第25話 嬢王ザマァ!!

 マジか、下の名前? 下の名前で呼んでくれたのか? あの遥さんが?

「妻夫木くん?」

 おいおいおい、これフラグってやつじゃねーのか!? マイシスター!! おにーちゃん新たな恋に踏み出せそうだぜ!?

「おい、ぶきお」

 いつのまにか俺はこいつの手当てを受けていたらしい。消毒セットをテキパキ片付けて、一発頭をはたかれた俺。

「誰がぶきおじゃ、聞こえてんねや」

「変なトリップしてるから。何? 女の子の部屋に入って興奮してるわけ? 変な事したらすぐさま才原さいはらにあんた殺させるから」

「言ってくれりゃすぐ帰るぜ! こんなとこにいられるか! 俺は帰らせてもらう!」

「推理小説で真っ先に死ぬ人のセリフじゃないそれ」

「こんなにハッピーなのに死んでたまるかよ。ってかマジで帰っていい?」

 妹のご飯の時間なんですよ多分と口にする前に、頭を抱えながら新垣が口にする。

「あんたね……明日の事忘れてないでしょうね?」

「明日……はて?」

「はぁ?」

 土曜日、何かあっただろうか……んはっ!?

「金時計に12時……?」

 必死に忘れようとしていたはずの記憶から、辛うじて振り絞った情報を提示すると、目の前の金髪金眼少女の顔が真っ赤に染まる。

「銀時計に10時だから! 2つとも合ってない! どうゆうこと!?」

「あ、ほら俺殴られたから記憶飛んじゃってんの。メンゴ、マジメンゴ」

「あぁん!?」

 いや、何その腹の底からの脅し声。この嬢王本当に学校じゃ猫かぶってんだなぁ。もうぶっちぎりにイカれた女してるじゃん。

「そういや、石原の為に動いてて色々聞きそびれてたな。明日何すんだ? マグロ漁船にでも売り飛ばすつもりか? 俺を」

「どうゆう頭してたらそんなイカれた発想するわけ?」

「失礼な。これでも昂輝こうきには物覚えいい方だねって言われてるんだぞ俺は。苦笑いで」

「苦笑いされちゃってるじゃない」

「あ、本当だ」

 昂輝無理して褒めてくれてたのかぁ。いい奴だなぁ、あいつ。

 うんうん頷いてたら、疲れたような、または呆れたような顔で新垣あらがきは言う。

「……明日の件だけど、好きな人にプレゼントを買いたいの」

「へー、買えば?」

「あんたね……」

 何故怒りの形相……、買えばいいじゃん。汚いお金をじゃんじゃん使って汚い恋愛でドキドキすればいいじゃない。とまでは流石に口にしなかった俺、超優しい。

 というかそもそもの話。

「俺じゃなきゃいけない理由が分からん。いつも周り囲んでる女子やら男子やらと行けや」

「それは考えたんだけど、そういうのって、誘ってない人に対して角が立つじゃない?」

「あー、お前誰に対しても平等に仲良くみたいなタイプだもんな。四千九十六方美人くらいだもんな」

「八方美人の五一二倍とか」

「け、計算はえぇな。すげぇ」

「いや四千と九十六それぞれ割ったのを足し合わせるだけだったし」

「ほぇー」

 謎やり取りでこいつの頭はハッピーセットだが確かに優秀という事が分かった。前から知ってた。何も得られませんでした。

「で、結局なんで俺なんだ?」

「そういうとこよ。あんた、私に気を遣ったりしないでしょ?」

「おー、なるほど、今スッゲェ納得出来た」

 確かに学校のやつらを誘った時、こいつが選んだプレゼントをどう思うか聞いたら、先入観無しで見る事は出来なさそうだ。

 良いと思ってなくとも、良いと言ってしまう、まさに黒を白にしてしまうこいつの在り方みたいなのが、如実に結果として現れそう。

「それに、私もいつもみたいにする必要ないしね」

「あー、猫かぶりな。やめりゃ良いのにあんなもん」

「今更無理、というか私はそうじゃなきゃダメなの」

 新垣の顔にどこか影が一つ落ちたような気がした。だが、素直によく分からんがザマァという感想しか出てこなかった。

「まー、なんとなくわかった。取り敢えず俺のセンスを見せてやろう」

「きゅ、急にあんたを指名したのが間違ってる気がしてきた……」

 こめかみ押さえるなよ……マジで間違ったオーラみたいなの出すなよ……。

「ま、いいや、取り敢えず銀時計な。任せろ。最近名古屋駅迷わないから俺」

「心配するのそこからなのね」

「ははっ……痛っ」

 ベッドから起き上がり、側にかけてあったハンガーの上着を取ろうと肩を上げようとしたら、痛みであまり上がらなかった。

「あんた、明日そんなんで大丈夫なの?」

「心配すんな、こんなの屁でもねーし。約束は守らないとな」

 誰かの言葉をそのまま借りると、新垣は不思議そうな眼差しを向ける。

「……あんたさ、なんか雰囲気変わった?」

「いや、お前俺の事そんな知らねぇだろ。何言ってんの」

 聞くと、新垣は僅か言葉が詰まったようになったと思ったが、直ぐにいつもの笑顔を見せる。

「確かにそうね」

「なんだよ。相変わらず変な奴だな……じゃ、帰るわ。手当てありがとよ……い、医者代は?」

「明日余計なことしなければチャラにしてあげる」

「おーー! 太っ腹! お前細いけど!」

「何それ」

 今度はあの気持ち悪い笑い方ではなく、クスッとこいつのまともな笑顔を見れた気がした。

 俺は部屋を出て……おぉ、マジであの執事おる……才原だっけ……。

 だが部屋を出てきた俺をチラと見て直ぐに視線を前に戻す。

 そして、歩き出した。多分道案内してくれてるのだろうか。だろうな。さっきの三人部屋があいつの部屋なら、家のデカさが推察できる。

 そしてマジで広かった。庭だけで俺んちのアパート一室どころか全室合わせても勝てない広さだった。

 庭をくぐって門を出ると、執事が門をしっかりと閉める。あ、送迎とかはしてくれないのね。つらい。

 痛みを無意識に紛らわそうとしたのだろうか。そういや、ぶきおって昔、アーケードゲームのハイスコア出した時付けてたなぁ。なんて事を思ったりしながら、俺はゆっくりと帰路に着くのであった。

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