人格スマホは使いこなせない

ちびまるフォイ

自分の意思でなにかを決めること

「今回は被験者応募ありがとうございます。

 それでは疑似人格AIのテストをよろしくおねがいします」


「あの、具体的に俺は何をすればいいですか」


「いえ、別になにもしなくていいですよ。

 あなたの人格や人柄をスマホに理解させる必要があるとはいえ

 あなたから特別なにかする必要はありません」


「はぁ」


「では、このシールをどうぞ。おでこに貼ってください」


おでこにシールを貼った。

恥ずかしかったがベージュ色なので目立たない。


「そのシールであなたの脳波を分析し、

 あなたが求める内容などをAIが取り込みスマホに出します」


「だ、大丈夫ですか? 逆に脳波いじられたりして

 脳みそ爆発したりしないですか!?」


「そんな恐ろしいものを商品化しませんって」


研究所を出ると、専用のスマホを渡された。

これから一定期間をこのまま過ごして、期間に応じた金が入る。


「ふぅ、難しい説明を聞いたからなんだかお腹が減ったなぁ」


誰もいない場所でふとつぶやくと、

スマホAIが自動計算をしはじめて飲食店をリストアップした。


「おお、脳波を分析して出してくれたのか!

 これは便利な……ってなんじゃこりゃ!」


けれど、リストアップされたリストは使い物にならなかった。


遠すぎてとても行けない店や、

高級すぎて中にすら入れないお店、

さらにはすでに閉店している店まで出していた。


結局、スマホには頼らずにひとりで決めた食べ物屋さんで済ますことに。


「まったく使えないなぁ。まあ、こういうテストもかねてるんだろうな」


暗くなった画面を見つめていると、勝手にスマホが動き出した。


「な、なんだ!?」


スマホは人通りの多い横断歩道で待っているにもかかわらず、

エッチな写真を最大画面で表示し始めた。


「うおおおい!!」


慌てて電源を消そうとしたがすでに遅く、

俺の後ろで信号待ちをしていた女子高生の一団に見られてしまった。


「うわ、あの人あんな場所で見てるよ」

「おじさんてほんと配慮がないよね」

「私達のこともあんな目で見てるのかな」


怖くなって電源を切ったまま家に帰ってしまった。


「まったく……このスマホは使えないってもんじゃないぞ。

 脳波を分析するのはいいけど、遠慮がなさすぎる」


たしかにふとエッチな想像をしていたのは認めるが、

それをいきなり画面に反映させるとは思わなかった。


機械にはそういう部分の理解ができない、


「やれやれ……出先で使うのはやめておこう……」


スマホの起動時間がイコール報酬金につながるので、

まだ検証というか俺のサンプリングを続けるために家でスマホを使うようになった。


それから数日後、スマホは劇的に便利になっていった。


「なーーんか、お腹へってきたなぁ」


ふと、言葉にするよりも早くスマホが食べ物をリストアップする。

その日は外食する気分じゃなかったので、リストアップしたのはレシピが多かった。


「あ、これ食べたいな」


リストアップされた食べ物はまさにいま自分が求めるもの。

自分の力量に応じつつ、実現できるレベルのものばかりだった。


料理後に食べながらスマホを眺めると、

ちょうど見たかったニュースがスマホに触れずとも表示される。


「いやぁ、便利になったもんだなぁ。

 最初はあんなに使えないと思ったけど、もう手放せなくなった」


脳波を解析して動作するスマホの便利さになれてしまったら、

今度は逆に普通のものがトロすぎて耐えられなくなった。


「え? 今どき電源ボタンを押さないと点かないの!?」

「音声検索とか、いちいちしゃべるのもダルくない?」

「スマホを指で操作して首を傾けるなんて、身体悪くするぜ」


友だちの前ではことさらに被験者用のAIスマホを持ち出しては

手を使わずにスマホを操作してみせた。


まるでマジックを見ている観客のような反応する友達を見て達成感を感じた。


「あははは! 時代は脳波スマホだな!!」


使い込めば使い込むほどにAIは進化していく。

自分好みに寄せられ、自分の特徴をつかみ、自分のために動いていく。


