて何度も体にうちつける。

乾いた音が鳴り響いて患者の体にムチの跡が残る。


「ちょっと! なにも感じないの!?」


「感じないようにしてるんだよ。

 いちいち気にしてたら最初からこんなの続けてねぇ!!」


男は無事むち打ちを終わらせた。

ベッドに戻すと心電図には波が現れなかった。


「うそ……」


「んだよ。死んじまったのか」


「人殺し!! この人殺しーー!!!」


「次はあんただぜ。ヒス女。やるのか?」


女は差し出されたサイコロを払い落とす。


「いい加減にして!! こんなのもう限界!!

 あんたたちおかしいわよ!! こんなの続けられるわけない!!」


『看病者を辞めますか?』


「当然よ!! こんなひどいこと続けられない!

 ここを出てこいつらサイコパスを訴えてやる!!」


『看病者が患者になりました。

 ゲーム終了まで加虐に耐えてください』


「え」


女の顔が真っ青になった。

体から抵抗する力が失われたのかその場に倒れてしまう。

やがてベッドが運び込まれ呼吸器と心電図が取り付けられる。


「すごろくを途中で辞めるってわけにもいかねぇのか」


『追加患者がひとり増えました。

 看病者たちでサイコロを振り所有者を決めてください』


「じゃあ大きい目を出したほうが」

「ああいいぜ」


俺の目はこともあろうに「1」。あえなく敗北してしまった。


「ハハハハ。ちょうどひとり死んじまったからちょうどいいや。

 プラスマイナスゼロ。これでゴール賞金も減らずにすんだ」


女は恐怖で目を血走らせていた。


「おい、せいぜい簡単にくたばってくれるなよ?」


今度は俺がサイコロを振ってコマを進める。

できるだけ負担が分散するように3人の患者のうちバラバラにしていった。


「さっさとサイコロをよこせ。次は俺だ」


男はサイコロを振って次に進める。

与えられた虐待をなんなくこなしていく。


虐待先の患者をバラバラに分散させる俺に対して、

男はいつも同じ人間を痛めつけていく方法だった。


すごろくの終盤でそれが明暗を分けた。


「おい、お前の患者はずいぶんボロボロじゃないか?

 それ以上続けたら死んじまうんじゃないか?」


「く、くそ……!」


全員を順番に痛めつけた俺の患者は全員がすでに瀕死になっていた。

一方で男の患者は1人がまた死んだところで2人は無傷。


1度でもダメージを受ければ心が弱ってしまうのか、

分散させた結果でどの患者もダメージ以上に瀕死になってしまった。

俺の戦略は間違いだった。


誰かひとりを集中攻撃したほうがまだ保たせることができた。


「で、次はお前の番だぜ? 振るのか? ん?」


俺の番だがこれ以上進めれば誰かが死ぬのは必至。



『手番をスキップして看病しますか?』



「それしかない……か」


俺は今回はサイコロを振らずに患者の看病に努めた。

それにより多少患者の容態は回復したが、1回休みの差は大きい。


「さあ、どんどん行くぜ! 先にゴールしなきゃなんにもならねぇ!」


男は少額であったとしてもゴールして賞金を手に入れようと進めていく。

もはや患者を痛めつけるのは作業の一環になっていた。


「よーーし、ゴール目前。次であがりだな。

 お前の番だぜ? といっても、もう逆転はムリだろうから、パスしたらどうだ?」


「まだ……まだわからないだろ」


もう患者のことを気にかけている余裕はなくなった。

サイコロを振ったが男との差を埋めることはできなかった。


そして、マスにある指令を確認する。



『ラッキー! 好きな人を患者にできる』



それを見た男の顔がひきつった。


「ま、待てよ……! それはナシだろ……?」


指名された男はその場に倒れてベッドに寝かされた。

これでもう邪魔する人はいなくなった。ゆっくりゴールまで進める。


男を虐待の対象として集中砲火しながら、

あと一歩まですごろくを進めていく。


「……もうゴールか」


俺は自分のコマを指で少し後ろに戻した。

サイコロを振って進めると、攻撃の指示がくだる。


「ふふふ」


男の顔が変形するまで殴り飛ばした。

次であがりにあらないようにコマを後ろに戻す。


サイコロを振り次の命令が出てくる。

男の口に赤く熱された鉄の板を放り込む。


「ははは」


コマを戻してからサイコロを振る。

男を振り返るともう動かなくなっていた。


「……なんだ。せっかく面白くなってきたところなのに」


さんざん煽られてきたので男をぶちのめすのは爽快だった。

でも男は死んでしまったのでもうこれ以上何もできない。


サイコロを振ってゴールへと進んだ。


『おめでとうございます。

 生存患者3人につき賞金を受け取ってください。


 これで全てのゲームが終了です』


患者3人に合わせた山積みの賞金が運ばれてきた。


「やった! これ全部俺のものだ! あはははは!」


すべてのゲームが終了し、俺は看病者ではなくなった。

まもなく背後から感じる殺気に背筋が凍った。


恐怖で振り返ることもできず俺はただ叫んだ。


「こ、この金はすべてやる! だから俺を痛めつけないでくれーー!!」


患者を終えた人たちはニコリと笑っただけだった。

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