第11話

「お待たせしましたー、コッコドリの丸々煮込みになりまーす」

「美味しそうだ・・・いただきます」

「いえいえ、ごゆっくりどうぞ!」

「ありがとー!お姉ちゃん!」

「いっぱい食べてね!」


 六人掛けの丸いテーブルに大人が三人と子供が一人腰掛けており、異様な雰囲気を醸し出している。

 机の上には、菜と肉を煮込んだスープが四つ並んでいるのを始めに、魚の盛られた大皿、調理された肉料理等、他の席と比べても一目で豪華だと分かる品々が並んでいるのだが、半分が全くと言っていいほど手が付けられていない。

 座り食事をしているのがノクトとサンラで、ひたすらに沈黙を貫きつつ両腕を胸の前で組み、目は静かに閉じているのがギャラドとウルバだ。普通であれば席を共にし、食べている側としては、この上なく気まずいだろう。

 しかし、良く見ると沈黙しているだけではない様子。

 ギャラドの面持ちにはうっすらピクピクと血管が浮き上がってきており、何かを我慢しているようにも見て取れる。

 ウルバも同じく沈黙しているのだが、沈黙と言うよりは静観している姿が形容するに相応しく。

 このまま平行線を辿るのかと思われた時だった、机の上にあった皿が一つ綺麗になったと同時。

 ノクトとサンラが顔を見合わせ互いに頷くと、混み合うお店の中でもはっきり店員の目に留まるくらい、綺麗に天上へと上げられた二本の腕が聳え立つ。


「すみません!このお肉料理追加で、二人分お願いします!」

「お願いします!」

「はーい!ご注文承りましたー!」


 大混雑している店内にも関わらず、女性店員からの返事が早いのは、彼らの声が溌剌としているからか、それとも別の要因が有るのか、答えは彼女らに聞かねば分からない。

 実はこの後、出来上がった料理を、誰が運ぶかという争いが女性店員の間で繰り広げられるのだが、それはまた別のお話だ。

 ちなみにこの店の名は、帝都レディースレイク北部に在る言わずと知れた名店、旅の憩。一階が丸々食事場であり、二階より上階が宿場として利用されている。下級貴族から都民まで種族に制限無く利用が可能と言う事と、他と比べれば頭一つ抜きんでているものの、都民にも手が届く範囲で価格が設定されていることから、ちょっとした祝い事や祭事等に利用されていた。それにあやかってか、エヴァンス親子の剣舞成功を祝う為、ギャラドらの提案でここへ来たと言う経緯があるのだが、何やら店に入ってからギャラドの様子がおかしい。

 ウルバはウルバで相方の姿を見ながら、やれやれとまるで理由が分かっている上で、呆れている感じさえ見て取れた。

 そこへ。


「お待たせしました。旅の憩名物、レッドベアーの燻製果肉ソース添えになりまーす」


 元気な掛け声と共に一人の女性店員が料理を持って現れる。

 追加注文とは別の、入店時に注文していコースメニューである一品を運んできたのだ。

 彼女の名はサニエ。ギャラドとウルバの顔馴染みであり、旅の憩の中で看板娘と称される女性店員。その彼女が器用に両腕に二皿ずつ運んできた料理を配っていくと、さらにギャラドの表情が悪化した。

 それに気が付いたサニエは首を捻り。


「あれ?どったのギャラド?珍しく失敗でもした?」

「・・・してねぇ。むしろ大成功だよ・・・」

「大成功?大成功なら良かったじゃない。ならもっと喜べば良いのに何でそんなに不機嫌なのよ?しかも、段々酷くなってるように感じるんだけど気のせいじゃないよね」

「それはお前がっ!」


 サニエから発せられた言葉に思わず身を乗り出しそうになったギャラド。様子からお前に問題が有るんだと言わんばかりの反応だが、寸での所で止め腰を下ろす。


「え、どういうこと?ぜんっぜんっ意味が分からないんだけど。何よ、あたしが原因?」


 ウルバとギャラドの前へと配膳を終え。

 空いた手の人差し指でサニエは自分を指差しながら首を捻る。

 仕方無しにもう一人の顔馴染みであるウルバへ問うが、首を横に振るだけで解決に至らない。何時までも突っ立って居る訳にも行かず、腑に落ちないまま溜息を一つ吐くと、意識を切り替えるべく、サニエは声に出した。


