第14話 同居人と捜索2

 時刻は夜の9時を過ぎようとしていた。

 しかし、未だに蓮見さんが部屋に戻ってくる様子はない。


「さすがに遅いな……」


 蓮見さんが部屋を出てからもう30分以上は経過している。

 おそらくお金をおろすなら、徒歩5分ほどの場所にある最寄りのコンビニに行くだろうし、これはどう考えても遅すぎる。


「寄り道でもしてんのかな」


 一度はそう考えた俺だったが、彼女に限ってそんなことはないと断言できた。

 そもそもあの人は自ら進んでどこかに行くような人ではないし、さっきだってお金をおろすだけだというのに、心底嫌そうな顔をしていたから。


 ——じゃあ蓮見さんは一体どこに?


 この時間に行くとこがあるとするならば、パチンコ屋か飲み屋くらいだろう。

 でも蓮見さんがパチンコをするという話は聞いたことがないし、俺に黙って1人で飲みに行くようなことも今まで一度もなかった。


「待てよ。もしかしてあの人……お金返すの嫌すぎてどこか遠くに……」


 いやいやいや。

 それこそ蓮見さんにはありえないことだ。

 だってあの人だらしないから、仮にも1人で生活できるわけがない。


 初めて彼女に会った時のことを思い出してみろ。

 ほぼほぼゴミ屋敷みたいな部屋に住んでたじゃないか。


 あの人は俺がいないとダメなのだ。

 それは本人も流石に理解していると思う。


「……仕方ない。探し行くか」


 おそらく大丈夫だとは思うが、一応は俺の同居人だ。

 後々何か問題が起きても困るし、ここは自ら探しに行って連れ戻すのが得策だろう。


「とりあえずこれは帰って来てからだな」


 今のうちに夕飯を……と思ったのだが、どうやらそれどころではないらしい。

 せっかく蓮見さんの好きなカレーにしたのに、こういう時に限って、あの人は俺を困らせてくれる。


 ——まったく、蓮見さんはいつもいつも。

 

