第31話
「ん?」
「ん?」
食い違う意見に首を傾げ合う。
不思議に思った二人は互いの知りえている情報を交換し、ここへきてようやく互いの見た剣舞が違うものだと気が付いたのだが。
「とんでもない速さで打ち合いをしているのに、魔力が感じられなかった、ですって?」
あまりにも突出し過ぎた内容故に、テレッサの焦りを生む。
「ということは、その子供は魔法を使わずにナードラよりも強い可能性がある・・・。にわかには信じられない話ね、ギルドの期待の星と言われる貴女よりもだなんて・・・」
「可能性じゃなくて、間違いなく速い、いや、強いわよ。自分が一番なんて自負、持ってないつもりだったけど。周りからちやほやされて、いつの間にかアタシにも驕りができてたんだって気付かされちゃった」
「それもそうなんだけど!確かに伸び悩んでたのも知ってるけど!そういうの全部差し置いても、そんな子供が居るとしたら、ギルドとして見過ごせる訳が無いでしょう!」
「そう言っても、ねぇ・・・。パッと見、どこからどう見たって普通に仲の良い親子よ。それに」
「それに?何、まだ何かあるの!?」
次々と出てくる仰天情報に頭が沸騰しそうになってしまう。
ナードラはギルドマスターが認める程の能力がある上、事実、将来的には最上級星もしくは黒星さえなれるかもしれないと御墨が付いているほどの実力者。その彼女を超えるという存在が居るというだけでも衝撃なのに、ましてや魔法を使用せず彼女を超えると聞かされては眉唾物と言わざるをえないではないか。
更に彼女の半分にも満たないだろうという子供なのだと聞かされてしまえば放置できるはずも無く、驚きを通り越し恐怖すら抱いたっておかしくない。
「早く言いなさい!それに!続きは!何!」
「お、落ち着きなさいテレッサ。可愛い顔が凄い事になって―――」
「凄かろうが何だろうが後でいくらでも笑顔は貼り付けてやるわ!」
「笑顔は貼り付けるものじゃ・・・」
「で?」
親友の思わぬ一面を見てしまったナードラは、アハハハーと空笑いをしながら背中を机に預け、とある方向を指差す。
テレッサもその指先を目で追えば、依頼を見ようと人が溢れる掲示板前にたどり着いた。
「あの人だかりが何なの!いつもの事でしょう!」
「よく見てみて。最後尾で肩車と言うか、親の背中によじ登って一緒に掲示板を見てる子供が居るんだけどさ、親子揃ってめちゃくちゃ格好いいと思わない?」
「そうでしょうね!ええ、格好いいですとも、知ってましたとも、声かけましたとも!!好みど真ん中だし、少し前から目を付けてたわよ!仲睦まじいし、子供は将来が楽しみで可愛いくて、親に至っては頭の片隅でどうしたら私を二号にしてくれるか考えてたくらいですけど何か!?」
「ず、随分ぶっちゃけるわね・・・」
「そんなことはいいから早く続き!」
襟首を掴まれ、見たことの無い形相が眼前に迫られ焦る。
美人が本気で感情を表すとこうなるんだなと内心冷や汗を掻きながら、落ち着きなさいと声を掻け応えた。
「あの親子よ」
「貴女の好みは分かった、場合によっては決闘ね。兎に角、もったいぶらないで早く続き―――を・・・・・・・・・え?」
「今見えてる親子が、アタシの見た剣舞を披露してくれたの」
「何言ってるの?・・・親子って、エヴァンスさん親子の一組しか居ないじゃない」
「だからその親子で合ってるわよ。・・・てか、もう名前まで知ってるのね」
視線の先に居た存在。少し前からこのギルドに顔を出すようになってからというもの、僅かなギルド職員としての職務と、残り全部を占める異性としての好みから声をかけ、知り合い一方的にになることが出来た親子だ。
名前をノクト・エヴァンスとサンラ・エヴァンス。このギルド支部に深窓の受付嬢有りと謡われる、テレッサの心を射止めた親子で。いきり立つテレッサからの問いに対し、とても優しさあふれる声色で質問に答えてくれてたのが印象深い。
ギルドに顔を出すようになったのも、息子の好奇心に応える一環であっての事だと聞いているのに。
「どーしたの、固まって?」
