第24話

 時に、情報とは莫大な富をもたらす切欠にもなり、扱いを誤れば自身に喰い込む牙と化す。

 知識として身に付ければ良し。誤った知識を得てしまえば内から腐る。

 頭では分かっているからこそ、レディース・レイク皇帝は大いに悩んでいるのであった。


「―――だからと言って、ここで動くべきではないだろう!」

「何を言うか!警戒に値すべき情報。十分に値する!」


 帝都レディースレイクの中心部にある宮廷。その中でも重鎮達が集まる一室で、嵐の如く情報が飛び交い続け一向に纏りを得ない様子に深く深く溜息を吐く。

 これまでに持ち込まれた情報は複数。

 近山であるレディース鉱山に現れたであろう魔王の存在に。宮廷内に出現した他国の刺客。隣都の象徴であり戦乙女、あの帝都カルテットの若き女帝ベルリッタ・ルベルテ・カルテット自らの、人探し調査依頼。各地で相次ぐ魔物魔獣の大規模な移動。宮廷内で貴族の反乱も囁かれ、内外周街に囁かれているという神の使いの存在も見過ごせず。他にも大なり小なりの問題が、突如として湯水の如く沸いたのだ。


「いきなりどうして・・・」


 レディース・レイク皇帝が呟くのも無理もなく。数日間にここまでの出来事が発現するというのが、おかしな話なのである。

 いくら悩みが多くとも、四方公爵家や近衛筆頭騎士長や首脳陣が集まるこの場で、皇帝として相応の態度というものもあるのだから、本来ならば今の呟きも許されない。しかし、状況はかなり切迫しており、皇帝の呟きに気付ける物はおらず、結局各所の折り合いが付かないまま現状に至っている有様だ。


「魔物が去ったという今がレディース鉱山の深部開拓の好機!皇子殿下皇女殿下の力もお借りてでも行くべき!」

「生まれた魔王は幼い。今は何よりも排除を優先すべきだ!」


 互いの主張を言い合うだけで、結局は皇帝よ速く決断せよと言っているに他ならず。レディースレイク皇帝も、臣下であるはずの者達全ての言葉がお前が決めろと聞こえるのだ。立場上言われて間違いは無いのだが問題はそこではない。この状況こそが問題であり、帝都レディースレイクの脆さ。

 だからレディースレイク皇帝も決断をより鈍らせている。


「・・・・・・・」


 諸国から大国と讃えられていながらこの有様。何か決断したとして、帝都が纏るなど有り得ないだろう。

 けれど判断せねばなるまいと口を開きかけた時だ。


「―――レディースレイク皇帝。進言を、お許しいただけますでしょうか」


 自分の席近くから声が掛かった。隣だ。声の主は自分の息子であり、近い内に帝の座を譲ろうと考えていた人物。


「イグレシアか、許す。申してみよ」

「恐れながら申し上げます。数多の帝都レディースレイクを脅かす報告、情報が入ってきておりますが、全てにおいて共通しているの事柄があります」

「・・・共通?」


 レディースレイク皇帝も分かっていた。

 分かっていたからこそ、声に出すのを躊躇っていた。

 だが、自分の息子は渦中へと飛び込むつもりなのだろう。止めるべきか否か迷ったけれど、続きを促す事にした。


「全てにおいて確固たる証拠、証明できるものがございません。にも関わらず、ここに居る人間は揃って動こうとしない―――」


 その一言に周囲から一斉に非難の声が上がる。

 イグレシアも非難に負けまいと、上げさせまいとより一層の声に力を込め、全ての声へ被せるよう言う。


「余りにも・・・余りにも情けない。ここで集まっているだけ無駄だ。四公爵家も連なる貴族家も、そして我も、我らも、だ。」


 煙を上げていた皆々が、イグレシア・レディース・レイク皇子の発言で火を吹き上げる。まるで得物を見つけたような目つきで、牙を剥く。

 何を若造がと、戯言だと、周囲から声が上がるが、イグレシアは全てを無視し。


「ならばこそ、全てにおいて一斉に働きかければいい!帝都レディース・レイクには、その力が有るのだから!」


 体中に食い込もうとする牙全てを受け止めてもなお止まらない。


「我が騎士であり、聖剣を受け継ぐトリスタント・メイプルリーフが居る。妹の騎士であり、前聖騎士のヴェイル・マクエルトが居る。さらに、四方公爵家の近衛と、それらに連なる兵力だってある。蓄えられたキクノダイト鉱石も、物資も、全てにおいて、この事態に対し不足等あるものか!」


 噛み付いた獣達は不思議に思う。噛み応えが無いのだ。

 貫いたはずの肉や筋、骨まで届くはずの牙に、満足感がまるでなく。顎だけが疲れるだけで、この相手に噛み付くのは意味を成さないと悟ったのだろう。

 徐々に力みが消え緩んでいくかの如く非難の声が消えていく。

 静まり返ったのを確認してから振り向き。


「レディースレイク皇帝陛下。この度の出来事、このイグレシアに権限をいただきたいと願いますが、お許しをいただけませんか」

「・・・・・・・」


 彼が立っている位置は群集の中心部。いつの間にか移動し宣言する息子の後姿を、レディースレイク皇帝は複雑な気持ちで見ていた。自分が行おうとしていた姿が有るのだが、それ以上のものでもなかった。

 解決ではなく、これは言わば延命宣言。悪いとは言わない、自分とてそうせざる終えないだろうと思っていたのだ。他に案が思い浮かばず、場の収集をだけを考えれば最善ではある。成長、進化、向上、を考えなければだが。

