第27話

 帝都レディースレイクへ続く山道を抜けた先に広がる絶景。丘から見渡せる絵だけでも見に来る価値があると吟遊詩人は謡うという。

 けれども極々稀に、絶景を前にしてさえ興味のカケラ一つも感じない人間も居るようで。全身から血なまぐさい匂いを纏い、まだ乾ききっていない魔物や魔獣の血のりをまるで隠す様子もない男からすれば、レディースレイクを見渡せる風景は無価値なモノと映っていた。

 男の名はパティーン。ギルドやクランどころか、国や都を跨いで指名手配されている犯罪者。飛び抜けた剣の技術と高い魔法能力を全て、人を殺める為だけに磨き続けてきた男は、各国や都にいる聖騎士や聖魔士に匹敵する実力の持ち主ではないかと噂されている程。

 当然の事ながらレディースレイクにも似顔絵付きで情報が伝わっており、一度でも入都門から入ろうとすれば警備兵に見つかり対処されるのは目に見えていたが、生有るモノ全てを無差別に殺め続けることに快楽を覚えたパティーンからすれば、それさえも楽しみに含まれる。

 ただただ人間を殺めたいだけ。兎に角多くの人の命を奪えればいいという一心が突き動かし続けてきた現在。


「・・・生き物はどこだあ・・・」


 まるで一つ覚えの赤子のように、同じ言葉を呟き続けながら歩を進めていく。

 ここへ来る道中あまりにも沢山の魔物や魔獣を斬って来た。不自然なほど多くの生き物と出合い、そして殺めてきたのだが、その中に人間が含まれていなかった為に満足感を得られなかったのだろう。

 いくら殺めても満たされない精神的抑圧が、彼の目を血走らせ、もはや限界だと語っていた。

 そして・・・

 不幸にも彼の視界に一組の親子が入ってしまう。

 見渡した広大な景色から目ざとく見つけ、ニヤリと口の端を歪めるのに合わせ剣を抜いた。


「みぃーつけたぁー・・・」


 姿を隠す事無く堂々と捉えた得物へ一直線に向うパティーン。

 普通に考えるならば、得物が逃げないよう剣をチラつかせながら近づくという愚行はしない。あえて愚行を犯すのも、それさえも楽しみ、逃げ出されても自慢の脚力で追いつけると踏んでいるからだ。

 しばらくして互いの存在をはっきりと視野に入れられる距離まで縮まると、パティーンに得物として認識されたとある親子も不審人物へと向く。

 その様子に内心歓喜し、その喜びが形を成すように曲々しい魔力を噴出した。


「右かー?左かー?それとも後ろかー?どう逃げるー?」


 上がった口の端から涎が垂れ、自分の舌で拭う。

 必死に駆け出して殺めたい衝動を押さえ込みつつ、この楽しみを噛み締めるようじっくり距離を詰めたのだが、今までの経験上逃げ出さなかった得物は一人としていなかったというのに、今回の得物である親子はまるで動こうともしない。

 それどころか何か話し合っているようにも見える。


「・・・」


 そんな姿に苛立ちを覚え、パティーンは全力で殺気を放った。

 俺を見ろ、命を差し出せ、と。

 手加減無しの殺気。耐性の無い人間であればこれだけで意識を刈り取られてもおかしくはない程だと言うのに、親子はびくともしない。


「クキキキ!」


 思い通りにはならず怒りが加算される。

 恐怖で動けなくなったかとも思ったが素振り一つ無く。つまりは折角見つけた獲物が殺気さえ気づく事ができない、粋の無い獲物だったと落胆し怒りが頂点に達した瞬間。

 一瞬で全身を覆っていた魔力を操作した。これほど素早く身体強化を施せるだけの技術を持っている人間はまず居ない。

 憂さ晴らしに出来うる限り残虐に親子を斬ってやろうと決め、親子の間へと飛び込めば。


「逝ネエエエエエエエエエエエエ!」


 放たれた一閃が親子の急所を捉えた、はずだった。


「ンな?!」


 刈り取ったはずの命。

 無防備に某立ちする親子を斬り裂いたはずなのに手応えがまるでない。

 それどころか、目の前にいたはずの親子が消えた。いや、見失ってしまった。

 今までに無い経験に驚き無様に彼らを探すが。


「何処だッ!」


 右を見て、左へ向き、後ろに回りこまれていたと気付く。

 そんなまさかと驚愕した瞬間、さらなる驚愕がパティーンを襲う。

 目前に迫る剣刃。

 それはノクトが斬りつけた一撃。

 何とか寸での所で防ぎ距離を取ろうとするが、追撃が許してはくれず。押されに押され続けたあげく、ある思いが浮かぶ。

 このままでは殺されてしまう、と。


「ぐ、ぐお、ぐ」


 度重なる連撃に防戦一方を強いられ、一切の反撃を許されない状況に滝のような冷や汗が流れ落ちる。


「(なんでこんな所に、こんなに化け物みたいなヤツがいやがるんだ畜生が!)」


 泣き言さえ口に出す隙さえ許してもらえない攻撃を受け、圧倒的な存在を前に逃げ出したい衝動に駆られるが許されるはずも無かった。

 ついに限界に達し、防ぎきれず刃が身に届くと思われた時だ。

 突如攻めが止む。


「助かった・・・のか?」


 心情が言葉となり口から出ると同じく、すぐさま逃げ道を探すが、逃げ道が見つかる前にノクトの姿が目に入る。

 パティーンへ向い地面に水平に伸ばされた手の平の先、突如指が曲げ伸ばしを繰り返した。


「こいつ!?」


 明らかな挑発行為。かかってこいというノクトからの意思表示に他ならず、それどころかパティーンの目には、ノクトの表情が自分を酷く見下しているように映ってしまった。

 今まで自分でして来た行為をされると言う屈辱に対し、当然耐性など持ち合わせているはずも無く怒りに支配される心。

 ワナワナと震えが止まらず、次の瞬間には全力で飛び掛っていた。

 ノクトもそれを真っ向から受けるつもりでいたのだろう。凄まじい攻めにも関わらず、回避する素振り無く防いでみせる。

 その様子は一部始終サンラの目に入り、生きた実戦を間近で見せる場となっていた。


「どうして人を襲う?」

「最高に気持ちいいからに決まってんだろうが!」

「お前の行いに想いは無いんだな」

「はあ?上からばっかみやがって、余裕ぶっこいてんじゃねえぞ!逝カス、逝カす、逝カアアアス!!」


 臭う人の死臭に、この返答。鍛錬をしていた所をいきなり襲い掛かってきたことから、過去に幾人も殺めてきたのは間違いないと判断できる。この犯罪者が元の道に戻れないことも含めてだ。

 犯罪者の力量も把握できた。

 サンラと同等か僅かに上かという力量だろう。

 こんな考えをしてしまう自分も相当の外道だと思いながらも、息子にとって貴重な経験になると割り切りノクトは呟く。


「―――丁度良い、か」

「よけッ!?」


 呟きと同時。怒涛の攻め全てを受け止められていたが、突如回避に切り替えられたことで、勢いあまり転ばされるパティーン。両手両足をひざまづかされた後、顔を上げれば最大級の屈辱が待っていた。

 何故ならノクトが下がり、サンラが前に出てきたからである。

 理解したくなかった。

 考えたくなかった。


「お、おい?何のつもりだ!?まさか」


 けれど現実が突き付けられる。

 親が構えを解き、子供が構える。つまりそれは、


「相手は物凄く強いぞ、サンラ」

「うん」

「全力で戦って来なさい」

「―――はい」


 対戦相手交代ということだ。

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