第27話 二度目の涙

 生徒会室に戻った後、次の朝礼での報告の取りまとめが行われた。

 陣内じんないもいつもの調子を取り戻し、さっきまでの何処か気の抜けたような様子から脱却したのが分かり易い。

「取り敢えず、新垣あらがきさんと石原いしはらさんには、生徒会に入ったことの報告を本人にしてもらうから、その後、前言ってた注意喚起ちゅういかんきをしようかなと思ってる」

「前言ってた注意喚起っつーとあれか、目安箱の時の」

「そそ、あんまりふざけたお願いと、無理なお願いはやめてねーってやつ」

柴崎しばさきを呪いたいとか、柴崎をしばきまわしたいとかな」

 茶化すていで言ってみたのだが、茶化された本人は、全く動じないどころか、こっちを哀れなものでも見ているかのような視線を向けている。誰が哀れなものじゃ。

「ブッキー輩ってあたしの事大好きですよね」

「おいなんだそのもう、しょうがないんだからみたいな顔。不本意甚だしいんだが!」

「モテるって罪ですねー。新垣先輩」

「本当に気が多いですこと」

「俺は、は……好きな女一筋だっつーの」

 あっぶね、柴崎にバレるとこだった。あれ? いや、柴崎には俺が遥さんを好きな事自体は元からバレてるか。バレてないのは付き合ってる事だけだったか。

 俺がアホなのか隠すって行為って複雑過ぎて頭こんがらがるなぁ。

「ブッキー輩の悩んでる顔ウケる」

「ウケるなボケ」

 はぁー嫌い。嫌いすぎて泣きそう。ほんっと人を馬鹿にしたような顔で半笑いしやがって。どうしたらこの後輩少しは先輩というものに敬意を払うのかしら……。

 ため息を吐くと、何故か新垣がワクワクとした表情でこっちを見ている。何でだよ。挙動不審なの? それとも柴崎に馬鹿にされてる俺を見てワクワクしてるの? ゲスの極み乙女なの?

 いる女のうち、嫌いな女が三分の二の割合を占めているという生徒会室。早よ会議終わって帰りたい。いや、遥さん待つのもアリかな。

「さて、じゃあ後懸念のある行事としては社会学習ぐらいか。これは生徒会より先生方の方がしんどい案件だろうけど」

「そんなもんか?」

「生徒を校外に引率する系は何が起きても引率した先生方の管理不行き届きってなりかねないみたいだからね。妻夫木も行った先で問題起こしちゃダメだよ?」

「失礼な奴だな。学習先で喧嘩でも売られない限りそんな事にはならん」

「てゆうか売られても買うなって話なんだけど」

「いや、そもそも社会学習先で喧嘩売られるって意味分かんないですから」

 昂輝こうきいないせいで今日は柴崎がツッコミ役に回ってしまう事態。

 えー分かんないじゃない。学習先の奴が遥さんにナンパでもしようもんなら、それは喧嘩を売られているということになるじゃない。あれ? 違うか?

 我ながら最近煽られても手が出たりしないナイスミドル化が、とどまるところを知らないので、その辺の心配は要らないと思う。だから、陣内、そんなに俺の事を疑う目で見なくても良くない?

 話題を逸らす為に社会見学にかこつけた話を振る。

「社会見学どこ行くかの班決め。そういや、うちのクラスまだだったよな?」

 新垣に尋ねると、本人はじっくりと何かを考えてる様子。あれか。朝会での自己紹介スピーチでも考えてるのか。

「新垣?」

「ここは様子見か……」

孔明こうめいかお前は?」

 ガッキーってば、いきなり反応が軍師みたいなんて、相変わらずぶっ飛んでるんだから。

 でもその反応マジで何なの? 株式市場でもみてんの? あり得そうだな。頭はめちゃくちゃ良いからな。馬鹿だけど。

「何か? 妻夫魏延つまぶぎえん

「そんな奴は知らん」

「三国志で孔明の後釜になりかけた武将ですよ。諸説ありますが、裏切り者として有名です」

「めちゃくちゃ悪口じゃねーか!」

 ツッコんでんのにニコッと笑ってんじゃねぇ新垣。

 てゆうかそんなん良く知ってるな柴崎。歴女なのか? それとも俺が馬鹿過ぎるだけ?

