第30話

「・・・これで、三つ目、か」


 北区外周街にあるギルド支部構内。依頼の受注者やパーティの募集等でごった返している片隅で、一人のハーフエルフが溜息を漏らしながら机に頬杖を付いていた。空いている側の手には取り下げられた依頼書が指に摘まれており、どうやらそれが脱力した原因なのだろう。

 出入り口の一つである正面のドアに目を向ければ、依頼を取り下げた依頼主の代理人が外へと出て行き、代わりに冒険者が一人、入ってきたところだった、が。

 入ってきた冒険者に反応するかのように、入り口付近の和気藹々としていた雰囲気が一転する。


「おい、見ろよ。ナードラ・ルベルタスだ。五つ星の魔獣を一人で倒したっていう噂の・・・」

「確か単独撃破だったけか?あんな細槍で細身なんて冗談に決まってる、嘘くせぇ。大方討伐部位でも金か身体で買ったんだろ」

「弱っていたところを止めだけだけ刺したとか、なんかしら誇張してるだけだって噂だぜ」


 入ってくるなり向けられる悪口の数々。

 本人はといえば気付いていないのか、自身に向けられているにも関わらず、気にする様子も無く周囲を見渡して誰か人を探していた。

 右を見て、左を見て、見つける。

 足早に近づいてくると、今まで見たことの無い仕草に首をかしげた。


「どーしたのよテレッサ?珍しく頬杖なんかしちゃって・・・何かあった?」

「ん?あ、おかえりー。ナードラ」


 カウンター越しに交わされる日常会話。

 ギルド受付カウンターの内側の人物がギルド上級星補佐及び相談役のテレッサ・イバニエス。声を掛けたのが、このギルド所属の下級星ナードラ・ルベルタスだ。やけに砕けた態度の二人は親交が深く、互いに休日が重なれば一緒に出かけるほど仲が良い。


「それがねー聞いてよ!今度は、七つ星の依頼が取り下げられたの・・・これで三日連続よ、三日、連続!いったいどうなってるのよまったく・・・」


 手に持った依頼書を勢いよく眼前へと突き出され、思わず仰け反ってしまう。


「昨日なんか取り下げられた依頼の他にも、六つ星対象の魔獣が討伐されてるって報告が来て、今朝から調査部の人達が現地確認に駆り出されてるし、ここ数日変な事だらけよ」

「大変?だったわねそれは。でも、変て言われれば変だけど、別に悪い事じゃないでしょ?放置できないから討伐依頼が出されてるんだから、そこまでの事かって感じがするけどねアタシには」


 話題に上がった星とは難易度にあたる。ギルドやクランが設けた基準に照らし合わせ決められたもので、星の数が多いほど討伐対象に挑む危険度合いが分かる仕組みだ。その他にも地域や人々の生活に影響を及ぼすものや、放置しておくと甚大な被害が出ると予測される内容は、各区を上げてでも対応に出る場合も有る。


「そうですか、そうですか。その程度と、大げさだと、そうおっしゃりやがるんですね」

「な、なによ急に?今日はやけに絡んでくるじゃない?」

「私の気持ちを汲んでくれない親友に、ちょっとしたお仕置きをしてあげます」


 そこで待ってなさいと言い残し裏へと消えると、すぐにあるモノを持って戻ってきた。

 金貨の入った袋を一つ机の上に置き、中身を見せるよう開けながら喋り始める。


「ちなみにこれが今回の依頼が達成された際に出る予定だったはずの報酬なんだけど・・・コレを見ても同じ台詞が言えるかしら」

「報酬が何だっていうのよ―――・・・・・・うぇ”あ!?」


 お金にがめつい親友の性格を熟知しているからこそ意味があると思い見せてみたのだが、効果てき面の様子。

 ワナワナと震えるばかりか、伸ばされた手が出たり引っ込んだりを繰り返し、この短時間でどれ程自分自身と葛藤しているのかが伺える。パクパクと空気を食べるよう口が動き、目は金貨に釘付けだ。

 今までとは違う大金を見せられたのだから無理も無い。

 六つ星以上の上級星の依頼は基本的に報酬が開示されておらず、依頼を受けられる権限を持ったギルドメンバーは限られている。何故なら上級星用の報酬は流動的なものが多く、依頼者側からの注文色々あったりと、それに応える為にテレッサの居る上級星専用の窓口での話し合いで決まるのだ。だからだろう、ギルドメンバーであれば知らないまま引退していく者も多く。反面、依頼の数も受注可能者も沢山ある一般の窓口は常に混み合っているという状況。