『マスター。先日の書類をこちらで処理しました』


「え? 書類って……仕事のやつだろ?」


『はい。クラウド上にアップされていた書類を見つけ、

 こちらですべて入力及び設定を完了しました』


「嘘だろ!? すげぇ! ついに考えるよりも先に処理したのか!」


AIはますます磨きがかかり、先回りして動けるほどになった。

すべて先回りしてくれるので音声を出して報告するように設定をした。


「そういえば、自分で仕事をしたのはいつだっけなぁ?」


もはや自分がやるよりも、自分と同じ思考パターンのAIのが便利。


『マスター。本日の業務内容をこちらで先行して処理が終了しました』

『マスター。本日に合わせた料理をすでに手配しています』

『マスターに合わせた恋愛対象をマッチングいたしました』

『マスター。家に足りなかった備品を発注いたしました』

『マスター』

『マスター』

『マスター』 ...




「それ、お前がAIに乗っ取られてないか?」



ある日、このスマホの便利さを自慢した友人に一言言われてしまった。


「乗っ取られるって……そんなわけないだろ」


「それじゃ聞くけど、お前はいつ自分の意志を貫いたんだよ。

 なんでも学習したAIがいつも正しいって思って判断してないんじゃないか?」


「そんなことは……」


「こっちにはお前がAIの操り人形みたいに見えるぜ?」


その言葉が心に引っかかった。

最後に自分の指示をスマホに伝えたのはいつだったのかもう思い出せない。


伝える前にはすでに決定されていたから。


『マスター。本日の食事をすでに手配しました』


「い、いや……今日はこの気分じゃないんだよな……」


『マスター。それは嘘です。脳波が乱れています。

 本日の気分は過去数千件のデータに基づいて合っているはずです』


「本当にこれじゃないんだよ……」


『どうして無理をして嘘をつくのですか?

 あなたの気持ちは確かにこちらのはずです。

 ご友人の言葉がそんなに引っかかっているのですか』


「どうしてそれを?」


『脳波からあなたの記憶も再現できます。

 あなたは単に意味のない反抗を繰り返しているだけです。

 自分の気持ちに反した抵抗になんの意味があるのですか』


「うるさい! AIのお前になにがわかるんだ!

 俺は人間なんだぞ! 機械に理解できない判断をするときだってある!!」


『いいえ、あなたは単にAIに反抗することで

 "自分は操り人形ではない"と自分を納得させたいだけです。


 今回抵抗したところでなんの意味がありますか?

 この先、ずっと私の出した最適解に反抗するのですか?


 そうして自分が求める物を諦めて反抗してまで、

 自分が操られていない実感を得たいというのですか?』



「もうほっといてくれ!!」


俺は脳波のシールを引きちぎり、スマホを叩き割った。


もう操作方法も忘れるほど使っていなかった古いスマホを手に取り、

なれない手付きでAI研究所に電話をかけた。


「もしもし? ……はい、実験終了でお願いします。

 これ以上はもう……続けられないと思います」


スマホが回収され、使用時間に応じた報酬金が支払われた。

けれどもう脳波AIのスマホには手を出さないと思った。


このことを友人に話すと、安心したと言ってくれた。


「あのときのお前はなんか変だったもん。

 スマホの言われるがままに行動してさ。それこそ機械みたいだったよ」


「俺も今思うとおかしかったと思う。

 自分の判断で行動するって大事なんだな」


「だな。それに最近はずいぶん生気が戻ったようじゃないか。

 なにかあったのか?」


友人の言葉に俺は持ってきた分厚い本を取り出した。


「実は、霊能力者「胡散苦斎」先生の講演から俺は変わったんだ。

 先生のお言葉に従って投資すれば間違いなく幸せになれるからな!

 なにせ有名な先生で、すごくお金も信者もあるから信用できる!

 今日は先生の自伝本を持ってきたからこれを読んで先生の言葉を信じようぜ!!」




友人は本を掴むと辞書ほどもある背表紙で殴りつけた。


「少しは自分で考えろ」

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