第25話

「う~む。どうするかなぁ・・・」


 探し物を見つけた場所に難有りと言うべきか、状態に問題があるというべきか。

 宮廷へ侵入している状況だというのに、思わず呟いてしまうほどの問題が一つ。

 確かに探し物を見つけることは出来た。花壇に刺さっているという点と、剣に支えられるように一本の太くしっかりとした花の茎が紐で縛られ添えられている点を除けば、という条件付きではあったけれど。

 加えて理由も無く縛られていないのが一目で分かった。花は今でこそ生気を取り戻しつつあるが、まだまだ弱々しく、抜いてしまえば直にでも倒れ枯れてしまうと想像に容易い。

 それに、だ。

 庭も隅々まで手入れが行き届いている様から、持ち主の途方も無い努力と、注がれている想いを雄弁に語っている。

 支えとして使われている剣鞘も先端が布に包れており、土に埋もれている部分が少しでも汚れないようにと考えられて使われているではないか。

 ノクトはとてもじゃないが、探し物が見つかったので引っこ抜きますなんて行動ができるはずもなく悩んでしまうのだ。

 頭をぽりぽりかきながら、剣の代わりになる添え木でも探そうかと考えていた矢先。

 何の悪戯だろうか。

 それとも魔法が掛かっていたのだろうか。

 不意に人の気配が現れる。


「っ!?」

「どうされましたか?」


 気付いたのが先か、それとも声を掛けられたのが先か分からない。

 振り返れば一人の女性、いや、少女かと迷う人物が立っていた。

 惹き込まれるほど澄んだ瞳に始まり、聞き心地良い声、男劣情を鷲掴みにさせられる身体の曲線に魅入られ、一瞬よりも遥かに長く永遠より未満の時間が経過するまでノクトは動けなくなる。


「どうして、こんなところに?」

「・・・」


 一瞬の出来事に気が動転してしまい、色々な考えが瞬時に頭を駆け巡る。

 目の前に立つ彼女はいったい何者なのか。

 悲鳴を上げず、助けも呼ばず、声を掛けてきた意図は何か。

 捕縛や攻撃系の魔法は展開されているのか、等。

 仮面をつけているおかげで表情から動揺は読み取られないだろうが、それでも後手に回ったのは違いない。

 次の行動を予測し対応しなければと思った矢先。


「・・・もしかしてあなたは、その剣の持ち主でしょうか?」


 想定外の言葉が掛けられた。

 今の言葉の意味を理解しろと自問自答する。


「・・・・・・・」


 黙っていたのを否定と取られてしまったのだろう、不意に彼女は表情を曇らせた。


「違い、ましたか?」

「あ、いや。違わない、が」


 彼女の表情が曇った事に焦り、ノクトは思わず鸚鵡返しに返事をしてしまう。

 冷静に考え行動しようとしているのに、時々訳の分からない感情が出てきて不可解な言動を引き起こす。

 己の心を制御できず焦っている中。今の返事に安心したのか、月明かりの元でもはっきりと分かるくらい、彼女の顔に笑みが浮かんだ。


「良かったあ・・・。違っていたらどうしようかなって思っていました。あ、えっと、勘違いしないでいただきたいのですが、怪しいとは思っていたんですけど、悪い人じゃないとも思っていまして」

「それは、どうも」


 純粋な笑顔だけだったところに恥じらいという表情が混ざると、こういう一面になるんだなと思う。


「ごめんなさい・・・何言っているか分からないですよね」

「お嬢さんが謝る必要は何もない。悪いのは忍び込んだ俺だ、非はこちらにある。・・・忍び込みこんな姿をしている手前言うのに抵抗があるが。こんな時間だ、いくら宮廷内だからといって無用心に怪しい人間には近づかない方がいいんじゃないか?」