 思っていた以上の反応を見れて満足でき、テレッサの顔には笑みが浮かぶ。

 ただ笑みには別の意味も含まれていて・・・


「な、ななな、何よこの報酬額!?見たこと無いわよこんなの!てか、アタシに見せて良い物なのこれは!?」

「見せちゃ駄目に決まってるでしょ。ついさっきまでは、だけどね」

「だったらどうして、ん?ついさっき?」

「うん。その様子だと無事に依頼は達成できたんでしょう?」


 彼女の腰辺りに目を向ければ、今回の依頼目標である討伐部位がしっかり確認できた。であれば少し速いけれど、長い付き合い含め、独断と偏見でこのくらいなら伝えてもいいかもしれない。心配してくれたり、驚いたり、欲望丸出しだったりと、見ていて飽きないとはこういうことを言うんだろうなと思いながらも、公私混同の区切りをつけるべく、対応を改め、こほんと咳を一つ。


「依頼達成おめでとうございます。ナードラ・ルベルタス五級星。今回の依頼達成を持ちまして、六級星となりましたことを、まずは口頭にてお伝え致します。なお、この後、ギルドメンバーカードの更新、及び諸連絡等が予定されておりますので、応接室にてお待ちください。・・・以上です。どやー!やったね、ナードラ!これで貴女も上級星の仲間入りよ!」

「いや、いきなり、どやーって言われても・・・ほんとに?」

「本当の本当。ちなみにその腰についてる討伐部位を提出しないなら、今の話は見送りになるけどね」


 言葉を聞くと無言で机に叩きつける様ドンッと討伐部位を乗せる。そんな親友に苦笑しながら、討伐部位を受け取り、別に用意してあった依頼達成の報酬を渡した。てっきり喜怒哀楽を全身で表す彼女のことだ。叫ぶなり飛び跳ねるなりの行動を予想していたのだが、何故か大人しいというか、むしろしおらしくさえある。

 不思議に思い。嬉しくないの、と問えば、煮え切らない返事に次いで意外な答えが返ってきた。


「もう大分前の話になるんだけど、テレッサが、さ。前に教えてくれたじゃん、北区入都門近辺で剣舞を披露してる二人組みのこと。アタシの剣技の勉強になるから一度見に行ったらって言ってたやつ、覚えてる?」

「ギャラド・イルヴィスさんとウルバ・スバーニエさんが披露してくれてる剣舞のこと?覚えてるけど、あれって・・・教えたの随分前じゃなかったっけ。まさか、今頃になって見に行ったの?今まで一度もその話題出なかったから、興味なかったのかって思ってたわ」

「・・・悪かったわね。直接教わるならまだしも、自分以外の剣舞を見ただけでお金を払うのがほんの少し癪だっただけよ」


 本音が出たなと思いつつ口にはしない。思いを吐露するのも彼女の良さだなと思いながら、見てもらえたのならそれでいい。ギルドマスターや上級星の人達も見るだけでも勉強になると言っていたくらいである。何かしら彼女の糧になってくれたのなら紹介した甲斐があったというもの。

 素人の自分が見た感想は、ただただ凄いというだけで技術の良し悪しまで分からなかったけれど、とても爽快な気分になったのを思い出す。


「何にしてもよ!ありがとうテレッサ、アタシに教えてくれて。・・・見に行ってよかった。何処ででも見れるようなありきたりじゃない、本物を見ることができた。ていうか、うぬぼれていた自分に気づく事ができた。だからその、あれよ、感謝してる」

「だから珍しく殊勝な態度なのね」

「今だけはそういうことにしておいてあげるわ」


 はいはい、と軽く流しながら、このまま更新作業を始めても良かったのだが、今はこの雰囲気をもう少し楽しんでみたいと思い、今出た話題を膨らませようとお喋りを続ける、が。


「剣舞の事はよく分からないけど、素人の私が見ても凄かったからねー。彼ら二人が魔法や剣技を巧みに操って、本当に舞い踊ってるみたいで」

「ちょっと待ちなさいな、何言ってんの?机仕事ばっかで目でも鈍った?あの親子の剣舞は魔法なんて使ってない、純粋な技術と技術だけのぶつかり合い。子供の力量でさえ敵わないと痛感させられたわ。このままじゃ子供にさえ勝てないんだって思って、アタシは目が覚めたの」

「彼らはギャラドとウルバ、どう見たって大人でしょう?」

「父親はそうでしょうけど、子供は十歳も行ってないくらいなんだから、子供と大人を見間違える訳ないじゃない?」


 どこか話が食い違うのであった。

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