「よく分からないけど、理由も無しに怒るのは良くないわよ。それと・・・そんな不機嫌な顔していると、相席してるお方がお料理を楽しめなくなってしまうわ」


 声の後半は少しだけ色を含んでいるように感じたのは気のせいではないだろう。

 若干の恥じらいを見せながら、エヴァンス親子へと向く。その仕草や声が、ギャラドの怒りを蓄積させているとも知らずに。


「どうぞ、お客様。熱いうちにお召し上がりください」

「っ!!!」


 笑顔も一緒に添えながら一皿ずつ手渡しで配るサニエを薄目でしっかりと見ているギャラドだったが・・・

 自分には行われなかった手渡しという行為と、一段上がった声色を聞き、我慢が限界を突破した。

 理由は至極簡単、ギャラドはサニエに惚れていただけの事。

 長い時間かけて通い詰め、決め手が見つかれば一気に口説こうと考えていた矢先の相手が、今日始めて会ったばかりのノクトに対し明確に好意を態度見せている、それも自分に見せた事の無い声色を添えて。

 そうギャラドの両目には映っていたのだ。

 本人からしてみれば堪らないのだろう。エヴァンス親子を祝う為に来たのだから、ノクトに対し怒りをぶつける訳もいかず、かといってサニエにも言うのは筋違いというもの。その葛藤で戦っていたというのが事実。

 だが、ついに限界を超えて噴火してしまったとなれば、机を両手で叩き、声を荒げ八つ当たりするという醜い構図が、直先の未来に展開されると誰の頭にも想像できる。

 ウルバも、最悪だ、と。思わず身を乗り出しかけたのだが・・・

 ギャラドが立ち上がろうとした瞬間。ウルバが静止に入るよりも先に、ノクトの人差し指が鼻を押したのだ。まるで怒りのスイッチをオフにするかのように、トンっと。


「んお?!」


 不意の出来事が怒りを上回り、時間が止まったかのように静止したギャラド。ウルバも突然の出来事に驚き、固まってしまう。

 周囲にも気取られること無く場を治められた様子に満足し、サニエへと向き返るとノクトは話し始めた。


「素敵な笑顔での給仕ありがとうございます。料理もとても美味しく、とても素晴らしいお店ですね」

「え!?ええ。あ、ありがとうございま、す?」

「これだけのお店の賑わいもさることながら、そして料理や接客の素晴らしさ。ちょっとやそっとで、これ程の質を維持できるとは到底思えません。日々の心から店員の方々の意識の高さ、そして継がれてきた時間は相当なものなのでしょう」

「・・・は、はい?」

「今までのやり取りで、恩人であるギャラドさんと貴女が顔馴染み以上の関係だろうと予想できましたけど」


 一度区切りを入れるとギャラドとサニエの二人に動揺が走るが、否定はさせまいと言葉を挟む。


「今の立場としては客と店員ですよね」

「え、ええっと・・・そう、です・・・」


 返事を聞いてから満足そうにニッコリと笑顔を浮かべ。


「だからこそギャラドさんと貴女のやり取りが俺は羨ましい」


 何故ならと言葉を続けながら、いつの間にか食事を止めて、この場のやり取りを見ていたサンラの頭をポンポンと撫でた。


「貴方達の気が置けないまでに親密な関係が見ているこちらが恥ずかしいくらいに純粋で・・・。美味しい料理に活気溢れる店内、こんな魅力溢れる所で気を遣わずに食事が出来たとしたら、どんなに嬉しいかと妄想が膨らみます」


 そこで言葉は切られる。

 ノクトの笑顔の先に続く言葉があれば、どうでしょうか?という問いかけではないだろうか。

 数拍の時間。

 彼も彼女も自分達の言動に気がついたのだろう。ハッとなった二人は、無性に気まずくなり、互いに誤魔化すよう視線を彷徨わせる。


「ウルバさんも、そう思いませんか」

「・・・あ、ああ」


 いきなり流れを振られたウルバであったが、まるで魔法でも見ているみたいに頷いていた。

 冷静に全体を見ていたつもりでいたのに、いつの間に自分さえも取り込まれていたなんて思いもしなかったからだ。

 自分自身であれば、サニエには相手で態度を変えるのはどうか、ギャラドには大人気ないぞと声をかけ、どちらか傷つけていたであろう。場合によって静観を貫くことで場が荒れ、店から追い出されていた可能性だってある。更に、途中の親子の仕草からしても、もしかしたら子供に対して何らかの気付きを与える場を用意していた可能性も否定できない。

 爽やかな笑顔。そして思慮深さ。

 それらを笑顔を崩さずやってのける様に、内心恐れを覚え、息を呑んだウルバであった。


「あ、そうだ」


 そして今までの流れがまるで無かったかの如く、自然に思い出したようにさらりとノクトは言うのだ。


「レディースレイクに来るまでの旅路で、魔士院に入る為の申し込みが出来ると情報を得ていたのですが、何処へ行けば申請ができますか?」




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