 はてなマークを頭上に生み出す能力に目覚めそうになってると、陣内がサラッと割り込んできた。

「魏延かぁー。私は好きだけどね。劉備りゅうびへの忠臣な感じとか、怖がられてるせいで行動が悪く見られがちなとことか可愛いし」

「可愛いのかそれは?」

「面白いとも言う」

「その二つは全く違うんだよなぁ」

 何可愛い顔でガッツポーズ決めてんだよ。結局面白がってんじゃねぇか。

 そんで新垣が歯をガチガチ鳴らし始めた。イライラしてるのは分かる。それ以上は知りたくない。

「社会学習って何しに行くんですか?」

「普通に自分の進路に合わせた職業を何人かで見学しに行こうってやつ」

「ブッキー輩行きたい進路とかあるんですか?」

「今は理系クラスに行きたいぐらいにしか思ってねーけど」

「で、物理30点台とかウケますね」

「せめてウケてる顔してくれる? めっちゃ馬鹿にした顔じゃねーかそれ」

「お父さんの工場を受け継ごうとかは思わないんですか?」

 新垣が急に真面目な顔になるので、釣られて真面目に答えてしまう。

「いや、俺親父の仕事とか全く興味ねーんだよな。新垣んちと何か関係あるくらいにしか今まで聞いた事なかったし」

「うわーお父さんかわいそー」

「だから可哀想と思うなら可哀想と思う顔を……いや、いいや、親父だし」

「ふーん、妻夫木お父さん嫌いなんだ。なんか理由あんの?」

「何でもすぐ頭を下げる親父だからな。カッコ悪いっつーか、単純に尊敬出来ねーよな」

 言うと、陣内はムッと口を引き結んで不機嫌そうな顔になる。

「大半の世のお父さんはみんな家族の為に頭を下げてるんだよ。それをカッコ悪いって言う方がカッコ悪いと思うけど」

「お、おぉ」

 そ、そんな睨んで言わなくたっていいじゃねぇか。べ、べべべ、別にビビったり、傷ついたりしてないぞ。俺は。し、してない、してないぞ。

 視線を思わず陣内から逸らすと、逸らした先の新垣が、キラキラとした笑顔を見せる。あ、これすげー嫌な予感するぞ。

「あなたのお父様、とても良い方じゃない。ちゃんと息子の幸せを考えて、私との婚約話を無しにって話にしたぐらいですから」

 その瞬間、明らかに場の空気が凍った。【私との】のとこだけ明らか強調したなこいつ。

「え!? ブッキー輩断ったんですか!? 玉の輿こしらなかったんですか!?」

「玉の輿るって何だよ。動詞にしてんじゃねぇよ」

 ぜーったい柴崎がウザ絡みすると思ったんだよ。まぁ、この場じゃなくてもいずれこいつには何かしらバレるのは分かりきった事だけど。

「そもそも親父のせいで婚約なんてアホな話になったんだから、良いか悪いかなら悪いに決まってんじゃねぇか」

「は? お金持ちと結婚決まるなんて良いに決まってるでしょーが」

「いや、息子の気持ちガン無視してんすけど」

「幸せは気持ちじゃない。お金ですよ」

「ガチで人に説く表情でそんな事言うなよ……怖えよ……」

 何私良い事言ったみたいな悦に入ってんだこいつ。普通に最低だよ。

「てゆうかアレですか? 彼女いるから新垣先輩と付き合えない的な?」

「まぁいなくてもこいつとは付き合わないけどな」

 言った瞬間、新垣が沈むように机に頭をぶつけた。

「新垣先輩の何処が不満なんですか?」

 物凄い勢いでうんうん頷き始めた新垣。こいつ本当メンタルの復活力。どっかのギリシアの英雄も真っ青だな。

「そうだなぁ。まずお金で何かを解決するようなところ。チヤホヤされるのが当たり前と思ってるところ。男はみんな自分が好きになると思い込んでるところに、人をまず見下してるところから入るところ。人の気持ちなんか考えてもいないところに」

「あ、もういいです。嫌いなのは分かりました」

「まだ言えるのになぁ」

「ま、まぁまぁ」

 陣内が、机にめり込みそうになるほど沈んでいる新垣を見ながら苦笑っている。

「大丈夫ですよ。新垣先輩、ブッキー輩が彼女と長続きするわけないじゃないですか。こんな男1ヶ月で飽きられてポイですよ」

「おい、失礼通り越して不遜ふそんだぞ柴崎コルァ! 因みにどの辺が飽きられそうなのか詳しく手解きしやがれぇ!」

「ナチュラルに懇願したね」

 うるさい陣内。背に腹はかえられぬ。遥さんに飽きられたら俺が人生に飽きちゃうまであり得るぞ。我ながら重過ぎる愛だな……。

「ともかく、俺から彼女を振ることはねーし、逆に彼女に振られようが、こいつがまるっきり心を入れ替えでもしない限り、そういう目で見る事はねーから」

「うわー、何様。ですって、先輩。こんなの好きでいる必要無いですよ。もっと上の人狙いましょ?」

「おい、柴崎てめ」

「いないもん」

 俺の言葉をかき消した、幼く、拙い五文字。

「私の中にいるぶきお以上の人なんていないから! だからこんな辛いんじゃない!」

「え」

 柴崎が一瞬呆けたところで新垣は置いていた鞄を持って生徒会室から走り去る。

 かくいう俺も完全に呆けてしまった。あいつ本当いつ爆発するか分かんねーんだよ。あの時もそうだったけど。

 でも、何度も言うが、俺は女の子が泣いてる姿には弱い。罪悪感で嫌いな女ですらどうやったら笑ってくれるかって考えてしまうほどには。

「妻夫木、流石に慰めに行ったら? 好きな人にあんな事言われた気持ち、今なら分かるでしょ?」

 陣内がまたまた怒った表情で俺を見る。

「え?」

「ブ、ブッキー輩。ごめんなさい。私やらかしましたよね」

 急にしおらしくなった柴崎。まさかいつかは見たかった顔が新垣のお陰で見れるようになるとはな。

「俺が言いすぎただけだから、俺に謝らんでいい。お前も落ち着いたら新垣に謝れ。悪い陣内。新垣に謝ってくるわ」

「うん、行ってこい」

 そう言われた瞬間に走り出した。俺は何一つ嘘は言ってない。新垣に対して言った事は全部本当だ。けれど、もし、あんな事を遥さんから言われたら。

 そうだな陣内。間違ってんのは俺だよ。いつもそういう当たり前のことに気づかせてくれるよなお前。

 だから愚かしい自分を時々ぶん殴りたくなるよ。お前の側でお前を助けなきゃいけない立場だってのに。俺は助けられてばかりだ。

 罪悪感を原動力に走り出した脚は、いつもの何倍も速くなったように感じたのだった。


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