 俺は一度火を止め、エプロンを脱いだ。

 今着ているのは外出も問題ない部屋着なので、このまま探しに行こう。



 * * *



 部屋を出たはいいものの、全くもって蓮見さんは見つからなかった。


 最寄りのコンビニにも、蓮見さんの姿はなし。

 そのすぐ近くにあるスーパーにも、蓮見さんの姿はなし。

 ならばと飲み屋街に行ってみたが、そこにも蓮見さんの姿はなし。


「一体どこに行ったんだよ……」


 これだけ探し回ってもいないとなると、俺も少しばかり心配になる。

 一応大人であるとはいえ、あの人の精神年齢はおそらく高校生未満だ。

 何かに興味を示したがゆえに、悪の道に突き進む。

 なんてことに成りかねない。


 ——何もないといいんだけどな。


 そんなことを願いながら、俺は1人明るい飲み屋街を歩く。

 金曜の夜ということもあり、そこは大勢の人で溢れている。

 その中でも特に目立っていたのが、仕事帰りのサラリーマンたちだった。


「この後どうすっか!」

「そんなのカラオケに決まってるっしょ!」

「さっさ、部長もカラオケ行きましょうよ!」


 いや、あんたらはウェイ系大学生かよ。

 まだ若い人たちはいいけど、部長はやめたげてよ。


「私は家内が待ってるから、先に失礼するよ」

「ええぇぇ! 部長帰っちゃうんですかぁぁー!」

「なら今度は行きましょうねぇぇー!」

「あ、ああ……」


 なんて会話があった後、部長さんは苦笑いを浮かべその場から去って行った。

 その後ろ姿を見るに、残っている若い人たちとの温度差がすごい。


 ——あの人ら、終わったな。


 おそらくこれはあれだ。

 酔いが抜けた後に今日の記憶を思い出して、死にたくなるほど後悔するやつだ。


 その証拠に部長めっちゃ顔引きつってたし。

 おまけに部下めっちゃ慣れ慣れしかったし。


 次の仕事で部長と顔を合わせて、


「ああ、この間はどうもね」

「は、はい……私の方こそ……」


 って謎の気まずさに包まれるオチが見えちゃってるよこれ。

 まあ俺仕事してるわけじゃないから、全部ただの憶測なんだけど。


 それにしてもさっきの態度はどうかと思うぞ。

 どうなっても知らないからね——。


「さっ! 早くカラオケ行こうぜぇい!」

「うぇぇぇぇい!」


 未だにテンションマックスピーポーの彼らは、大声でゲラゲラ笑いながら、俺が進む方とは逆の方向へと消えて行った。


 果たして彼らの末路とは——。


 想像するだけでもアホすぎて笑ってしまいそうだったので、俺はそれ以上深く考えるのはやめ、本来の目的へと意識を戻すことにした。


「……にしても蓮見さんいないな」


 長く続いた飲み屋街も終わり、この先にあるのはまた違ったお店。

 スナックやキャバクラ、風俗といった、おじさんたちに好まれそうなお店ばかりが集う通りだ。


 ——流石にここにはいないか……。


 見たところ先ほどまでの飲み屋街とは一変して、街灯も少なく雰囲気も重い。

 人通りもかなり少ないようだし、ここはいわゆるスラム街というやつなのかもしれない。


 ——てか、なんか怖いなここ……。


 あまりにも雰囲気が出すぎていて、背筋が凍るような感覚に陥る。

 もしかしたら俺のような一般人が、ここにいるのは少し危険かもしれない。

 何かあってからでは困るし、ひとまず違うところを探してみよう。


 そう思った俺は、スラム街を進むのをやめ、今来た道を引き返そうとした。


 すると——。


「おいてめぇ、聞いてんのかよ。あぁん!」


 何やら荒々しい怒鳴り声のようなものが聞こえて来た。

 しかも、その声の出所が割と近い。

 まさかとは思うが、喧嘩でもしているのだろうか。


「金返せつってんだろ、ぶっ殺すぞ貴様!」


 再び怒鳴り声が上がる。

 どうやらすぐ目の前の路地裏で何かが起きているらしい。

 俺の中にも底知れぬ緊張が走る。


「目見て話せよ! オラァ!」

「あふぅ……あふぅ……」


 恐る恐る路地裏を覗いてみると、そこにはスーツ姿の男が2人いた。

 片方が地べたに座り込み、もう片方はその胸ぐらを持ち上げるように掴んでいる。


 ——いや、怖すぎだろおい。


 ちらっとしか見れなかったが、どうやら彼らはサラリーマンの様。

 片方はもうほとんど意識がなく、胸ぐらを掴まれているのにもかかわらず抵抗する様子が全く見られなかった。

 おそらくは酔っ払い同士の喧嘩といったところだろう。


「オラオラ! はっきり喋れよオラァ!」


 路地から離れてもなお聞こえてくる怒声。

 あまりの恐ろしさに、俺の気持ちはずっと緊張しっぱなしだ。


 ——どうにか安全にここを抜けられますように。


 俺はそう願いながら、前だけを見て来た道を引き返す。


「……ってんだろ……ラァ……」


 徐々に怒鳴り声も聞こえなくなり、気づけばさっきの飲み屋街。

 その明かりを一目見た俺は、まごうことなき安堵に心を包まれる。


「はぁ……びびったぁ……」


 今のは結構やばかった。

 まさかこんな街中で、男2人が取っ組み合いの喧嘩をしているとは——。


「治安悪すぎだろこの街……」


 前にテレビでやっていたのだが、どうやらこの街は東京都内で2番目に治安が悪い地域らしいのだ。

 それを聞いた直後は「本当かよそれ」とツッコミを入れたのだけど——。


「侮れないな、テレビも」


 最近はYouTubeだの何だのと言われているようだが、まだまだテレビも捨てたもじゃない。

 今を知るためには、やはりこれが何よりも一つ上を行っていると思う。

 まあ言うて俺が観るのは、朝のニュース番組と笑点ぐらいだけども。


「あ、そうだ。蓮見さん」


 恐怖が絡んですっかり忘れていたが、本来の目的は蓮見さんだった。

 今こうしてこの街の怖さを身をもって体験したわけだし、これは早めに彼女を見つけ出した方が良さそうだ。

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