第3話化石の断章

学校の帰り道で、どこが人を待つのに適しているだろうか?

必要な条件は四つ。一つに目的の人物が必ずそこを通ること、二つに人目があまりないこと、三つにこれは二と内容が少し重複するけど長時間そこにいても違和感がないこと四つにこれは今回の作戦では重要なことだった、つまり、すぐに逃げれること。

「ねぇ、アキツ」と私はいきなり声をかけた。彼は少し驚いた顔をした。彼が驚いているすきに私は畳み掛けるようにして言葉を放つ。

「今度の日曜私に付き合ってくれない」

久しぶりに会ったアキツに必要事項だけ伝える。答えは待たなかった。私は、逃げるように走り出して、そのまま「返事はメールでお願い」とだけ伝えた。

待ち伏せ作戦は成功した。と思う。いろいろ考えたけど結局あれしか言えなかった。待ち伏せに使ったのは学校の近くのコンビニだった。彼は部活の後は大体コンビニで漫画を立ち読みする。そんな話を聞いたのは妹からでそれがなんだか悔しかったけれど、そうでもしないと彼の行動パターンなどはわからなかった。

とにかく。私はやれることをやったのだ。あとは返事を待つだけ。日曜まで彼に会うつもりはない。これでいいのだ、と自分に言い聞かせながら、私は家に帰った。

と、携帯が震えた。メールだ。見ると送り主はアキツだった。少し早すぎる。私は心臓がドキドキとなるのを感じた。心の準備というか、一世一代の作戦を成功させたばかりでまだ、興奮が収まっていないのに、急すぎる。少し落ち着いてから結果を知りたかったのに。

見てしまおうか。

それとも帰ってから。

うだうだ考えていると後ろから声をかけられた。

「椿!」その声にびくりとなる。逃げ帰ったはずだったのに、なぜ?と思った。でもよく考えるとアキツは陸上部で、短距離をやっている。私たちみたいな文系女子の脚力など話にならないだろう。

振り返らなかった。

私は。

伝えることは伝えたから。それに恥ずかしかったから。だからその声を背中で聞いた。

「日曜日は予定がないから、付き合えるよ。てか、久しぶりだな。あれ以来会ってないからどうしたんだって思ってて。やっぱりあれか小説書いてるのか?」あっちもあっちで聞きたいこと言いたいことがあったんだろう。少し早口だった。私はそれに答えずに携帯を取り出して、アキツにコールした。

ちょっとして彼は電話に出た。

「もしもし」と真後ろにいるであろうアキツは言った。私は「もしもし」と緊張しながら言った。

「・・・・・・」としばらく二人は無言だった。恥ずかしくてやっぱりまともに話が出来そうにないと思った。でも意を決して口を開いた。

「なぁ」「ねぇ」と同時。二人のタイミングは重なった。「あ、いや」と口ごもる。またしても沈黙。子供みたいだった。そう思うと少し馬鹿らしくなって私はかえって気が楽になった。だから少し力の抜けた感じで話し始めた。

「小説の取材がしたいんだ」とそして続ける。

「一人じゃ味気ないから、アキツ付き合って」付き合ってという言葉は少し言いづらかったけど、何とか言えた。自分をほめてあげたい。そしてこれで会話を終わりにすべく自分から少し本心を告げてみる。

「いろいろ言いたいことがあるんだけど。たぶん、アキツも言いたいこと聞きたいことあると思うけど、日曜に全部言うから。それまで、お願い何も聞かないで、私も日曜までアキツの前に現れないから。あと、日曜会うことは楓には言わないで」私の言葉にアキツは少し無言だったけど「ああ、わかった。じゃあ、日曜におれも言いたいこと言うから」と言った。

「うん、ありがとう。何も聞かないでくれて」

「ああ、じゃあ日曜に」

「うん、日曜に」と言って、私は携帯を切った。妙にすっきりした気分だった。やっぱりいろいろと言いたいことがたまっていたんだろう。ただ、用件を伝えるだけじゃ不安が大きくなるだけだったかもしれない。これで、よかったのだろうか。少なくとも待っている時間不安にならずに済んだ。アキツはこういうことをわかってやっているんだろうか?それとも単に話を聞きたかっただけだろうか?いずれにしろいい方向に転んだと思おう。私は妙に軽くなった足で今度こそ家路についた。



メールで伝えた場所に私は三十分くらい早く着いた。

まだアキツは来ていなかった。

場所は駅。私の行きたい場所はこの街の中央にあるので2,3駅先に行かないといけなかった。まぁ、その駅で待ち合わせればいいのだけど、少しでも二人でいたかったから、ここを待ち合わせにした。

少し息を吸う。

私は全部、伝えられるだろうか?