 静まり返った中、少し考え頷く。許す、と。

 声と同時に空気が変わる。そして審判の時が来た。


「レディースレイク皇帝のお許しをいただいた。これより、命は私が、イグレシア・レディース・レイクが出す。帝都レディース・レイクを代表する者達よ。私に力を貸してもらいたい」


 それぞれの貴族がイグレシアでなく、一斉に自分達の主へと視線が向く。 

 平穏だった水面に波打つ波紋。それに応えた声は四つだ。

 今まで数多くの貴族らが騒ぎ喚く中、ひたすら沈黙し続けていた者達であり、公爵家の面々。


「北頭ロジス・ベルゴール。イグレシア・レディース・レイク皇子陛下の御身のままに」

「東頭ガヴォット・ゴセック。イグレシア・レディース・レイク皇子陛下の御身のままに」

「南頭カラカス・トロット。イグレシア・レディース・レイク皇子陛下の御身のままに」 

「西頭ザイガル・アバルイド。イグレシア・レディース・レイク皇子陛下の御身のままに」


 いくら数多くの貴族が騒ごうとも、彼らの頭である公爵家が首を立てに振らなければ、結局何も始まらない悪しき風習である。

 だが今は憂いて居る場合でもなければ互いの腹を探り合っている時間でもない。


「現在発生している事態は四つ。一つ目は、魔王の誕生。二つ目は、レディース鉱山の魔物魔獣の異変を始めとした対応。三つ目は、隣都カルテットの問題。四つ目は、帝都レディースレイクでの内乱騒ぎだ」


 言葉を一度区切り。


「しかしながら、前二つの事柄は関連していると思われる。そこで、魔王の誕生とレディース鉱山の対応を一つに纏めたい。これは大変な労力を伴うだろう、それが可能なのは、貴下ら四方爵家だと考えるがいかがか?」


 周囲へ問う。と言っても、四公爵に対してだが。

 質疑は無い。

 十分に時間を取ってから了承と見なし、続けていく。


「帝都カルテットの問題は・・・ベルリッタ・ルベルテ・カルテット帝王自らの依頼と聞いている。これは、親善大使である妹のフローラリアに任せたい」

「承りました、お兄様」

「レディースレイクの刺客騒ぎを初めとした対応は私が対応しようと考えるがいかがか」

「お待ちください」


 残り少しと言うところで東公爵家の発言。

 ガヴォットに一瞬身構えながらも、イグレシアは先を促した。ガヴォットも許されたのを確認し、恐れながらと口にしてから続ける。


「我々四方家を采配された事に依存はございません。しかしながら、魔王もしくは獣王であろう脅威の力が未知数。聞くところによれば、フローラリア皇女陛下の騎士、ヴェイル・マクエルト筆頭騎士に並ぶとも・・・」

「もちろん考慮した上で四方家を充てたつもりだ。まさか足りぬと申すかガヴォット公爵?」


 言葉の捉え方次第では、イグレシアの判断能力に不足があると聞こえる物言いに、急速に場の緊張が高まり周囲が息を呑んだ。


「正直に申し上げましょう。東頭としての意見になりますが、四方家の力に加え、イグレシア皇子殿下の騎士、トリスタント聖騎士の力もお借りしたいと申し上げます」

「四方家だけで足りないと考える理由を聞いてもよいか?」

「もちろんでございますイグレシア皇子殿下。まず、先の通り情報が未知数だと言う事。さらにレディース鉱山だけでなく周囲の山々の脅威らも行動が活発化しており、全面において厚く対応せざる終えません。勘違いされぬよう我が身可愛さに申し上げますが、数で対応できる事と出来ない事が在ると申し上げたいのです・・・。万が一にも王級の存在が現れた場合に対応できる者が必要と考えます」

「・・・少し待て」


 言われて考える。

 実際に魔物や獣の王級である存在が居ると知っていても、実際はどうなのか。

 いずれこの帝都を継ぐ身として学んできた帝防学の知識だけでは足りないのかもしれない。だったらと、実戦を知る者に尋ねてみようと思う。


「トリスタント、率直な意見を聞きたい。飾らずに答えてほしいのだが、仮に王級の存在の力が百だとして個の兵の力を一とした場合、兵を百一用意すれば王級を討伐は可能か?」

「可能であり、不可能でもあります」

「ん?どういうことだ?」

「力とは単純に数字の差し引きで表せるものではありません。人の力とは・・・数値で表せないものがあります。ましてや王級の魔物や獣を相手するとなれば、机上で計算などできないでしょう」


 言葉の一つ一つが重く語られるのだが、それはまるでこの場に居る人間全てに語り掛けているようでもあった。


「我が剣、トリスタント。未知の王級の存在を相手に、貴殿は勝てるか?」

「主君イグレシア皇子殿下に仕える身として、そして聖騎士の名に賭けても、恥じぬ戦果を上げてみせましょう」

「分かった」


 絶対的目標は帝都レディースレイクの安寧。身内の調査に聖騎士を用いる必要は無いかと考えが纏れば答えは出た。


「ガヴォット公爵の望みの通り、我が剣トリスタントの力を貸し出そう」

「ありがとうございます」


 席から立ち上がりガヴォットが頭を下げたところで緊張が解かれる。


「他に意見の有る者は居るか」


 これで大筋は決まったと言っていい。他三方家も納得したように沈黙を選んでおり、後は話を煮詰めるだけだろう。

 程なくして今回の集会は解散に至ったのだが、一番最初の問題が報告されてから既に数日が経とうとしていた。


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