「はいいいいいいいいいいいいいい!?」
反射的にナードラの襟元を掴み、揺する。
「どういうこと!?ちょっと、ねえ!?どういうことなの!?」
「ちょ、ちょっと、テレッ、サ」
揺れる揺れる、視界が揺れる。あまりにも激しく揺らされているせいか、よろしくない意味で段々気持ちが良くなってきたなと思うが、かといって振り解く気にもなれず、されるがまま身を任せる。
二人へ向けられる視線は多い。
常連や古株の冒険者はもちろんの事、彼女らに興味や好意を寄せているギルド内外の人間は数多く、普段上げた事も無い声や言動をすれば視線が集まるのは必然。やがて自分達に向けられている視線の多さに気が付くと、慌てふためきながら自然を装った。
「と、とりあえず現状を把握させて。本当に貴女以上の実力を持っている可能性が、あの子にあるのは間違いないのね?」
「実際に一戦交えた訳じゃないから剣舞を見た範囲での話だけど。でもまあ、身体強化も使わず、あれだけ剣が振れていた時点で結果は見えてるようなもんよ」
「そんなさらっと・・・。私、未だに信じられないんだから。貴女以上の力を持っている人が子供がいるなんて」
話の中心となっている親子に目を向ければ、ここ数日と同じく、掲示板を見て楽しそうにしている姿が二人の目に映る。
「どっからどう見ても仲の良い親子なのに・・・」
「ほんとよ、まったく。あの剣舞を披露したのか分からなくなってきた感じすらするわ」
かといってギルドマスターに報告しない訳にはいかないのだが、このまま話しても果たして信じてくれるか疑問だった。
しばらく目の保養をしていた二人であったが。
「(・・・あれ?)」
ふと思考の片隅に引っかかりを覚えたテレッサは、頭を切り替える。
仲の良いのは見ていれば分かるし微笑ましくもあるのは間違いないのだが、いくらギルドが所属有無関係なく出入りは自由だといっても、何の用も無く、数日間連続で掲示板を眺めにだけ来るものだろうか。
それにあの立ち位置から見れるのは上級星への依頼ばかりのはず。
「まさか・・・」
「テレッサ?」
もしかして、と思い至った内容に加え、ナードラ以上の実力を秘めている可能性。ここ数日取り下げられた上級星の依頼という条件が加わり一つの仮定が彼女の中で成り立った。
「・・・ねえ、ナードラ。一つお願いがあるんだけど」
「いきなりどうしたのよ?真剣な声出して怖いわね」
「あの親子を調査してくれない?」
「嫌よ」
「どうして!?」
即答で断られるとは思いもせず困惑してしまうが、理由を問う前に答が聞けた。
「恋敵になるかもしれない相手なのに、危険を冒してまで調べる情報を渡さないといけないの?普通に考えて無いでしょ」
「ちっがーう!父親の身辺調査じゃないわよ!調べる方向性間違ってるからそれ!」
「調べる方向性?え、まさか、二号じゃ我慢できずに本妻狙い?あどけない顔して考えてる事えげつないわね」
「もっとちっがああああう!二号とか本妻の座とかでもないから!純粋に言葉をそのまま受け止めてよお願いだから!」
「二号でも本妻でも無いなら、子供を狙うっていうの!?将来有望だからってそれはさすがに―――いや、有り、か」
「有り、か、じゃなくてえええええええ!?どうしてそうなるの!?私が間違えたの!?どこでどう間違えたの!?」
「妻帯者に手を出そうという考え自体間違えてると思うわ」
「そういう貴女はどうなのよ!?」
「アタシは妾でいいの。ほんの少し愛情を分けてもらえればそれで・・・」
「冒険者なら冒険者らしく、もっと冒険しなさいよおおおおおおおおおおおお!?」
叫び尽くす。そして、肩で息をする。
周囲も何事かと視線を向けている中に、エヴァンス親子らも混ざっていたが、話題の本人達は何だろうねと眺めている程度だったのは幸いというべきか。
美人そのものが台無しになったとまではいかないけれど、テレッサが今まで築き上げてきた深窓の受付嬢という印象はこの日を境に変わったのは言うまでも無かった。
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