できる、か、ではなくて、やらないといけないんだろうな。何となく、今日なんだろうな、と思う。今日か。

思う。

そろそろ半年以上になるか。

アキツと出会ってから。

短い間だったけど、結構楽しかったからいいのかもしれないけれど。

と、携帯が鳴った。

アキツからだ。

「もしもし?」と私。

「もしもし、今どこ?」とアキツ。

「北口のタクシー乗り場のあたり」アキツは南口の方に行ったらしい、すぐ行くとアキツは言ったので私は待つ形になった。

少し待つ。するとまた携帯が鳴った。

「ごめん、今北口にいるんだけど、ホントどこ?」私は少し笑いそうになった。

「手を振るから、それが私だから」とだけ伝えた。それってどういう、という彼を私はすでに見つけていたが、彼を私が見つけることに意味がるのだ今回は。

私は思いっきり手を振った。彼はすぐに私に気付いた。たぶん驚いているだろう。近づいてくる彼は驚いた顔をしていた。それを見て私は声を出して笑った。

「驚いた?」と私は少しからかったように言った。

「驚くも何も」とアキツ。

「私は本来こうなのだよ。く、あはは」私は髪をかきあげた。そう、私は今髪が長い。楓とは違う。

「それってどうなってんだ」と不思議そうな彼に「ウィッグってやつだよ」と答えた。

「さ、行こうか」と言って彼の手を引いた。

「お、おい」と驚くアキツ。悪くない感じだ。

私は楽しんでいた。

好きな人の手を引いて楽しくないわけがない。

「と、ところで今日はどこに行くんだ?」という当然の疑問に私は答えた。

「博物館」

「博物館なんてこの街にあったっけ」

「新都の方にね」

私たちは電車に乗って新都に向かった。ここから新都までは電車で十分くらいか、そんな時間も今の私には惜しい。

「さて、いろいろ言いたいこととか聞きたいこととかあると思うけど、そこらへんはどんな感じ」

「なんか髪の長さのインパクトでいろいろ吹っ飛んだ」

「そ、楓に見せてもらってない?私の写真」

「そういえばそんな機会もなかったな」

「楓ちゃんひどなーそして友達の写真を見せてもらうという発想を持たないアキツにちょっと失望―」

「それは悪と思った」

「素直でよろしい」

「写真撮っていい?」

「なにそれ今更?」

「悪かったよ」

「いいよ」と笑った。

「じゃあ、新都に降りたら」

「うん」

「じゃあ楽しいお喋りでもしましょうか」と改めて言うとなんか気恥ずかしい。私たちはいつもくだらない話をしていたはずなのに。不思議と簡単だったいつもの雰囲気が不思議と難しかった。

