僕の嫌いな愛されガール

第11話 変わってしまったもの。

　遥さんと二人で下校する。

　この時間ともなると、下校してる生徒なんてほぼいないし、遥さんが生徒会に入った事や、不審者の出没期間中、女子は一人で帰らないっていう学校からの決まりもあって、俺たちを怪しく思う奴はそんなにいないだろう。

　二人で帰れてる事実を喜びたいところだが、気分が暗くなるのは……。

「孝宏（たかひろ）くん、新垣（あらがき）さんから告白されてたんだね」

　ぐごおおおおおお！！　やっぱりその話題になっちゃいますよねえええ！！

　遥さんの声が暗い……。ものっそい不安にさせてるのであろう。

「言ってなかったのは……うん、俺自身、勝手に人の好意を他人に話すってのが、嫌だからなんだ。例えそれが俺を好きっていう好意であっても」

　嘘偽りはなかったが、信じてもらえるとは思ってない。

　綺麗事は言う人間によって聞こえ方が違うものだから。

　付き合った男子がいきなり自分に隠し事をしてたなんて事実があるのに、遥さんが納得するわけがない。

「確かに」

「え？」

　うんうん頷く遥さん。ど、どうした？

「疑わないの？　言ってなかったのって一応隠し事してたって事にならない？」

「でも、孝宏くんさっき理由言った」

「……信じてくれるの？」

　怖さを感じつつ尋ねてみる。思えば、俺って遥さんに対して本当自信が無いな。告白の時だって、遥さんが俺の事を好きだって思っててくれたのだって、全然実感が湧いてないのだ。

　問われて、遥さんは口元に手をやり、考えるような素振りを見せた後、

「今の聞いて、私、人の好意を誰かに喋っちゃう孝宏くんの方が嫌だって思ったから、それでいい」

「いいの？」

「うん」

　淑やかに微笑む姿は、迷ってるようでも、悩んでるようでもない。

　遥さんの答えは、いつだって無駄がない。いつだって俺が欲しい答えを、無駄な感情を絡ませずに教えてくれる。

　だから、俺は遥さんの言葉を信じていたくなる。

　それなら……彼女が俺を好いてくれているという言葉も、少しは信じていいのかもしれない。

「遥さん、嘘が上手い男には引っかからないようにしてね……」

「大丈夫、孝宏くん、嘘つかない」

「信用されてた！？」

「あ、正しくはつけない」

「馬鹿だからかな！？　でも信用されてるならどう思われてても……ぴぎゅ」

　バチコーンと遥さんの手のひらで両頬を挟まれた俺、目の前に遥さんの顔が現れて、心臓が止まりかける。

「ど、どひたの？」

「孝宏くん、私の前で自分の事、悪く言わないで」

　珍しくムッとした表情の遥さんに、とんでもなくビビる俺。

「俺そんなに言ってる？」

　素で問いをかけたのが、遥さんにとって驚くべき事だったらしい。

「自覚無いの？」

「あんまし……あ、でもそう言えば、新垣も、陣内（じんない）もそんなような事を言ってた気がするな」

　新垣に驚かれて、陣内には怒られたっけか。

　多分、それは、俺が生徒会に入る理由となった、俺の中で最も忌まわしい出来事のせいだ。

　自信も、尊厳も、矜持（きょうじ）も、全て踏み躙（にじ）られたあの日から、俺は確かに失った物があるのだろう。

　そうでなければ、例え好きな女の子を守る為とはいえ、赤ピアス野郎にやられっぱなしでいられるわけがない。

　昔の俺のままだったら、何処かで陣内との約束を破り、反撃していてもおかしくないはずだ。

　俺はなるべく弱めに、挟んでる彼女の手を握り、頰から外した。

「気をつけます……遥さんのお願いなら」

「……うん」

　守りたい、この笑顔。

　その為にも、守るのはまた新しい約束だな。ただ自覚無いから気をつけねぇと。

　あ、気をつけるといえば。

「遥さん、新垣になんかされそうになったりしたら俺に言ってね。取り敢えず物理攻撃なら盾になるから」

「そんな事ある？」

　本気で心配そうな顔をしているが、心配されているのは俺の頭かもしれない。

「うーん、俺の考え過ぎだといいんだけど、ほら、陣内も帰り際言ってたろ？　テスト終われば色々と行事もあるし、生徒会活動も忙しくなってくるから、仕掛けてくるならその前だって」

「仕掛けるのって、孝宏くんにでしょ？」

「仕掛けるというか、まず妨害すんじゃないかなぁ。俺と遥さんがそのさー。仲良くしようとさー。したりするのをさー」

「なるほど」

　遠回しに、妨害がなければ仲良くする事を前提にしますアピールを、素で頷かれると、意味わかってなさそうだなぁと悲しくなる俺なのです。

　そんな俺を気にせず、遥さんはこれからの事をちゃんと考えているようだ。

「社会学習、今度ある」

「え、そうなの？」

「うん、会長さん、それで今日先生に呼ばれてたみたい」

「へー」

　そういや草薙（くさなぎ）の野郎に呼ばれて仕事してたとかなんとか言ってたな。

「多分班決めとかあるはず」

「……なるほど、手始めに新垣が俺と組みにくるかも？」

　コクリと神妙そうに頷く遥さん。可愛くて抱きしめたい衝動を、ボコボコにぶん殴りつつ、俺は遥さんの手を取って言った。

「遥さん、じゃあ、その前に俺と班、組んでください」

「勿論」

　その笑顔約束された勝利ィ！！

　だが、その勝利すらもぎ取ろうとする奴が相手だというのを、俺はよーく知っている。

　俺は、テスト終わりから始まる事になるであろう戦いを、乗り切ってみせる事を誓うのであった。