 一瞬キョトンとした顔をした後、少し俯き。


「お嬢さん?どうかし―――」

「私はもうすぐ成人の儀を迎えます。お嬢さんと言われる年齢ではありません」


 再び上がった表情は軽くむすっとしていた。

 思わずノクトは、つっ込むところはそこなのかと口にしそうになったが、口から出るより先に相手の言葉が続く。


「それに仮面様の事は初めから危害を与えるようなお方と思っておりません。確かにそのお姿は怪しいとは思いますけれど」

「・・・そう考えるのは早計じゃないか?」

「いいえ。断言できますよ」

「何故そう言える?」

「それはですね・・・」


 無防備に近づいてくるとノクトの横へユーティリアは並んだ。


「仮面様は、この子に、優しく触れてくれましたから。探し物が見つかったというのに、抜くことも雑に扱う事もせず、お花の為に悩んで困ってくれたんですもの」


「それ、だけで、か」

「それだけで十分な理由になります。私には、ですけど」


 思わず息を呑む。言葉が詰まる。心が掴まれそうになる。

 月明かりに照らされた彼女の表情が魅力的過ぎて、そして気付いた。重なった。

 死んでしまった最愛の妻に、何処か似ているのだと。


「お花に優しく出来るお方が、悪い事なんて出来ませんよ」

「・・・悪かったな。お嬢さんと呼んでしまって」


 冷静さを取り戻した思考が、小さな警報音を鳴らす。またいつ心を乱されるか分からない、速く剣を回収して帰るべきだと。

 早々に剣を返してもらおうと言いかけて気付く。


「ところで、この剣を返して欲しいのだが―――」

「その仮面―――」


 目前に迫っていた彼女の手に。

 反射的に彼女の手を掴んで止めた。


「何をするっ!?」

「ご、ごめんなさい!危害を加えるつもりは無いの!その、仮面様のお顔を見てみたくなって・・・。その、勝手に身体が動いてしまったというか、えっと・・・」


 まただ。

 また気付けなかった。

 どうしてなのか分からない。仮面の死角だったのだろうか。彼女に対して反応が遅れてしまう原因が分からない。

 彼女は彼女で自分が仕出かしてしまった行為を悔いているのだろう、目に見えて落ち込んでいる。


「悪気はありません・・・本当です」


 搾り出したように出た言葉と一緒に消えてしまった笑顔。

 それだけの事なのに、笑顔を消してしまった原因が良くも悪くも自分にあると思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。


「・・・」

「・・・」


 しばらくの交わされる無言。

 先に言葉を形にしたのはノクトだった。


「どうしてこんな真似を?」


 声を掛けると同時に手を離し、ユーティリアは話された手を胸の前で抱え込み、俯く。


「分かりません。自分でもどうしてか分からないのですが、急に仮面様のお顔を見たくなって・・・それで・・・」

「手を出してしまったと?」


 はい。という返事の代わりに、こくりと首を縦に振るユーティリア。

 やれやれ、どうしたものか、どちらとも言えない表情をノクトは浮かべ、言葉を探す。


「ごめん、なさい」

「怒ってはいない。ただ、断りも無く取ろうとすれば、怪我をする可能性も有るのは分かるか?」

「・・・はい」

「それに、・・・ん?」

「?」


 言いながらふと思った事がある。

 自分は言うなれば犯罪者だ。断りも無く侵入し、剣を見つけたから持ち帰ろうとしている。もちろん、正面から剣を探していますとお願いして、探させてもらえない上での判断だったのは違いない。

 それでも宮廷内で出合ったばかりの女性に対して何を言っているのだろうか。


「あえて言うのも変な話だが。忍び込んでおきながら、探し物をそっちのけにしてまで、俺は何を言ってるんだろうかと我に返っただけだ」

「おかしな人ですね」

「人のこと言えないだろう?」

「お言葉ですが、仮面様ほどではありませんわ」

「少なからず貴女自身おかしいというのは認めた訳だ」

「・・・意地悪な人・・・」


 ふんっ、と拗ね、そっぽを向くが、互いに本気でないのは分かり合っている。ノクトも軽く笑いを浮かべ甘んじて受け入れていたのだが、内心では落ち込んだ表情が消え去り安堵していた。


「そんな意地悪な仮面様には、この剣は返してあげません」

「断っておくが無理にでも持っていくことだってできるんだぞ」

「二日、いえ、三日お時間をいただけませんか?三日もすればこの子も自分の力で立てると思います」

「・・・人の話を聞いてなかったのか?」

「仮面様の方こそ無理をおっしゃらないでください。まだ短い時間ではありますけれど、多少なりとも仮面様の人となりは分かったつもりでいます。出来もしないことを言われても動じません」

「おいおい・・・」


 元々自分の持ち物だと主張すればよかったのだろうが、何故か口にする気にはなれなかった。

 それに目の前の彼女なら、この剣を粗末に扱ったりしないだろうと考えてしまえば、答えは出たようなものだ。


「三日後だ」

「っ!では・・・」

「三日後の夜、同じ時間に取りに来る。それでいいか?」

「はい!必ずお約束いたします!」

「分かった」


 そして刻一刻と刻まれていた別れの時が、今が潮時だと二人へと告げてくる。

 少しの間の後。

 ノクトが目の前で踵を翻した瞬間。外套が舞う様子に、後ろ髪を引かれ思わず声が出た。どうしてだか、段々と声が尻すぼみになってしまったけれど。


「仮面様!」

「ん?」

「・・・お名前を、教えて、いただけませんか」


 きょとんと固まるノクトと、思わず顔を伏せるユーティリア。

 聞こえなかったのだろうかと不安になり、上目遣いに見ようとした時。

 ポンと優しい重みが彼女の頭上に加わった。

 それが彼の手だと気付くのに時間は掛からない。

 そして出来かけた雰囲気を散らすかのように、優しくも強引に、整えられた髪をクシャクシャとかき回される。


「あ、えっ、な、にを!?」

「またな」


 乱れた髪を治めて再び顔を上げた時、ユーティリアの前から姿は消えていたのであった。




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