「なんか、椿いつもと雰囲気違うな」

「そうかな?」

「なんかテンション高い」

「いやー本来の私はこんな人間だったのですよ」

「いつものは何だったんだ」

「猫をかぶっていたのだよ少年」

「女って怖いなー」

「あーそういうこと言っちゃう?」

「いや、楓もたまに怖いし」

「楓ちゃんの悪口はお姉さん許しませんよ」

「同い年だろ」

「私の方が少し早いんだよ」

「それは知ってるけど」

「あーところで何で猫かぶるっていうんだろうね?」

「猫がかわいいからじゃないか?」

「あーつまり私がかわいいという話か」

「自分で言ったんだろう、猫かぶってるって」いつもと違うテンションだけど、結構楽しい。

「いやー猫は本心を隠すからねーあははは」車内に人は少ない。ここは小さい町なんだなって改めて思う。だからこそ、こんな風に騒げるわけだけど。

電車を降りて改札を抜ける。

駅前まで出ると太陽の光がまぶしい。空は快晴。いい日だ。

「さて、では写真を撮りませうか」

「なんだよ、せうかって」

「ちょっと昔風な感じで」

私はあたりを見渡した。近くに少し人がいる。なら、誰かテキトーな人に写真を撮ってもらうか。思うが即決。近くを通った人に声をかけた。

「すいません。ちょっと写真撮ってもらっていいですか?」

「おい、椿」

「なに?」

「いや、写真ってツーショットで?」何を今更なことを。

「当然でしょ?」

写真を頼んだ人は快くOKしてくれた。

私たちは二人並んでピースをした。

カシャ。と音がした。

たぶんこれが最初で最後。だから、最高の笑顔で。

「ありがとうございました」と二人声をそろえてお礼を言ってた。

「さて、行きますか」

「おう」二人で並んで歩く。

「博物館って、どんな小説書くんだ?」

「それは出来上がってからのお楽しみってことで」

「読ませてくれるんだ?」

「そりゃ、当然。私の読者なんてアキツか楓くらいしかいないよ」

「ま、そうかもな」アキツは少しさびしそうな顔した。そんな必要はないんだけどな、と思いながら、そう思ってくれたことに感謝した。

「まぁまぁ、そのうち見せるから感想聞かせてよ」

「ああ、それはもちろん」しばらく歩くと博物館が見えた。

「ここだよ」と私。

「こんなところに博物館・・・というかここ学校じゃん?」私たちがたどりついた場所は小学校だった。

「少し前に廃校になって、今はいろんなイベントにスペース貸してるんだって」ちょっと自慢気な私。こんな場所があるなんてアキツは知らないだろうなって思っていた通りの反応なので。

「てか、これって博物館って言うのか?」

「今日は博物館。明日はサバゲーに使われてるかも?」

「自由だな」

「小さな町の小さな産業ってわけだよ」

「で、なんの博物館なんだ?」

「それは入ってみてからのお楽しみ」

「さっきからお楽しみばっかりだな」

「楽しい人生じゃないか」そういうと彼は笑った。

「確かに」

正面玄関で入館料を払い中に入る。

すると見えたのは。

「化石?」というアキツの疑問に。

「ご明察?名探偵ならすでに最初の事件が発生してる段階だよ?」そう、今日のこの学校は化石の博物館。

「好きなんだよね。化石」

「へぇ、初耳だ」

「言ってないし」

「なんだよ。水臭い」

「そういえば私たちって自分の話ってあまりしてないね」

「そうだな。今日はそういう話しちゃうか?」

「そうだね。そうだといいなー」入場の時もらったマップを見ながら進む。

学校を使っているので、ティラノサウルスとか、トリケラトプスとか、翼竜とか首長竜とか大きなのは展示されてないけど、石版みたいな小さいのが結構あって、それがまるで宝石のように見えて楽しい。

こういう小さいのは欲しいけれど高校生の私には手が出ない。だから写真を眺めたり、そういうのを置いてるお店に行ったり、こういう博物館に来たりする。それは中学のころからの楽しみの一つだった。ああ、そういうこともアキツには話してないな。

「アンモナイトなんかは有名だけど。結構、三葉虫とかもキモカワイイよ」

「虫系って俺はちょっと」

「へえ、意外」こんな話をするのもこれで最後なんだろうな、と思うと愛おしい。虫が苦手とか、そんなことを知っただけなのに、なぜか楽しい。

学校を化石の展示会に選んだ人のセンスはいいと思った。来たことのない学校のはずなのに、廊下や教室、窓から入る光が妙に懐かしい。それが化石の持つ懐古的な雰囲気とマッチして、まるでお話の中を歩いている気分になった。

「なんか映画のワンシーンみたいだね」

「ん?確かに独特な雰囲気だよな。学校に化石が並んでるって。懐かしい気分になる」私と同じことを思っていてそれが妙にうれしかった。

「化石ってさ、すごい長い年月かけてできるじゃない?」

「ああ、そうだな」

「それってなんかすごいよね」

「自然の神秘だな」

「便利な言葉だね。私が言いたいのはそういうことじゃないんだけど」

「じゃあなんなんだ?」

「化石ってさ、見てると懐かしくなるんだけど、それ以上に切ない気持ちになるんだよ。私が化石惹かれるのはそれが理由かも」

「切ない?」

「化石ってずっと昔の生き物の痕跡じゃない?」

「そうだな」

「なんかさ、化石を見てると、忘れないでって言ってるみたいでね」

「忘れないで、か。確かに、石になったらずっと残るかもな」

「そう。私を忘れないでっていう想いが生き物を石にしたのなら、それってなんだか切ないよね」

私たちは知らずに博物館の終わりの場所まで来ていた。二人とも無言だった。けれど不思議と居心地がよくて悪くないなと思った。これが私とアキツの成果なのかもしれない。この心地いい雰囲気が半年かけて生まれた何かなのだろう。

