俺の部屋には見知らぬ美人が住んでいる
じゃけのそん
第1話 見知らぬ美人と上京1
一人暮らし。
それは文字通り1人で生活することを意味しており、いかなる時も人の手を借りることなく、自分の力だけで生き抜くことを指している。
掃除、洗濯、料理、買い物。
今まで母ちゃんに頼っていた全ての家事に加え。
労働、犬の散歩、ゴミ出し。
今まで父ちゃんに頼っていた全ての雑務も自分でこなす。
間違っても両親からの仕送りに頼ったりだとか、友人や彼女と一緒に暮らしたりだとか、そういうことをするのはタブーだ。
俺がこれからしようとしているのは、一人暮らしであって共生じゃない。
今までのように『誰かの力を借りて』なんてのは高校と共に卒業した。
だからこそ俺は自分の意思で地元を離れたわけであって、いつまでも誰かに干渉されるような人生はもう望んじゃいない。
1人で生きる。俺は自立するのだ。
『次は終点東京です』
この無駄に座り心地のいい椅子に座ってから、早いことに1時間半。
窓の外を眺めてみれば、そこには天まで伸びる勢いでビルが立ち並んでいる。
つい先ほどまで見えていた田んぼや畑なんかは、もうどこにも見えやしない。
間違いなく俺は来てしまったのだ。
この国で一番、人が集まる場所へ。
『ドアが開きます』
俺は大きめのキャリーバックを片手に、長い列の一番後ろへと並ぶ。
満席だったはずの車内からは徐々に人の姿が消え、色白く光るホームの上へと次々と流れ出て行く。
ドアが近づけば近づくほど大きくなるアナウンスに心躍らせながらも、俺はゆっくりと、そして着実にその足を地に着いた——。
* * *
昼前に実家を出た俺は、荷物片手に新幹線で東京へ。
約1時間半あった列車の旅は、到着後の進路設計をしている間に過ぎ去った。
俺、
東北地方は某県、その中でも学力がトップレベルと言われている某高校を首席で卒業した俺は、その肩書きとスペックの高さをもって東京の有名大学に進学。
今日付で親元を離れ、一人暮らしをすることになったわけだ。
もちろんそんな高スペックな俺とて、一人暮らしをするのは人生で初めて。
不安の気持ちがないと言えば嘘になるかもしれない。
しかし俺は今日という日を迎えるにあたり、入念な事前準備を進めて来た。
新幹線を降りてからアパートへ到着するまでの経路確認。
切符を入れれば必ず一枚出てくることも知っている。
俺が利用する電車の時刻表も全てインプット済みだ。
それだけじゃない。
アパートから最も近いスーパーの場所。
口コミで評判がいい美容室。
そしてうまいラーメン屋まで。
全てを調べ尽くした俺にとって、一人暮らしなど呼吸するのと同じ。
何の迷いもなく当たり前のようにこなすことができるのだ!
「切符、取り忘れてますよ」
「あ、しゅ、しゅみましぇん」
改札を通過した俺に、駅員さんが切符を差し出してきた。
別に一枚出てくるのを忘れてたわけじゃないから。
取ろうとしてたのに、先に駅員さんが取っちゃっただけだから。
「この先で必要になるので無くさないようにお願いしますね」
「ひ、ひゃい」
俺は受け取った切符を財布にしまい、それをポケットの中へと入れた。
少し
「と、とはいえ……すごい人だな」
周りを見なくてもわかる、ごった返すような人の数。
数百、いや数千、いやもっとかもしれない。
密閉されたスペースの中に、まるでありんこのように交錯している。
「これじゃ先が見えないぞ……」
進めど進めど視界が開ける様子はなく、俺はただひたすら人の流れに乗って歩みを進めているだけ。
本当にこの道で正しいのか。
この先に俺が乗るべき電車はあるのか。
そんなことすらもわからないまま、俺はキャリーバックの引き手をがっちりと握り、慣れない人混みの中を進む。
「10分後のやつに乗ろうとしてたが……これは無理そうだな」
俺としたことが計算を誤ってしまった。
新幹線降り口から目的の電車まではおよそ700メートル。
たとえ迷ったとしても10分もあれば着くものだと思っていたのだが、これは大幅に計画を変える必要がありそうだ。
「とりあえずそれらしい方に行ってみるか」
どこに向かうのが正解かはわからない。
しかし俺には迷わない自信だけはあった。
いや、自信ではなく確信とでも言っておこう。
どんな知らない場所だろうと、俺を惑わすことなんてできない。
できるわけがない。
なぜなら俺は高スペックで、そして優秀で、その上天才だから。
常人とはくぐり抜けてきた修羅場の数が違うのだ。
過去幾度となく迫られた選択にも、俺は迷わず立ち向かった。
そして必ず勝利で終わらせてきた。
そんな俺が本気を出せば、東京駅など家の庭も同然。
迷うはずがな——。
「…………」
俺の視界には見覚えのある光景が広がっている。
壁に書いてあるのは『東北新幹線改札口』の文字。
そしてそのすぐ近くには、先ほど親切をしてくれた駅員さんの姿。
「……まさか俺、迷っ——」
いやいや、まだわからない。
それを認めるには早すぎる。
そもそも普通に考えてみろ。
俺は県でもトップレベルの高校の首席だぞ。
そんな超もつくほどの天才が駅で迷うわけがない。
きっと俺は方法を間違えていた。
自分の力を信じず、人の流れに乗るなどという他人任せの行動をとっていたから、こんなことになってしまったのだ。
一人暮らしの定義を思い出せ。
誰かの力を借りている時点でダメじゃないか。
いかに見知らぬ場所とはいえ、俺は自立すると決めた。
だったら今まで積み上げてきたものを信じなくてどうする幸太郎。
「ふっ、俺としたことが。少し見くびっていたようだな」
俺は再び歩き出した。
交錯する人の波を乗り越えて行くかのように。
行き先など調べなくとも、心のコンパスが教えてくれる。
自分を信じてさえいれば、迷うことなんてあるはずがない。
そう、なぜなら俺は高スペックで、そして優秀で、その上天才だか——。
「…………」
またまた見覚えのある光景が2つ。
壁に書いてあるのは『東北新幹線改札口』の文字。
そしてそのすぐ近くには、先ほど親切をしてくれた駅員さんの姿。
「なるほどね。なるほどなるほど」
それを目にしただけで、気がついてしまった。
まあ俺クラスになれば当然といったところか。
頭が良すぎるというのも少し困りものだな。
こんなに簡単に状況を理解してしまうなんて。
「ふっ、まったく。やれやれだぜ」
交錯する人の中にポツンと佇み、精一杯の苦笑を浮かべる。
清々しいほどのこの感じ。これはもう、例のアレで間違いないだろう。
——俺は完璧に迷子になりました。
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