「ちょっと死ぬから、あとよろしく」
吹井賢(ふくいけん)
「ちょっと死ぬから、あとよろしく」
「アイツに会いたくなった。
ちょっと死ぬから、あとよろしく。」
今、目の前で眠っている奴がそんなメールを寄越したのは、僕がコンビニの準夜勤を終えて、帰路に着いている時だった。
これが他の奴からのものなら、「何言ってんだよ」と笑い飛ばしただろう。ただ、ことこの男に関しては間違いなく洒落や冗談ではないという確信があり、僕は迷うことなく自転車を飛ばして部屋に赴き、手首をぶった切った状態で半身浴をしているコイツを発見したのだ。
……しかし、「ちょっと死ぬから、あとよろしく。」って。
そんな、それこそコンビニに行くようなノリで自殺しないで欲しかった。
それに「ちょっと」ってなんだよ、死ぬことに「ちょっと」もクソもねぇよ。死んでるか生きてるかだよ。
病院に搬送されて三日。未だ、コイツは目を醒まさない。
先生が言うに、「ここまで長く昏睡状態が続いているのは珍しい」らしい。普通はもう少し早く、ケリが付くものなのだろう。
処置をされてさっさと退院するか、それとも、出血多量で死に至るか。
自傷としてのリストカットか、自殺としてのリストカットかの違い、とも言えるかもしれない。
コイツの場合は間違いなく後者だったのだけれど、しかし、意識こそ戻らないが生きていることを踏まえると、「ちょっと死ぬ」という言葉もあながち間違いではないのかもしれない、などと思う。
生と死の中間、気絶という、少しだけ死んでいる状態。
そんな風にちょっとだけ死んでいるお前は、アイツには会えたのかい?
「アイツ」とは、十中八九、彼女のことだろう。
色々と紆余曲折があったから簡単な言葉では表したくないのだが、まあ、コイツの恋人だった奴だ。
……いや、「恋人だった奴」なんて表現を使うと、怒られるだろう。
破局したわけではないのだから。
ただ死に別れただけで。
コイツは昔から随分と不安定というか、生への執着が薄い奴だった。
簡単に死にそうだし、簡単に死んでしまえそうだし、何なら、簡単に人を殺しそうな奴だった。
僕だって最初の内は「中二病」とか「メンヘラ」とか、ネットに氾濫する知ったような言葉で納得しようとしていたのだが、中学の頃、コイツがセクハラ教師の頭を椅子でフルスイングして以来、認識を改めた。
そういう奴もいるのだと。
簡単に死ぬし、簡単に殺せる人間が世の中にはいるのだ。
生命それ自体に何の価値も見出していない人間が。
そんなコイツを変えたのが彼女で、彼女と付き合ってから、随分と人間らしくなった気がする。
……なんだか心を持ったバケモノの話をしているようになっているから、少しだけ言い回しを変えると、そう、「楽しそうに生きるようになった」のだ。
多分、依然コイツは命自体に価値を見出していないのだけど、大切な人と生きる一瞬は価値あるものだと考えていたらしい。
分かるよ、好きな人ができると、生きるのが楽しくなっちゃうよな。
しかし、僕がそう笑うとコイツは「茶化すのやめろよ」とまるで彼女さえも大した存在でもないかのように言ってみせるのだけど、何分長い付き合いだから、分かってしまう。
お前、怖かったんだろ? 彼女を失うのが。
だから「大した存在じゃない」と思い込むことで、自分の心を守ろうとしてたんだ。
その在り方を否定する気はないし、他人にアレコレ言えるほど僕は立派な人間ではないけれど、彼女からの連絡が途絶えて、お前が後悔したのは知っている。
言葉にこそしなかったが、それこそ死ぬほど後悔してたよな。
だからって死ぬことはないだろうけど。
これじゃただの後追い自殺だ、お前は曽根崎心中かよ。
「ちょっと死ぬから、あとよろしく」。
何度考えてみても不可思議な文章だ。
でも、もしコイツが恋人に別れを告げる為にちょっとだけ死のうとしたのなら、言い得て妙な言葉だったのかもしれない。
「さよならを言うことは少しの間、死ぬことだ」――そんな格言もあるからだ。
だけどさあ、説教するわけじゃないけれど、そのちょっとだけの死を抱えて生きるのが人生なんじゃないのかな。
愛しい誰かに別れを告げて、そしたら心が少し死んで、その死んだ心を抱えて僕らは生きるんだろう。
だから、ちゃんとさよならができたらさ、後は生きなきゃならないんだろう。
僕はこっちで待ってるよ。
彼女にどうかよろしくな。
お前が戻ってくる日を待ってるからさ、僕に「さよなら」なんて言わせるなよな。
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