終わりが近い。

「昼はどうする?」とアキツは次の予定を聞いてきた。

「んとね。昼は考えてないんだ」

「んじゃ、駅まで戻ってテキトーに」学校を出ようとしたアキツに私は、原稿の束を押し付けた。

「な、なんだ?」と困惑するアキツに私ははっきりした声で言った。

「小説」

「小説?」

「ごめん。実はもう出来てたんだ」

「そ、そうか。おめでとう」アキツは驚いた顔でそういった。

「私、今からいろいろ言いたいこと言うから。少し黙って聞いてて」

「あ、ああ。わかった」

「その原稿、私が消えてから読んで」

「消えてからって。家に帰ったら読むよ」

「そうじゃなくて」

「消えるってなんだよ」

「黙って聞いてよ」

「・・・黙ってって、そんなことできるわけないだろ。椿。お前消えるのか」

「なんとなくね。今日かなって。私の未練というか心残りって、小説書くこととアキツに告白することくらいだと思うから。だからたぶん、これを言ったら私は消えちゃうんだ」うろたえるアキツに構わず私は続けた。

「楓に迷惑かけられないし。これがいい潮時ってやつだよ」違う。こんなことを言いたいんじゃない。本当に伝えたいことは。違う。時間がないのに。私は遠回りするように言葉を選んでいた。

「ありがとうね。私のことを信じてくれて。楓を信じてくれて。楓をよろしくね。いい彼氏になってね」違うんだ。こんなことを。もっと伝えたいことが。知らず涙がこぼれた。

「泣かないでアキツ」

「泣いてるのは椿の方だろう」アキツが泣いている。こんな私のために泣いてくれるなんて。私は嬉しくて、笑ってしまった。うまく笑えてるだろうか?

「なんだよ。笑うとこかよ」

「うれしくて。うれしいときは笑うもんでしょ」ああ、私は。悪くなかったよ。短い人生だったけど。好きなことして、好きな人と過ごせて。

割と幸せだった。

悪くなかったよ。

だから。

泣かないでアキツ。

それを伝えたくて、私は笑顔のままで言った。

「言いたいこととか、いろいろあったはずなのに、あはは。なんだか言葉にならないよ」

「このままじゃ駄目なのかよ」うれしいこと言ってくれるけど。

「駄目に決まってるじゃない」だから伝えよう。想いを言葉にして終わりにするのだ。

「私、結構幸せだったよ。みんなのおかげでね。だから、私は笑顔で見送ってほしいかなってさ、思うんだ」

「無理言うなよ」

「ごめんね。無理言って。でも最後のお願い。あと、これ言ったら。たぶん、終わりだから返事聞かせて」

「ま、待てって」

「私、西木椿は高野アキツのことが好きです」泣いている彼の顔が見える。体が好きと言ってから軽くなっていく。

「ごめん・・・俺は、好きな人がいるから・・・椿とは付き合えない」顔をぐしゃぐしゃにしながら言う彼に私は妙にすっきりした感じなった。真面目な人だな。最後くらい嘘言っても怒らいのに、と少し残念な気分。でも、それ以上に真剣に答えてくれたことがうれしかった。

「あはは、初めての告白が玉砕。まぁ、こういうのもありか。アキツ、笑って。楽しかったよ。それを伝えたかったんだ。今日は」泣かないでアキツ。貴方には笑っていてほしい。貴方の笑顔が見たい。ああ、こんな時はなんて言えばいいんだろうか?アキツを笑わせる気の利いたジョークの一つも思いつかないとは小説家に向いていなかったのかもしれない。ああ、あと少ししかないんだろうな。視点が浮いている。楓の体がから自分が離れていくのがわかる。ちょっとまって。最後に一つだけ。伝えたいことが。

「ねえアキツ。私、あなたの化石になりたい」アキツが私を見た。

「そしてあなたの戸棚にあって、時々見られて思い出される。そういうものになりたい」そして言った。

「私を忘れないで。アキツに会えて本当に良かった。アキツも私に会えてよかったって思ってくれてたらうれしいよ」じゃあね、と私の意識はそこで消えた。

悪くない。

そんな思いだけが最後に残った。

最後に見たアキツの顔は笑顔だったと思う。

気の利いたジョークは言えなかったけれど、最大限の感謝が彼に伝わったのならいいなと思った。

それが私の物語の終わり。

そんな最後があってもいいと思った。

私は彼の化石になれるだろうか。

彼の記憶戸棚に私の断章が並ぶだろうか。

化石の断章。

精一杯のありがとうを。

どうか覚えておいてほしいと思った。


■了■

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