ドン・キホーテ、ダンジョンに挑む。
J.D.
プロローグ - ドン・キホーテは英雄に憧れた。
地上では尽きぬと思い込んでいた地下資源の枯渇によって、凄惨極まる悲劇が日々流れてゆく。
日に日に多くの物資を制限され、荒れ果てる社会と民衆の心。
あらゆる希望が失われていた嘗ての時代を振り返りながら、洞穴を進む
……幼き頃、私は寝物語に聞かされた騎士物語に登場するような英雄に憧れていた。
同じ年頃の子供達はやれ変身仮面だとか戦隊英傑などという物に現を抜かしていたが、そういった流行りモノを『軟弱』と見做す我が家の父は身の回りからそれらを徹底的に排除した。
その上で私が同年代との話の輪に入れない事を気にする性質ではなかった事もあり、半分世俗から隔離されるように育てられた私は唯一触れられる娯楽である文学……中でも騎士の冒険譚に耽溺するようになった。
正義を愛し悪を憎む清廉にして美麗なる騎士、陰謀と波乱に満ち満ちた遥かなる冒険の旅路、待ち受ける悪漢や魔女・怪物との死闘、そうして積み上げた功績の果てに勝ち取る富・名誉・愛……余りに眩し過ぎるその道に魅せられた私は、同じ頃にある話を耳にした。『世界各地に不可思議な地下空間、《
——もし、この話が単なる噂に過ぎなかったとしたら。
——もし、この話を聞くのがあと十数年遅かったとしたら。
——もし、私が現状に胡座を掻いて進歩を求めない怠惰な性をしていたのなら。きっと、この馬鹿げた夢想を捨てて平凡な一生を過ごしていたのだろう。
しかし私はその話の悉くを聞いた。聞いてしまった。
たったそれだけで私の裡に芽生えていた騎士の夢は一気に花開いてしまった。この世にはまだ私の、いや世界でさえ知らない冒険が待っている! ならば
連日のように《
《
当初は迷宮が安全だと思われておりこの国では探索者の武装が許されなかった時代、日に日に負傷する探索者が後を絶たなくなった。酷い場合には癒えない傷を負って探索者から足を洗う者も現れた。これには政府も仕方なく探索者の武装を許可した。再び地下を進んでいく探索者達の姿に私も頬を綻ばせた。
いくら武装しようとも探索者の負傷は減らす事が出来ず、むしろより奥深くへ潜る事で新種の怪物との遭遇も増えその対策に追われる各所……しかし第一層を抜けたある探索者集団の報告によって状況は一変する。
すなわち
外傷や毒を癒す水、敵を焼き払う業火、遠くの情景を映し出す光。あらゆる過程に先立って結果を引き寄せるその奇跡に科学者達は敗北を喫し、探索者達は狂喜乱舞した。
それまで空想のものに過ぎなかった超常の力を身に付けた探索者達の士気は凄まじく、次々と階層を突破していく。新たな階層では怪物の素材や採取できる資源から作る武具・薬品などの資料なども見つかり、それらを用いてより一層の冒険譚が劇として地上にも轟く。
その間も私は年齢制限の壁にぶつかったまま、だが剣道の鍛錬や迷宮知識の予習などに余念はなく、もう少しで私も冒険譚の一部になれるのだとその時を心待ちにしていた。
——そして私が探索者となる前年、フロンティアは唐突に終わりを告げた。
それは政府主導による大遠征の失敗。
各国の迷宮探索が二十九層で滞りを見せる中、功を焦った関係者により計画された三十層突破作戦。
のべ五百名という過去最大の動員と消耗に備えた大量の物資、過去に発掘された希少な武具や試作された兵器の貸与などの政府の大盤振る舞い。それらを大々的に喧伝され、華々しい凱旋歌と共に見送られた精強たる探索者達を待ち受けていたのは……絶望だった。
その階層はそれまでのモノと比べるまでもなく探索の難易度が跳ね上がった。屋内だというのに常に濃霧が立ち込め、通路と玄室によって区切られている事で探索者達は分散されざるを得ず、極め付けにそれまでに存在した罠とは比べ物にならない凶悪な罠、《
更には不幸にも司令塔たる本隊が孤立した状態で階層主と遭遇・壊滅した事で他の探索者達の統率が取れず悪視界による同士討ち・罠情報の未共有による転移事故・孤立による発狂、これらにより大遠征は死者六十一名・重傷者二百三十七名・行方不明者四十四名という余りにも多大な代償を支払い失敗する事となった。
十年に及ぶ多くの探索者達の報告、そしてその集大成とも呼べるこの大遠征によって二十九層までに到達した政府はこう結論づけた。
——《
迷宮は最早冒険の舞台ではなく最低限の資源採掘の場と化し、輝かしい冒険の機会を奪われた探索者は食い詰め者を寄せ集めた現代の炭鉱奴隷と揶揄される。
ふざけるな。
まだ迷宮に終わりは見えていないのだろう? 遠征隊とやらが
こうしていつしか、私は存在しない理想の騎士を追い求める
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