第28話
散々命を弄んできた。
逃げる背中を追いかけ狩り、時には真っ向から攻めてくる者、仇を取ろうと挑んでくる者も全部狩ってきた。
いつからだったろう、人の命を奪う快感を覚えたのは。
いつからだったろう、自分が一番強いと誤認していたのは。
もうしばらくの間思い出すことが出来なかったが、全部思い出した。人生で味わう最大の苦汁と供に。
「全力で戦って来なさい」
「―――はい」
相手が向ってくる。
親ではなく子供が、自分に向って、だ。
かといって親も逃がしてくれる様子は無いらしく、逃げようものなら間違いなく自身の命が奪われると分かる。
「チクショウ、チクショオオオウ、チクショオオオオオウウウアアアアアアアアア!!!」
八方塞となり逃げの選択肢も無く、行き場の無い思いから噛み締めた歯が割れんばかりに軋む。全身の血管が浮き上がった姿は同じ人間とは思えず、身体で処理し切れない苦しみが咆哮として吹き上がった。
悔しい悔しい悔しいと体中が叫び地団太を踏み、勝ち目も無く逃げ道も無い絶望が押し寄せ吐きそうになる。
悔しい。苦しい。逃げたい。早く楽になりたい。
何をどんなに願っても結果は変わらず存在する。
自分をこんなにも追い詰めたのは何だ、何をどうすればいいんだと、苦肉の果てに選んだ答え。
どうせ殺されるなら、せめて自分への手向けに子供を殺してやると決め、一生分の魔力をこの場で使い切る勢いで開放した。思惑通りに踊らされているとも知らないで。
「逝カシテヤル!逝カス!逝カス!逝カアアアアアアアス!」
「っ!!!」
吹き出た魔力に怒りという感情、人とは思えない形相も加わって途轍もない威圧感が放たれる。
サンラは体中でピリピリと感じ取り気圧されそうになるも、正気を保つ事ができたのは、日頃から父親との間で結ばれた信頼と経験からくる賜物だった。
だから、負けじと自身も魔力を開放し迎え撃つ。
「・・・ア?」
初めは身体の回りに薄っすらと見え隠れしていた魔力の粒子、それがあっという間に膨れ上がり自身に迫る勢いで力強さを増していけば、うろたえずには居られない。
「オイ?・・・ちょっと、待て!?どんだけだよ!!」
何故できると思った。どうして、殺せると思ってしまったのか。
危険を前にして根拠も無く子を差し出す親が何処に居るというのだろう。
サンラから発せられる魔力を感じ、何が子供だ、コイツは何者なんだ、と愚痴らざるをえないパティーン。その魔力は、自分と同等かそれ以上であって、初めから自分は子供の練習台に充てられたのだと痛感させられる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
もう思考するのが嫌になり、内で支えきれずに溢れた憤りが咆哮として表れた。
ほぼ同時に駆け出す二人。
激しい衝突の後、サンラが頬に小さな切り傷を負った。経験魔力操作の差で、パティーンに同じ軍配が上がったと見るべきだろう。
ただし、表面上であって互いの胸の内は異なる。
一方は半泣になり体裁を保てなくなっていた。
「コイツも化け物じゃねえかよ・・・」
道を外れた者とはいえ、それなりの自信や生命線というものは少なからず存在する。
殺すつもりで放った一撃。まだ見せていない太刀筋にも関わらず、見てから初見で、子供に回避され、その上で与えられたダメージは切り傷一つとなれば、本当の意味で傷を負ったのはどちらなのか想像に容易い。
それを証明するかのように、サンラは集中を切らさずにいる。
「この人・・・速い。横からの斬りつけは避けきれなかった・・・」
同じ条件でもう一度ぶつかれば勝てない、ならばどうすれば打破できるかと考える。
経験したことのある速さ。対応できない速さじゃない。
もっと早く動くにはどうすれば。
避けきれないなら、もっと足に地面に魔力を。
魔力が足りないなら、もっともっと錬り出せ。
無自覚に、そしてこれでもかと貪欲に欲する。
するとどうした事か。湧き水のように、内の奥の奥から、こぽこぽ湧き出てくる魔力を感じることができた。
「凄いな」
ぽつりと呟いたのはノクトだ。
何故なら限界と思われていた息子の魔力が、なお限界を超え、押し上げていく様を、まざまざと目の当たりにしたからである。
「んだよ・・・何だよ!こいつら一体何なんだよ!!!」
子供が魔力で身体をより強化していく一方で、自分は心を恐怖に支配され足が地面に縫い付けられたかのように動かせず、見ていることしかできない。
凄まじい魔力で強化された身体は岩をも超えた強度を持ち、直先の未来には駿馬を超えた速度で自分に向って飛んでくる体当たりのだと、想像できてしまうからこその恐れ。
先程の衝突時も自身の持つ全てで迎え撃ってみたものの、小さな傷一つを与えただけで、父親にいたっては理解できない強さだった。
野原で一対の獲物を見つけたが、実は御伽噺に出てくるような竜の親子でしたといわれたようなものである、どんなに見方を変えようが理解も納得もできるはずもない。
実際の所、ノクトとサンラの朝の鍛錬中に遭遇してしまったというのが事実であったが、もはやどうでもいいことでもあった。
「行きます」
「くんなよ!?」
サンラが踏み込む。
パティーンは怯む。
その恐怖は当事者しか分からないものがあるのだろう。
顔面は血の気が引き真っ青になりながらも、目だけは追うことを許された。
踏み込んできたと思った瞬間。
「(消えた!?)」
地面を蹴ったかと思えば姿が消えたかのように錯覚するほど速く、姿を認識できたのは目前に迫られてからのこと。
けれどそれだけでは終わらない。
正面衝突かと思えば、突如横へ飛ばれ度肝を抜かれる。
どうしてだ、と、問う時間もなかった。
致命傷を避けるべく無意識に前方を厚く身体を強化していたが、あろうことかサンラはそれを見て脇腹を狙うべきだと判断し、横に飛ぶと判断したのだ。しかし、出ている速度が速度、無理に方向変更すれば、そのままあらぬ方向へと飛んで行ってしまうのは明白。
だが、そこにあるはずの無い、壁を、宙を、蹴った。
「ぐっふぅぅぅぅうううううううう!?」
顔を下へと向けるが追いつかず、辛うじて視野の端に子供の存在が確認できたが、それも束の間。
まるで鉛の塊が身体の中に向って無理矢理めり込んでくるような感覚とでも言えばいいのだろうか。
横腹にとてつもない衝撃。内側から急激に膨れ上がってくる感覚を覚え、身体が破裂してしまうと思った瞬間、弾き飛ばされた。地面を大きく弾みながら二転三転と転がり、地面へ伏せされられた後も強烈な痛みが腹部を襲い悶絶し、身動一つ取る事を許されない。
「ばけ・・・も、の・・・ぐぁ・・・」
吐けた嫌味も口が地面と接吻していては相手に聞こえるはずも無く、一寸先の見えない未来だけが今の彼の目前の話相手。
ぜえぜえと呼吸もままならず、時おり空気と一緒に土誇りを吸い込み咽てしまう。
そもそも意味が分からない。どうやったら横に飛んで何も無いはずの宙を蹴る事ができるというのか。
「・・・」
いや、もはやそれも、どうでもいい、か。
段々と薄れいく意識は、考えるのを拒否しているように感じ。それが死を意味するのか、重症を負い本能が回復を絶対優先して眠りに付こうとしているのかは分からないが、どちらにしても今の自分に選択権は与えられていない。
そう思えば急速に意識が薄れていき、意識が落ちる間際、パティーンは確かに声を聞いた。
「―――――!?」
ただ、その声を判別できるだけの意識は、もう残ってはいなかったけれど。
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